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16 エリティア・リートルタイムの施術ー1

 こんな場所で偶然出会うはずはない。つまり、エリティアは俺を捜していた――いや、というより、追いかけてきたのか? 捜される理由は見当たらないが、追いかけられる理由なら心当たりがある。

 エリティアは、俺がクレイを抱えていたのを目にしている。そのことについて話す暇もなくゴルビーとの戦闘に突入したため、うやむやにしたままだった。

 それを――問い詰めに来たのだろうか。


「……どうしたんだエリティア。ここに何か用があって来たのか?」

「ううん。ちょっとセラクと話したいことがあったから大通りを捜していたんだけど、どこにも見当たらなくて、それで、魔族の女の子を連れていたから……もしかしたら王都の出口に行ったんじゃないかと思って。あそこから一番近いのは南門だったから、それで」

「…………」


 見事なまでに行動を読まれていた。


「その女の子、地下牢に囚われていた子だよね?」

「ああ、そうだな」

「どうしてセラクが連れているの?」

「それはほら、敵の狙いがこいつだったから、俺が抱えておけば魔族に奪い返される心配はないっていうか……」

「ふーん……」


 曖昧な相槌を打って、目を細めるエリティア。

 見透かされているよなぁ……この感じだと。


「いくらセラクでも、人を抱えながら魔族と戦うのは厳しいんじゃない? それでセラクが負けたら本末転倒だよ。一緒に戦うカサマたちもいなかったんだから、私としては、そこまで有効な作戦には思えないかな。だから疑っちゃうっていうか……あ、もしかして誘拐とか? 確かにとっても可愛らしい子だけど、誘拐は駄目だよ。それは勇者の沽券に関わると思うなぁ」

「違う! それだけは絶対に違う!」

「――じゃあ、逃がしてあげるつもりなんだ?」


 と、冗談めいた雰囲気のまま、エリティアは唐突に核心を突いた。


「その子を連れたまま王都の出口に来てるってことは、そういうことだよね?」

「……止めに来たのか?」

「うーん……分かんない。人々の平穏な生活ために頑張ってきた仲間としては、魔族を逃がそうとしている勇者を止めるべきなんだろうけどさ、力づくで止めようにも、私はセラクに勝てないしね」

「口論ならお前の方が上だと思うぞ」

「……それ褒めてる? 嬉しいような嬉しくないような複雑な気持ちだけど……まあいいや。私もね、その子を捕まえておくのは反対。ただ、大勢の人に信頼されている私たちがこんなことしていいのかなって、思っちゃって……」

「…………」


 自分の立場と気持ちの齟齬による葛藤。その心情はよく分かる。

 

「……エリティアの言っていることは正しい。俺がやっていることは人類への裏切りといえる行為だ」

「セラク……」

「だから、俺は勇者をやめることにした」


 俺は言った。

 もう隠していても仕方のないことだ。


「……え? え? 嘘……やめちゃうの?」

「ああ、やめる」

「王様はなんて? クターニーとカサマは? 反対されなかった?」

「お前以外には誰にも言ってない。言ったところで理由を明かすことはできないから、今回の襲撃で死んだってことにする。……これ、持っていってくれるか?」


 そう言って、俺は腰に付けていた、飾り同然の聖剣を鞘ごと取り外し、エリティアに突き出す。


「魔族と相打ちになって、これだけが残っていたと報告してくれ。死体は損傷がひどかったから埋葬したとでも伝えれば、それほど詮索はされないだろう」

「でも、セラクがやめちゃったら……」

「まあ、妥当にいけば次の勇者はカサマかクターニーじゃないか」

「……こんなことを言うのは駄目だって分かってるけど、それでも……私以外、他に誰も知らないんだったら、私とセラクさえ黙っていればバレないのに……」

「エリティアに罪の片棒を担がせるわけにはいかない。それになにより、捕まえた魔族を逃がすような奴が勇者をやってたら駄目なんだ。まあ、勇者じゃなくなったところで、俺が魔族を逃がした罪人っていうことには変わりはないんだけど……うん、とにかく預けたからな」


 聖剣を受け取ろうとしないエリティアの手を取り、鞘を掴ませる。


「……セラク、王都を出て行っちゃうの?」

「ああ。流石にもうここでは暮らせないからな。今までありがとう――エリティア。お前は俺が出会った中で、最も優れた魔術師だった」

「むー……そういうちゃんとした挨拶をするなんて、なんかセラクらしくない」

「たまにはするさ。またいつか、どこかで会えたらいいな。クターニーとカサマにもよろしく伝えておいてく――駄目か。俺は死んだことになってるんだった。やっぱりいいや。それじゃあな」

「あ、ちょっと待って」


 エリティアは扉に向かおうとしていた俺を呼び止め、駆け寄ってきた。


「どうした? まだなにか――」

「いいから。ジッとしてて」


 サバサバと俺の言葉を遮り、エリティアは俺の右足の前にしゃがみ込み手をかざす。彼女が小声で呪文を呟くと、その両手は淡い緑色の光を帯びた。

 ゴルビーに激突した際に損傷した右足の痛みが、段々と引いていく。


「エリティア。俺なんかより、他の奴らのために魔力を使った方が……」

「いいの。……というかセラク、私がいなくなったらどうやって戦うつもりなの?」

「あ……」


 そうか。今まではエリティアが仲間にいたから多少の無茶が効いたが、これからは負った怪我をすぐに回復――というわけにはいかなくなるのか。


「優秀な回復術師がいたからこそ、勇者セラク・ラーミックは成り立っていたわけだな。お前がいなかったら俺は、ただの攻撃力に特化したピーキーな冒険者のままだったよ」

「それはお互いさま。私だって本当は、王都の医療院で治療専門の魔術師として働く予定だったんだから。セラクがいなかったら――旅に出て色んな土地を見て回ることはなかったと思うよ」


 エリティアは感慨深そうにそう言って「はい、終わり。もう怪我しないように気を付けるように」と俺に念を押した。

 ――そして。


「さ、今度はその子の番だよ。降ろしてあげて?」


 唐突に、そんなことを――口走った。

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