10 VS.灰色のオークー1
「おい、てめぇ。なに一人ブツブツ言ってやがる」
「……え?」
巨大なオークは、かなりイラだった様子でこちらに話しかけてきた。
……一人? 数メートルの距離があって、しかも小声で話していたとはいえ、俺がクレイと話していることに気づいていないのか?
目はあまりよくないらしい。……それによく考えてみれば、戦場に人を抱えたまま来る奴がいるなんて思わないよな。武器か何かを持っていると思っているのだろう。
ともかく、まだこのオークの目にクレイが入っていないのなら、クレイとの約束を反故にしたわけではない。
もう一度仕掛けたいが、頭を狙ってダウンを取れないとなると、なにかしらの防御魔術を使用しているのか、あるいは、そうであってほしくないが……ただ単に頑丈なだけか。
「おら、さっさとかかって来いよ」
と、こちらを挑発してくるオーク。
この丈夫さの理由はクレイに聞くのが一番手っ取り早くはあるが、オークの意識が完全にこっちを向いているとなると、流石にクレイに喋りかけるのはバレるか……。
……というか、事前に教えておいてほしかったな。
仕方ない。まずは会話で探ってみよう。
「3発も攻撃を喰らっておいて、随分と余裕じゃないか」
「ああ? あんなの喰らった内に入らねぇよ」
「お前、混血種のオークじゃないな。魔族か?」
「だったらどうした? 尻尾を巻いて逃げるのか?」
「いやぁ、まさか……」
否定はしてこない……やはり魔族なのか。
「魔物」と「魔族」という言葉には、微妙なニュアンスの違いがある。「魔物」は、体内に魔力を宿している人間以外の生物全般を指すのに対し、「魔族」は、潤沢な魔力を保有している――純血種、あるいは、それに限りなく近い魔物のことだ。
他の種と交わることなく、古くから一族の間だけで血を保ってきた歴史からくる戦闘能力は、そこいらの魔物とは比べ物にならない。
当然、魔族は他の魔族とは仲が悪い。余計な血が混じれば一族の力が衰えてしまう。なので、自分たちの一族以外と関係を持つ必要が無い。
しかし、全ての魔族が抱える問題として「頭数の少なさ」がある。個人個人の能力は高くても、他の種と繋がりを持たない以上、その繁殖力には限界があるのだ。
現在も生き残っている魔族というのは、一族の数が100人にも満たないグループばかりだろう。
人間や他種族との領土争いなどで犠牲者が出るのは、魔族にとっては人間以上に明確な痛手だ。
そんな、段々と数を減らし続ける魔族たちを纏めあげたのが――魔王ディアグレイだった。
だった――と過去形になってしまうのは、人間の立場としては喜ぶべきなんだろうけど……。
かの魔王は、現在、人間側が存在を把握している400名、11種族の魔族たちの中から、実に6割に及ぶ数を自らの配下に引き入れた。
結束した魔族たちの攻勢により一時期は、人間の存続が10年先すら危ぶまれたが、結果として、その支配は長くは続かなかった。
やはり、魔族が他種と徒党を組むのは難しいのだろう。人間を滅ぼし共通の敵がいなくなったあと、再び魔族間での対立が始まり、人間と戦っていた頃よりも種の減少速度が加速することを危惧して、魔王は人間との和平を試みたのかもしれない。
ただ、今となってはもう――答えは闇の中だ。
……思考を切り替えよう。とりあえず、今は目の前の敵に対処しなくては。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
オークに向け、俺はそう尋ねる。
王立図書館や冒険者ギルドの館内には、冒険者や六路騎士団員が接敵した際の目撃情報、そして王都の情報網を駆使して制作された、約400名分の魔族をまとめたリストがある。ここに載っている魔族なら、どういう出で立ちをしていて、どういう魔術を使うのかなどの情報が、判明している範囲で詳しく記されている。戦闘職の人間にとっては必読の一冊といえるだろう。
ちなみに、魔王の子供の情報は一人も分かっておらず、もちろんクレイも載っていない。
こんなんでも一応、人類の代表たる勇者だからな。本の内容を全てとはいかないが、名前と特徴くらいは全員暗記してるぞ……さあ、言え……。
「ああ? 人の名前を聞きたきゃ、まずはてめぇから名乗れ」
「…………」
魔族に常識を説かれるとは……。
クレイといいコイツといい、魔族ってのは案外常識人なのかもしれない。
「……セラク。セラク・ラーミックだ」
「セラクだぁ? ってことはてめぇが勇者か?」
「ああ、そうだ」
「グヒヒ……いいねぇ、人間ってのは弱いくせに数だけは多くて鬱陶しかったんだが、腕の立つてめぇを殺せば、周りの奴の戦意は一気に喪失するってわけだ」
「それはお互い様だな。このオークたちを率いて来たのはお前だろ? 俺がお前を倒しても同じことになる」
「あり得ねぇ話だが、まあ理屈はそうだな。……さて、勇者をぶっ殺せるとなると俄然やる気が出てきた。この次期魔王候補であるゴルビー様に殺されることを光栄に思えよ」
そう言って、巨大なオークは肩をグルグルと回す。
名前が分かった。どうやら「ゴルビー」と言うらしい。リストで見た名前だ。確か【ハッドグレーオーク】という準純血種のオークの魔族だったはず。目立った特徴としては、衝撃を吸収する剛毛で全身が覆われているらしいが……あの灰色の毛がそうなのか。初めて生で見た。
……というか、バッドグレーオークの特徴はなんとか覚えていたが、肝心のゴルビー個人に関する情報は何一つ思い出せない。
どんな魔法を使うんだったけ。思い出せそうにないな……。
仕方ない。魔法の件は一旦置いておいて、だ。ゴルビーはもう一つ気になるワードを口にしたので、そっちに意識を割《さ》こう。
――次期魔王候補。
「ゴルビー。お前今、次期魔王候補って言ったか?」
「ああ、現時点ではそうだが、勇者を葬ってこの街を潰したとなると、もはや『候補』じゃねぇな。名実ともに、俺が新たなる魔王になるだろうぜ」
「なるほどな……」
ディアグレイがいなくなったことにより、次の魔王の座を巡って、他の魔族たちに自らの力を誇示しようとする輩がいてもおかしくはない。
クレイの「私を助けに来たわけじゃない」という話が本当なら、こいつはそのためにここへ来たのか。
「しかしなんだかなぁ、さっきのがてめぇの全力だったとすると、俺の勝利はあまりにもあっけないものになってしまうわけだが、そこんところはどうだ? 勇者様よぉ?」
「安心しろよ。俺が全力を出したら――お互い無事じゃ済まないぞ」
「ああ? お互い? どういう意味だ?」
「言葉通りだ。俺もお前も大ダメージを負う」
クレイの鎖を牢から切り離す時にも使った、魔力を全て攻撃に回し、防御力が0に等しい状態での、高速かつ高威力の打撃。
あれは諸刃の剣なので、使うのはどうしても躊躇してしまう。極力、使用せずになんとかしたい。
「……フン、よく分かんねぇけどまあいい。まだ本気を出してないっていうならさっさと出せよ」
「だから、出したら俺も無事じゃ済まないって言ってるだろ」
「どっちにしろ死ぬんだから出さなきゃ損だぜ? その大事そうに持ってる武器も使わねぇと死――ああん?」
そこで初めて、ゴルビーは俺が右手で抱えていたナニかを注視した。やはり武器の類だと思っていたらしく、その予想を裏切られたからか、驚きの声をあげる。
クレイを見た奴は、全員拍子抜けした声を出さなきゃいけない決まりでもあるのかというくらいに。
「……セラク?」
バレてしまったことで声が出せるようになったクレイから、二度目の突き刺さるような視線が向けられた。
痛くないはずなのになんかチクチクする……。
「……ごめん。ただ、足とか普通に見えてただろうし、我ながらよく今までも持ったと思うよ、本当に」




