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1 勇者辞めさせていただきます

 陽の光が差し込まないためひんやりとしていて――それ故にカビくさい王都の地下牢。

 その一室に捕えられていた、赤い瞳を持つ銀髪の少女は、自らの華奢な腕を縛っていた鎖を外そうとする俺へ、不思議そうに尋ねる。


「……ねぇ、人間」

「人間って……お前な……」


 やたらと範囲の広い名詞を使ってきた……。


「その呼び方はやめろ。一応、俺にはセラクっていう名前がある」

「セラク……そう呼んでほしいの?」

「ああ『人間』と呼ばれるよりかはな」

「じゃあ……セラク。あなたはどうして私の拘束を解こうとしているの?」

「ここから出すために決まってるだろ」

「……フフッ」


 俺の言葉を聞き、少女はクスリと笑った。


「私、どんな風に処刑されるのかしら? 観衆の前で首を落とされるの? 王都直属の魔術師たちによるS級の攻撃魔法で消し炭? それとも――勇者であるあなたが、直々に介錯してくれたりして」

「……どれも違う」

「なるほど。(おおやけ)にはせず秘密裏に、民衆には見せられないくらい凄惨な目にあわせると。……まったく、いくら魔族とはいえ、人権は尊重してほしいわね」

「人権か……」

「なによ、『人間じゃないお前には人権なんてないぞ』とでも言いたそうな顔じゃない」

「そんな顔はしてないだろ」

「魔力を集積する尻尾と角があること以外、私の姿は人間とそう変わらないんだから、人間同様、丁重に扱ってほしいわ」


 そう言って、少女は黒く細長い尻尾をゆらゆらと揺らし、銀色に輝く髪の間から小さな角を覗かせる。


「……よく喋るな、お前」

「だって、私にとってはこれが最後の会話だもの。人類を救った勇者様と話せて光栄よ」

「…………」


 人間と敵対している魔族である少女にとって、多くの人が暮らすこの王都は、敵地のど真ん中といっていい場所だ。

 そんな場所に連れてこられて囚われている少女が、そういう答えにたどり着くことは決して異常ではなく、むしろ当たり前だった。


「……お前、名前は?」

「クレイよ。クレイ・ニアヴェルディ。人類の大敵――魔王ディアグレイの子供、その内の一人。まあ、もっとも、その悪名高い魔王ディアグレイは、あなたのお仲間に隙を突かれて無残に殺されてしまったわけだけど」

「……すまなかった」

「どうして謝るの? あの時、あなただって父を殺すために城に来ていたんでしょう?」

「少なくとも、俺は話し合うためにあの場へ行ったつもりだった。そう聞かされていた。なんとかお互いの妥協点を見つけて、人間と魔族が争わずに共存できるよう、どうにかして折り合いをつけるつもりだったんだ」

「ふうん。勇者様っていうのは崇高な理念をお持ちなのね。とはいえ結局、魔王が討伐された以上、魔族の統率は乱れていくでしょうし、残った魔王の子供たちも、こうして少しづつ数を減らしていくんでしょうね」


 ふてくされたように、クレイは言う。


「私を縛ってるこの鎖、魔力を封じる素材で作ってあるみたいだけど、解いてしまっていいの? このまま連行した方がいいと思うわよ。魔力が使えるようになれば、一応、抵抗はするつもりだから」

「いいんだよ、別に」

「へえ、随分と余裕ね、勇者セラク。いくら私があなたに敵わないからって、こういう仮初の自由を与えられると、魔族の誇りを侮辱されている気分だわ。それに、ここに連れてこられてからもう五日も服を着替えていないし、正直、これ以上ないほど鬱憤が溜まっているのよね。この黒いワンピース、お気に入りだったのに……もうヨレヨレのボロボロじゃない……」


 ひどく――物悲しそうな顔をするクレイ。

 自分が処刑されるんじゃないか、という話題の時よりもよっぽど悲しそうだった、

 やはり……この少女をこんな所に置いてはおけない。


「気分を害したなら謝る――ただ」


 一旦、俺は鎖を取り外す作業を中断し、クレイと目を合わせる。


「なによ、やっぱり解いてくれないの? 固定されているとはいえ、両腕を上げっぱなしっていうのは結構キツイのよ? ああ、それとも、こんな薄い布きれ一枚で身動きが取れないとなると……私、無意識のうちに勇者様を扇情してしまっていたかしら?」

「ノーコメントだ。いいか、よく聞けクレイ。俺は――お前を殺したりはしない」

「……? 全く、理解できないわ」


 露骨に、クレイは怪訝な顔をした。


「捕えた魔族を生かしておくつもり? それも魔王の娘を? どうしてそんなことをするの? 魔族の象徴を兵士や民の前に晒して命を絶てば、士気があがること間違いなしよ?」

「そうだな。認めたくないがその通りだ。だから『俺は』と前置きを付けた。……とにかく、お前を王都から逃がしてやる」

「逃がす? 逃がすって……フフッ……」


 こらえきれずに、今度は笑い声をあげるクレイ。


「逃がすもなにも、あなたが私をここに連れてきたのよ?」


 少しの嘘偽りもない純然たる事実を、俺に突きつける。


「……ああ、俺の見立てが甘かった。本当に……すまない」


 俺は彼女に、そう詫びることしかできない。

 あの時の自分の選択が、間違っていた。


 ――クレイを。

 この幼気(いたいけ)な少女を、王都に連れてきたのは俺だ。


 あれは、今から7日ほど前――

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