17 エリティア・リートルタイムの施術ー2
「……え?」
「『え?』じゃなくて、ほら」
「……あ、ああ」
言われるがまま、俺は抱えていたクレイを降ろす。
「しばらくの間、セラクはちょっと離れて後ろを向いてて」
「……なんでだ?」
「いいから。いつ誰に見られるか分からないんだから、ほら、早く、早く」
「……いいか、クレイ?」
俺は、状況をまったく呑み込めずに無言状態になていたクレイに確認を取った。
「……わ、私は別に構わないけど……でも、セラクが守ってくれたから怪我はしていないわ」
「うん、分かってる。今から私がやるのは、せめてもの償い」
「エリティア、俺が傍にいちゃダメなのか? お前がクレイのことを傷つけるつもりがないのは分かってるけど、クレイとしては、やっぱり多少警戒してしまうと思――」
「――いいわ。離れていて、セラク」
毅然とした態度で、クレイは言った。
クレイ自身がそう言うのなら、俺は従わざるを得ない。
例え、クレイが内心不安に思っていようと、彼女がそれを表に出さず対応しているのだから、尊重するべきだろう。
「分かった。それじゃあ」
俺は5歩ほど後ろに下がり、二人に背を向ける。
――せめてもの償い。
エリティアは、クレイに何をするつもりなのだろう。
「さてと、時間は掛けられないから説明を省いた荒療治になっちゃうけど、許してね。服の中――ちょっとだけ手を入れるよ」
「……へ? だから私は怪我とかは――きゃあ!」
「ごめんね。誰かに聞かれるかもしれないから声は抑えて」
「ちょっ、いきなりどこ触って……!」
「…………」
……何をするつもりなのだろう。
てか、なにしてんだ本当に……。
「あなた、エ、エリティアっていったわよね!? なに!? なにをしてるの!?」
「大丈夫、大丈夫。すぐに終わるから」
「大丈夫ってなにが!? 終わるってなにが!? あっ、ちょっ、そこは! ……もう! なんなのよ!」
ナニをされているのか知らないが、断続的に悲鳴をあげるクレイ。
しかし、この悲鳴は襲われているというよりかは驚きからくる……いや、ある意味襲われているのか?
「うーん……やりづらいからあまり身体をクネクネしないでくれるかなぁ」
「そんなこと言われても……んっ……ねぇセラク! 私襲われているわ! 人間に襲われているんだけど!?」
「状況が全く想像できない……具体的に何をされてるんだ?」
「言えるわけないでしょ!」
「……一回だけ、一瞬だけ振り返っていいか?」
「絶対に駄目!」
「…………」
気になる……エリティアに訊いた方が早いな。
「なあ、エリティア。俺はてっきり、お前がクレイの鎖を外してくれるのかと思ったんだけど……なんというか、その……お前、そういう趣味を持ってたのか? 割と長い間一緒にいたけど気づかなかっ――」
「違うから。人聞きの悪いこと言わないの」
「言っておくけど、そいつ見た目ほど幼くはないぞ」
「うるさい! 余計なお世話よ! エリティアはそれを分かった上で私に手を出しているの!」
「なんだその言い分!? お前はそれでいいのか!?」
「……だから違うってば。二人とも静かに。私には女の子を虐めて楽しむような趣味はありません」
エリティアがそう言い終えるのと同時に――
ジャララッ――ガシャン。
と、金属が地面に落ちた音がした。
紐状のなにかがほどけて、硬い石畳に落ちた音。
「はい終わり。お疲れさま。セラクも、もうこっち見ていいよ」
「……ああ、分かった」
エリティアの方を振り向いた俺の目に入ってきたのは、クレイの手足へ蛇のように巻き付いていた鎖が、地面に横たわっている光景だった。
クレイは自由になった手足をまじまじと見つめ、掌を開いたり閉じたりしている。
「……エリティア、お前クレイの鎖を……」
「誰も見てないからセーフ。他の魔族に切断されたことにしておくから。……それにしても、悪趣味な鎖だよ、これ。全身に拘束の術式を転写するなんて……そのせいで鎖だけじゃなくて、この子の身体を直接触って確かめることになっちゃった」
「……ん? ということは、エリティアはクレイの全身を触診し――」
「セラクはちょっと黙ってて。私、エリティアと話がしたいから」
「……はい」
会話から締め出された……。
まあ、非はこちらにあるんだけど。
「エリティア――これは一体どういうつもり?」
クレイはエリティアに目を合わせ、そう訊く。
どういうつもり、というのは、エリティアの意図が理解できないクレイにしてみれば当然の質問だった。
「あなたは魔族と敵対している人間で、それも勇者が率いるパーティの一員なのよ? なのにどうして私の鎖をほどくの?」
「えーと……もし筋の通った理屈を期待しているんだったら、私、それには添えないかも」
エリティアは気まずそうにしつつも、決してクレイから目を逸らさずに言う。
「困っている女の子を――放ってはおけないから」
「……へ?」
拍子抜けしたように、クレイから気の抜けた声が漏れた。
「えっと、それってどういう……」
「あ、もちろん男の子もだよ? というか、困っている人全般かな」
「……いや、そこは別に引っかかってなくて、私が言いたいのは、敵対している種族を助けるのは裏切り行為になってしまうということを……」
「うん、なっちゃうね。だけど放っておけないもん」
「で、でも、あなたは人のために魔物と戦う勇者パーティの――」
「非戦闘員」
エリティアは言った。
「私は怪我や病気を治せるけど、人や魔物を傷つけられない。戦闘においてはお荷物同然。セラクが冒険者数十人分の活躍をする代わりに負ってしまう怪我を治すために、私はあのパーティにいるの。私は治療や解呪しかできないから、せめてそれで人々の役に立ちたい。だから私は、誰かが困っているのを見かけたら、明らかな敵以外は手当たり次第に助けることにしてるんだよね。それは魔族だって例外じゃない。ただそれだけ」
「……え? え?」
何を言っても予想外の答えしか返ってこず、助けを求めるようにこちらへ顔を向けるクレイ。
その反応は、初めてエリティアに会った時の俺やクターニー、それからカサマと同じだった。
「驚いたかクレイ。冗談でもなんでもなく、それはエリティアの本心だ。人や魔族を問わず、困っているなら助ける。怪我をしているなら助ける。俺よりよっぽど勇者に向いてると思わないか?」
「……人間ってこんな奴ばっかなの?」
「いいや。きわめて特殊な例だと思う。魔族に対してはカサマやクターニーみたいな反応をするのが普通だ」
「セラク。まるで私が変わってるみたいな言い方はや――」
「――リティア様ー!」
エリティアが不服を述べようとした時、遠くの方からうっすらと声が聞こえた。
誰かがエリティアを捜しているらしい。
「……なんか呼ばれてるぞ、お前」
「ああ『セラクを捜してくる』って言って抜け出してきたから、加勢に来てくれたのかも。……もう戻らなきゃ」
そう言って、エリティアは地面の鎖を拾い上げる。
「『捕えていた魔族は奪い返され、現場には見るに堪えない凄惨な姿のセラク・ラーミックと、彼が身を挺して守った聖剣だけが残っていました』――今回の戦いの報告内容はこれでいい?」
「ああ、完璧だ。よろしく頼む」
「オッケー。それじゃあ私は行くよ。バイバイ、セラクと――えっと、魔王の娘さんだから……ニアヴェルディちゃんか」
「クレイよ」
素っ気なく、しかし誠実さを伴った雰囲気で、クレイは言う。
「クレイでいいわ。もう会うことはないでしょうけど、もし次があればそう呼んで。あなたの突飛な行動理念を理解するには、ちょっと時間が足りなさ過ぎたけど……ただ、それでも、受けた恩は忘れないわ。鎖を解いてくれてありがとう――エリティア」
「あ、えっと……」
唐突にお礼を言われ驚くエリティア。何と言おうかと迷っている様子を見せたあと、彼女はクスッと笑い――
「……そっか。うん、分かった。ちゃんと覚えとく。じゃあまたね、セラク、クレイちゃん。健闘を祈ってるよ!」
そう言って、エリティアは何度かこちら振り返りつつ、その度に大きく手を振りながら――大通りの方向へ戻って行った。




