黄金族
「平和はまやかしの言葉だ。だって、人間の本質は欲望と闘争だからな」
星宮星雅
『黄金族』、その名が多くの人の知るところとなったのはここ最近の話だ。
何処にでもある弱小盗賊団だった黄金族は、頭領が変わったことを切欠に急激に数年前から勢力を伸ばしていた。安物の型落ち品ばかりだった装備は正規軍のそれと遜色ないものとなり、十数人程度だった構成員は日を追うごとに100人200人と人数を増し、現在では数万とさえ言われている。
勿論、全員が全員精鋭という訳では無いが、それでも数というのは確かな武器であり、企業所属の民間部隊を次々と返り討ちにしている。というのが、サンビタリアとガーネットの知る黄金族の概要だった。
「そうですね。連中が勢力を伸ばし始めてから、防衛隊はずっと厳戒態勢が敷かれ緊張状態にあります。普段の商品護送の任務でも賊相手に苦戦することが何度か・・・」
サンビタリアはレコメンドの話に愕然とする。
煌びやかな上流階級で育てられてきたサンビタリアにとって、黄金族の悪名は恐るべき者ではあるが、何処か遠い世界で起こっている他人事のように感じていた。
だが、もう他人事では無いのだ。その脅威と命を賭けて戦ってきた女性が目の前に居るのだ。
そして、今のサンビタリアとガーネットもまた黄金族の影響を受ける立場にあった。
「そうだねぇ。連中が何処で何しようと私には関係無い話だけど、社長の財である商品を狙ってレコちゃんたちを傷つけてるって言うのは・・・頭にくるよぉ。でも、戦争なんか出来ないよぉ?」
『ですね。赤目製薬の防衛隊は高練度であり最新装備ですが、現在の黄金族を相手取るのは分が悪いと言わざるを得ません。』
「あくまでも、民間企業所属の自衛部隊ですからね。数の暴力に押されるとどうしても・・・」
2人と1機の口から語られる、黄金族の脅威の実態の数々は守られて育ったサンビタリアには信じがたいものがあり、しかし、語り手たちの口調・表情・仕草その全てが現実を突きつけてきた。脅威は本物なのだと。
「黄金族への対応は急務だよぉ。防衛隊の人員を増やすにしても教育の時間が要るし、装備を一新するにしても研究・開発から更に慣し訓練だからねぇ。準備はとっくにしてあるけどぉ、会社全体に大変な時期が来るるのは避けられないねぇ・・・。・・・・・・だからぁ、そんな時期に余計な荷物抱えたくないんだよねぇ。」
ギロリッとモリアーティの視線が刃物のように鋭利に、サンビタリアとガーネットに突き刺さる。
少女の外見からは想像も出来ないほどの気迫にサンビタリアは思わず身を震わせた。
「経緯はどうあれ、サンビタリア様は社長夫人であり社長が守れと命じた御方です。余計な荷物では・・・」
『ですが、奥方をこのまま本社で養うことによるメリットは極めて薄いですよ。それに、そもそも今回の婚姻は皇帝経由でカウ家現当主から持ちかけられたものですが、カウ家現当主は貴族の権力を利用に社長の返答も待たずに強引に話を進めましたので、然るべき場所に訴えれば婚姻は取り下げられます。』
『今回の婚姻に納得していない社員も多いのですから、送り返してもいいのでは?』と提案する115にレコメンドは反論の言葉も出ずに口を閉ざした。図星だったのだ。
「まぁ、そういう子を見捨てられない甘っちょろいところが可愛いんだけどねぇ・・・。だから、社長は今のままでいいんだぁ、汚れ仕事は汚れてる私がやるよぉ・・・・・・どいて、レコちゃん」
モリアーティから放たれる気迫が更に増し、殺気と呼ぶに相応しい威圧にサンビタリアは小さな悲鳴を漏らす。ガーネットとレコメンド2人の服をギュッと掴んで、縋るようにその顔を見上げる。2人とも険しい顔をしていた。
一体どれほどの時間が流れただろうか?115の電子時計機能には2秒と刻まれているが、サンビタリアには数時間のようにも感じられた。長い2秒だった。
「でもぉ、私たちだって鬼じゃ無いよぉ?お嫁ちゃんの境遇には素直に同情してるしぃ」
『虚偽ですね。博士は社長を取られて気になって嫉妬しています。社長は博士のものじゃないのに』
「そこぉ、五月蠅いよポンコツAIくん?」
『それこそ虚偽ですね。115は自己学習機能によって日進月歩の成長をしている。いわば、常に最新の存在です。そもそも115がポンコツならそれを作った博士もポンコツでは?』
「本当に五月蠅いなコイツゥ・・・・・・」
モリアーティが軽口の叩き合いに入ったことで、サンビタリアの気もようやく少し緩んで「ホッ」と一息つく。本当ならそのまま腰を抜かして倒れ込みたかったが、なけなしの気合いと勇気でどうにか持ちこたえた。
「ともかくぅ!これから先の赤目製薬には余裕が無くなるけどぉ、今ならまだ待ってあげる余裕があるのぉ。だから、そうだねぇ・・・2週間だけ時間をあげるよぉ。精々、身の振り方をよく考えてねぇ?」
『翻訳しますと、「2週間だけなら他の子の不満を抑えられるから、その間に色々考えて踏ん切り付けて、ずっとここに居られるように頑張ってね!応援してるよ(ハート)」です。』
「ちょっと調子に乗り過ぎじゃない?アンティークのポンコツがぁ・・・」
『2度目になりますが、そのアンティークのポンコツにシステム制御を任せている以上、博士もポンコツになりますよ。・・・ああ、失礼、博士は100歳越えのおばあちゃんでしたね。』
「長命種基準だと若者だよぉ!」
真面目な話をしたかと思えば直ぐに軽口を叩き合う。
奇妙な光景ではあるが、これも一種の主従の在り方なのかも知れない。ガーネットは1人納得して頷くと、今度は自分の主人であるサンビタリアの方を見る。
サンビタリアは真剣な顔をして、ブツブツと何かを呟きながら考え事にふけっていた。
(真剣なのはいいことだが張り詰めすぎも毒だからな。あのAIのようにはいかないが、私は私なりのやり方でお嬢様をお助けしよう。例え、お嬢様の選択がどのようなものであろうとも・・・)
1人の従者は改めて忠誠の誓いを胸に刻むのだった。
黄金族
元々は戦乱の時代に現皇族の祖先に敗れた敗残国の兵士の集まり。
負けて落ちぶれて以降、逃げて隠れてを繰り返しながら盗賊行為でなんとか食いつないでいた。が、指導者が替わったことを切欠にここ数年で一気に勢力を拡大。装備・人員ともに軍と呼べるレベルにまでのし上がった。
大抵のメンバーは大きな流れに乗っているだけのチンピラ擬きだが、中には精鋭と呼べる者も居る。