P2の本音
「人の心を察する?馬鹿、それは察した気がするだけだよ」
星宮星雅
「これ社長から依頼されてたお嫁ちゃんと従者ちゃん用の携帯端末ねぇ~。社員のみんなの連絡先は全部入ってるけどぉ、イタ電はダメだよぉ?」と、1人1機の携帯端末機を渡されてサンビタリアとガーネットは制御中心区を後にした。元々、携帯端末機は赤目製薬社員のレコメンドが持っていたものと同じものだった。
「・・・それじゃあ、次は何処に行きましょうか?何て雰囲気ではありませんね・・・・・・部屋に戻りますか?」
レコメンドのこの一言で、サンビタリアたちは自室に戻ることに決めた。
まだモノクロ備品のモノクロ家具が置かれたままの自室に戻ったサンビタリアは、ベッドの端に座ってじっと携帯端末機の画面を見つめていた。と言っても、携帯端末機の電源は入っておらず、画面は真っ暗のまま。
サンビタリアの意識は携帯端末機の黒い画面ではなく、自分の思考に向けられていた。
「モリアーティ女史に言われたことを気にしておられるですか?」
ガーネットがゆっくりと隣に座りながら言った言葉は図星だった。
「・・・・・・仕方ないわ。だって、この婚姻は赤目製薬のみなさんにとって強引に決められてことで、望んだことでは無いのだもの。祝福されようだなんて、烏滸がましいわ。」
「そうですか・・・ですが、お嬢様の顔には「仕方ない」なんて書いておりませんよ?」
ガーネットがそう言うと、レコメンドはポケットから小さな手鏡を取り出してサンビタリアの顔を映した。
「これが・・・私?」
そこに映った表情に普段の麗しいサンビタリアの姿は見る影も無かった。
必死すぎて今の今まで気がつかなかったが、憔悴しきった彼女の目元は涙で赤く染まっており、瞳の色は虚ろで輝きを失い、小さく開いた口は陸に揚げられ惨めに喘ぐ魚のように見えた。少なくとも、彼女自身には。
「「バカな考え休むに似たり」今の疲れ切ったお嬢様では、幾ら考えたっていい答えは出ません。」
「じゃあ・・・・・・一体どうしたら・・・・・・・・・」
もう訳が分からなかった。
サンビタリアはこれまで「貴族たるもの他者に己が運命を委ねてはならない。自分の道は自分で決める物だ。」と教わって育った。しかし、今の自分は1番近しい従者に「幾ら考えても意味が無い」と言われ、だが、モリアーティに言われた「余計な荷物を抱えたくない」という主張は尤もで、でも、どうしたら自分が赤め製薬の糧になれるかは分からなくて・・・・・・サンビタリアの思考はグルグルと頭を回るばかりだ。
「幾ら考えたっていい答えは出ません。だったら、自分で答えを出さなかったらいいんですよ。」
色んな考えが頭を回る中でも、1番の従者の言葉はすんなりとサンビタリアの耳に入ってきた。
「で、でも・・・・・・」
「「貴族たるもの他者に己が運命を委ねてはならない。」ですが、他者に意見を聞いてはならない。なんて教えはありませんよ?お嬢様」
サンビタリアの手の中には、P2へ繋がる携帯端末があった。
『prr…prr…』
携帯端末から電話通信の音が鳴るのを、サンビタリアは審判を待つ罪人の心持で聞いていた。
「もし、本人の口から本当に要らないと言われてしまったら?」「もし、私がいることによる損害が大きいと言われてしまったら?」、嫌な想像ばかりが頭をよぎり、更に気分を落ち込ませていく。
「大丈夫ですよ、何があっても私はお嬢様の傍にいます。」
囁くような小さな励ましの言葉をかけながら、ガーネットはサンビタリアの手を握った。
サンビタリアは少しだけ安心して、不安を吐き出すように小さく息を吐く。そうこうしている間に…
『prr…ガチャ!はい、赤目製薬代表取締役のP2と申します。』
電話通信がP2に繋がった。
「あ、ぴぃつぅ様ですか?私…サンビタリアです。ぴぃつぅ様の妻の…サンビタリア・ラックス・デ・カウ…です。」
『ああ、サンビタリア嬢か?俺に何か用か?』
不安と緊張からか、サンビタリアは話が途切れ途切れになりながら、どうにかこうにか言葉を紡ぐ。
本当は気が重く、今すぐにでも投げ出したい気分だったが、電話を繋げてしまった以上はもう後戻りは出来ない。サンビタリアは無我夢中で必死になって言葉を選ぶしかなかった。
「その…ですね、ぴぃつぅ様や赤目製薬の皆様にとっては急に決まった婚姻でしたから……そのぉ…私、お邪魔になってないでしょうかと……思いまして…」
散々考えて選んだ言葉も、いざ喋る場面になると何一つ出て来ることはなく、気が付くとサンビタリアはしどろもどろになって消え入りそうな小さい声色になって喋っていた。
『…ああ、成程、モリアーティ辺りが妙な気を使ったか?それで気にしていると』
「も、モリアーティ様は悪くないのです!ただ…私が何の役にも立たない邪魔者なだけで…」
流石は会社全体を見ている社長というべきか?
P2はサンビタリアを不安にした名前を見事的中させた。サンビタリアは否定するが、彼女がここまで不安に陥った原因は確かにモリアーティにある。尤も、モリアーティはそれが分かっていて追い詰めたのだが…
「近頃…黄金族の台頭による影響が出始めていると聞きました。そんな大事な時に……好きでもなければ…役にも立たない…私なんかが居たのでは……」
『何を言う。敬意はどうあれ私たちは夫婦だろう?新婚早々、嫁を役立たずなどと罵るような夫がいるものか』
「ですが、車の中でもずっと黙っていらっしゃいましたし…」
『あれは……本当に辛いだろうサンビタリア嬢の為だと思ってな。』
「え?それは一体どういう…?」
『その…思い出すのも辛いかもしれないが……失恋の傷は早々癒えるものではないだろう?その上、島流しさせられて、知らない男に嫁入りをするなんて、サンビタリア嬢にとって相当不安で苦しいことの筈だ。だから、心の傷が癒えるまで信頼できる人間と一緒にゆっくりと療養してくれればと思ったのだが………全部言ったら気を遣わせると思って黙っていたのが…裏目に出てしまったようで、申し訳ない。』
「え?それじゃあ、車の中でずっと黙っていらっしゃったのは…」
『男性の身勝手に振り回されたばかりだから、余り男が話しかけるのもどうかと………』
サンビタリアの気が抜けて、ドッと疲れが出た。ベッドに腰かけていなければ、腰を抜かしていた。
(ぴぃつぅ様は…ただ、ぴぃつぅ様なりに私のことを案じて下さっていただけなのですね…)
サンビタリアは、電話の向こうの男が社員たちに好かれる理由が少し分かった。…気がした。
Q,何で、男性のカッタッパに本社案内させたの?
A,あの場で最も信頼がおける男ったからだ。いや、勿論、社員たちは全員信頼しているのだが…カッタッパはその中でも特別というか…サンビタリア嬢にとってのガーネット嬢のような存在だ。それに、カッタッパほど広い本社施設を正確に把握している男はいない。
115なら、あるいはカッタッパ以上に本社施設を把握しているかもしれないが…115は何時も忙しいからなぁ。早く交代要員を見つけてやりたいところだ。