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義経公にまた頭を撫でて欲しいとある娘の話

作者: NICHIAKI

いつか憧れた人















ーーー『義経様、』


ーーー「ん?どうした?」


ーーー『義経様は、どこへもいなくなったりしないよね』


ーーー「……さぁ、どうだろうなぁ」


ーーー『っどこかへ行ってしまうのなら私も連れて行ってっ?』





嗚呼、これは、夢だ。


あの人が目の前にいる。


これは、昔の、私がまだ小さな子供だった頃の夢だ。


時折みる、大事な記憶だけれど、悲しい思い出の夢。


あれはなんだったのだろうか、別に何かがあった訳では無かった、子供特有の直感と言うやつか。ただ、ただ、唐突に。”どこかへ行ってしまう”と、どうしようもなく、思ったんだ。

”連れて行って”と強請る私に、酷く困ったように眉を下げたのを覚えている。

今考えれば無理なお願いなのは理解出来るけれど、あの頃は(よわい)僅かな子供だったから。

困った顔をした義経様は珍しく優しい手付きで、私の頭を撫でたんだ。





嗚呼、叶うたならば、私もお傍でーーーーーーーーー





_


___


______


__________





はたと目を覚ませばそこは寝室の布団の中。夢だと自覚はあったのに現実と混在して些か戸惑うてしまい、起き上がって周りを見渡せば見慣れた寝室。隣には己の旦那と幼い息子。

嗚呼、やはりあれは夢かと落ち着いて、寝室に差し込む月明かりに目を細めると同時に色んなものが込み上げてきては涙と嗚咽が溢れてしまう。


『っ、よ、し、つねさま……!義経様っ…!!』


そう口をつくのはあの人の名であった。幼い頃の記憶などほとんど曖昧だと言うのに、義経公の記憶は酷く色濃く脳裏に残っている。

あの頃でもなんとなく、子供ながらにこの人は凄い人なのだろうとはどこかで思っていた、ただの百姓の子である私がそう気軽に近寄っていい人ではないような、けれど酷く惹かれる存在であった。

身分も何も無いほんとうにただの小娘の私と笑顔で接し、剛直で、少し豪快でけれど酷く美しく、優しい真っ直ぐな人。それが子供の頃から変わらぬ私にとっての義経公の印象。

高らかに笑う声、私の髪をぐしゃぐしゃにして頭を撫でる手、優しく細められた切れ長の目、全てが鮮明に映っては最早実在していないのだと酷く胸が痛む。


「ん………どうしたんだ…?」


「……また、義経公の事を思い出したか?」


二人を起こさぬようにと必死に嗚咽を(こら)えていたけれど、結局彼を起こしてしまったらしい。彼は眠たげに瞼を擦って肘をついてこちらを見やってから、ゆっくりと起き上がって私に寄り添った。

まるで泣き止まない子供を落ち着かせるように背を撫でて優しい声色で聞くものだから、申し訳なさが勝っては謝罪の言葉が零れて、溢れる涙を隠そうと止めようと顔を覆う。

その謝罪に何も答えない代わりとでも言うように、”別にいいんだよ”とでも言うように私の頭を撫でる彼の手にあの人がぼんやりと重なって、


嗚呼


嗚呼、


私も連れて行って欲しかった、


私もあの人のお傍にいたかった、

私もあの人と共に居たかった、

私もあの人の役にたちたかった、

私もあの人を守りたかった、

私も最後まで、


私も、私も、


せめて、最期の時を、ともに、


ただの小娘が何をと、無力な女子供が何をと、己が自身でも思う。けれど、けれど。

反芻する沢山の事を処理しきれずに、涙が先んじて溢れ出る。


どうして、


どうして、


一緒にいたかった、


傍に居たかった

この手をとってほしかった

その背に追い付きたかった追い掛けたかった

あのまま遊んで笑って泣いて怒っていたかった

あれでは足りないもっとたくさん話がしたかった

またその暖かい手で頭をぐしゃぐしゃに撫でてほしかった


こんな思考はまるで子供のよう。

そう解ってはいても私の思考はそう働いて止まらない。


もしも、


もしも、


私が男子(おのこ)だったなら、


私がもっと歳を重ねていたのなら

私が武器を手に取っていたのなら

私が武士や侍だったのなら


何にせよ、


私が、あの人の隣に立って不思議でない人物、だったのなら


無意味にも、もしもこうだったのなら、ああだったのなら、なんて想像が浮かんでは自分自身で今更何を思っても言っても無駄なのはわかっているんだと首を振る。


今となっては私が着いて行った所で邪魔をして足を引っ張る存在以外の何ものにもならなかっただろう事もわかってる。けれど私は未だに駄々を捏ねているも同然のように泣いている。

あの人がいなくなった時、”ああやはりいなくなってしまった”と周りを気にせず大泣きして。

”どうして私を連れて行ってくれなかった”と当然の事に腹を立てて、”弁慶はずっと傍に居られて着いていけてずるい”と理不尽に妬んで。それは、今もそう、


彼は、そんな想いを吐き出して、尚も収まらぬ涙に顔を覆う私の手を取って自身の手を重ねると、慈しむ様な声で言葉を繋げた。


「――僕はね、義経公にしてもしきれないくらい、感謝しているんだ。」


『…かん、しゃ……?』


「うん、君はこうして涙を流しているけれど、それでも、君を連れて行ってくれなくて、ありがとう と。感謝しているんだ。」


僅かに涙を途切れさせてきょとり、と月明かりを頼りに見上げる私に、優しく目を細めてからまた同じように口を動かす彼の言葉に耳を傾ける。


「…もしも、その時君が義経公と共に行ってしまったのなら、きっと、僕は君と出会えなかっただろう、こうして手に触れる事も、抱き寄せる事も、君と所帯を持つ事も、君との子を愛する事も、当然、君自身を愛する事も。

……君は違うかもしれない、けれど、僕は今酷く幸せなんだ。君と共に居られると言うだけで。

だから、どうしても、君がこうして悲しんで涙を流しても、義経公が君を守ってくれた事に、感謝が浮かんでしまう。」


咄嗟に何か言葉が飛び出そうになったけれど、それは言葉にはならなかった。彼が言った事をゆっくりと咀嚼するように噛み砕いて、先程までとは違う意味の涙が一つ零れる。


本当はとうの昔に理解していた。義経様が何より私の身を案じていた事。義経様は私を守るためにああして置いて逝った事。


彼が言葉にしてくれた事で、ようやっとそれを素直に飲み込んだ。


私だって、ええ、私も、


ゆっくりと隣で眠る子に目線を落とす。どうやら熟睡してくれていて、私の嗚咽や彼の話声にも起きることは無かったらしい。

その事に改めて安堵して、手を伸ばした。

スルりと息子の頭を撫でて、当然の様に心の真ん中に堂々とある愛しさに息をつき。今自身が頭を預けている彼の肩の、背に添えられる手の暖かさに一度瞼を落とす。


『私も、幸せです』


ゆるりと瞼を上げて、ぽろりと零れた涙を今度は気にせずに、彼に一層身を預けるように擦り寄って、ぽつりと呟けば。彼は少しだけ驚いたような顔をしてから、酷く安心したように顔を綻ばせた。


私の、この言葉に嘘偽り等一切無い。

私は幸せだと迷い無く言いきれる。こんなに人がよくて優しい彼の元に嫁いで、子供は元気でいてくれて、家計は裕福とは言えないけれど、それでもこうして一般家屋で布団で眠れる、彼は商人としてとても忙しく働くけれど家族の時間もある、疲れているはずなのにこうして時たま夜な夜な涙を流す私に怒りもせず寄り添ってくれて、息子も元気に外を走り回って、私が作るご飯を美味しいと笑ってくれる。

どんなに、どんなに幸せな事か。


それでも、時たま無性にあの人の事を思い出すんだ。きっと、あの人の事が何より悔やむ事だから。それほどまでに心惹かれる人間だったから。それほどまでに光源のように輝いている人だったから。

いつだって、真っ直ぐで優しいあの人に憧れていた、幼いながらに恋心なんてものも抱いていたのやもしれない。それは確かな憧憬。


大好きだった。


ほんの刹那の間だった。あの人との時間は。短く感じているだけか、それとも本当に短かったのか、今は曖昧だ。

どんなに幸せで満たされたとて、きっと私はあの人を忘れられないのだろう。


―それでもいいさ、涙する時は僕が傍に居よう。―


微睡む意識に愛しい彼のそんな言葉がぼんやりと聞こえた。

嗚呼、確かに、もしもあの人と共に行っていたら、彼にもこの子にも出会えなかっただろう。それは、嫌だと思う。

どちらも嫌だと思うのならば、生きているこの道の方が良かったと思った方がいいのだろうか。


わからない


彼はあの人を忘れることはないと言ってくれる、その言葉に甘え切っている自分を情けなく思う。けれど、やはり忘れられるはずもなかった。

あの人と共にありたかったと思ってしまう。お傍に居りたいと、行きたいと。











嗚呼、嗚呼、


そうだ、義経様、


もしも、もしも、


もしも、この霊魂が


巡って、巡って、


また、会えたなら。


出会えたならば、


その時は、その時はまた、








―私の頭をぐしゃぐしゃに撫でてください―



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