本社へ
はい、今度も多分エターすると思います。でも、なるべく頑張るので見捨てないでください。
「P2?貴様、今、P2と言ったか!?」
「あん?てめぇ、まさかP2の客か?」
運転手の彼女の叫ぶような声が、白衣の男に見惚れていた彼女の意識を現実へ引き戻した。運転手の質問に帰って来たのは答えではなく質問だったが、その口振りは運転手を確信に至らせるのに充分だった。
「我々はカウ家の者だ!この度は主であるサンビタリア・ラックス・デ・カウお嬢様とP2殿への嫁入りの為に来た!」
運転手の言葉に、P2と呼ばれた男は白衣のポケットに手を突っ込むと、青いネックストラップ付きのカードケースを取り出して、中に入ったカードを運転手に突き出した。ひったくるように受け取ると、運転手は後部座席の主人にも聞こえるように、カードに書かれた字を読み上げる。
「赤目製薬代表取締役及び薬剤研究・開発部主任 P2………赤目製薬だと!?帝都にも進出している大手製薬会社ではないか!?」
「別に拠点をどこに構えようが俺たちの勝手だろ?ここなら企業スパイが来ないんだよ。」
「だからといってゴミ箱の中に会社作るやつがあるか!?」という心の叫びをすんでのところで飲み込み、運転手は目を皿にして何度も確認しするが、怪しい点は見当たらなかった。
(皇帝のサインも本物だとっ………!?)
「…失礼しました旦那様。私は侍従のガーネットと言います。お嬢様共々、宜しくお願い致します。」
ここまで完璧な証拠を見せられたなら、1従者に過ぎない運転手は大人しく職務に準ずるしかなかった。
車を取り囲んでいたならず者たちは「P2の客なら仕方ねぇ」と大人しく引き下がり、「折角だから、お嫁さんの隣に乗せて貰え!」と言う運転手の節介により、P2が行きに乗ってきた貨物トラックは社長のP2を置いて走り去ってしまった。その結果、現在2人は後部座席で隣り合っている。
シンと静まり返った車内、サンビタリアはそわそわと落ち着かない様子で、時折、隣に座る自分の夫となる男をチラチラと横目に見ては気恥ずかしさからフッと顔を逸らすのを繰り返していた。
(ど、どうしましょう?やっぱり何か話した方が・・・・・・で、ですが殿下曰く私の話はつまらないらしいですし・・・)
本来、サンビタリアはこれほど他人の機嫌を伺うような女性では無い。
生まれ持った黄金の長髪はサンビタリアが幼い頃から評判であり、彼女を見た周りの男が口を揃えて「太陽の加護を一身に受けて生まれたに違いない!」と賞賛するほどだ。髪が太陽ならば、なるほど、瞳は何処までも広がる大海に相違ない。サンビタリアはP2の瞳は宝石のルビーに例えたが、彼女の瞳も勝るとも劣らぬ芸術品である。貴族令嬢として受けた高い教育の成果もしっかり現れており、歩き方や座り方、息の吐き方に到るまで完成された所作は、どんな素晴らしい名女優でも「本物には敵わない」と際限を諦めるだろう。振られたとはいえ、第一皇子の婚約者は伊達では無かったのだ。
だが悲しきかな、サンビタリアは数週間前に婚約者である皇子殿下にこっぴどく振られ、挙げ句、他の女との仲睦まじい姿を見せつけられながら身に覚えのない罪で断罪されたばかりである。
亡骸島へ向かう道中で散々泣いて多少は落ち着いたサンビタアアだが、手酷い失恋経験は貴族令嬢としてのプライドをズタズタに引き裂き、ビクビクと猫に怯え隠れるネズミのように周囲の顔色を伺う女性にしてしまっった。そんなサンビタリアにとって、他に頼る当ての無い自分の夫になるP2という男の機嫌を損ねることは、死と同異議であった。
「あ、あの・・・「あの建物だ、中の大型エレベーターで地下の本社には入れる。」」
そんな彼女が決死の思いで勇気を振り絞った言葉は、他ならぬP2運転手のガーネットへ口頭でのナビにかき消され、空気の中に消えていった。
「すまん、何か用があったか?」
「・・・いえ、何でもありません」
P2は気を遣って聞き返したが、サンビタリアは小さな声で遠慮の言葉を返した。
髑髏町にあるコンクリートの外壁を持つ錆び付いたガレージ、四角い豆腐のようなシンプルな形をしたそこに一行は車ごと突っ込んだ。P2が携帯端末で遠隔操作を行うとガコンッ!と大仰な起動音が鳴ってエレベーターが作動し、床が下へ下へと下がっていく。そうして、貨物トラックが並んだドックのような場所へと辿り着いた。
車から降りる3人を社員たちが出迎える。
制服であるフード付きジャケットは赤・青・黄色・白・黒の5色から、社員たちが好きな色を選んで着ている。一見すると統一感が無いが、右胸に並んだ目を模した赤いシンボルマークが彼等彼等が組織であることを主張していた。
「社長。お疲れ様です!」
「「「お疲れ様です!」」」
代表として他の社員よりも1人の男性社員が一歩前に出ていた。
代表の男性社員は、これまたP2と比べても霞むことの無い美男だった。
P2のソレよりも色の黒い黒髪を首まで伸ばして後頭部で乱雑に縛り、血の色をした瞳はP2のそれよりも不思議な魅力を放っていて、油断をすると引き込まれてしまいそうになるほど蠱惑的だ。そして、それら2つを褐色の肌を纏う、彫刻のような逞しい体格が見事に纏め上げていた。
男性社員が挨拶すると、後ろに並んだ社員たちもそれに習い一斉に挨拶をする。
「社長、出会ったばかりの奥様と逢瀬といきたいところでしょうが・・・・・・」
男性社員はカツカツと革のブーツを鳴らしてP2に近づくと、言いずらそうに口をモゴモゴさせながら自分の携帯端末を取り出して画面を見せた。
「ああ、分かった。これは俺にしか対応できんな。」
「申し訳ありません。担当にはよくよく言い聞かせておきます。」
「いや、ナズナは人一倍責任感が強い、心配しなくても充分に反省しているだろう。それよりもメンタル面のフォローを頼む。ナズナだけでなく、第二小隊全体のだ。」
「それと並行して挽回の機会を・・・そうだな、妻の護衛を命じよう」
「心得ました。」
男性社員とのやりとりを終えると、P2はサンダリアの方へ向き直った。
「申し訳ない、急な仕事が入ってしまった。本社兼我が家の案内は秘書のカッタッパに任せる。それから、後で君の護衛に我が社自慢の第二防衛小隊を向かわせよう。前の案件で少しヘマをやらかしてしまったようだが、能力は今までの仕事で証明されてるんだ。失敗したばかりで反省しているだろうし、きっと期待に応えてくれる。」
「は、はい!・・・あのぉ・・・?」
「何だ?」
ギュッとスカートの裾を握り締めて、サンダリアは口を開いては閉じてを繰り返す。
(不思議だわ、グルグルと心の中では伝えたい想いが渦巻いているのに、思うように言葉出て来なくて、ただ餌をねだる鯉のように口をパクパクさせてばかり。殿下に振られてしまう前は、こんなこと、一度も無かったのに・・・・・・最近は何か話そうとすると何時もこう。私、本当にダメな女ね。)
じっと待っているP2をずっと引き留めるのも気が引けて、いっそまた「何でもありません」と誤魔化してしまおうかと、自分の内から聞こえてくる悪魔を追い出すように、今の自分にある力を全て振り絞って、何もかも吐き出してしまうかのように強く叫んだ。
「お、お仕事頑張ってください!」
P2はただ一言、「分かった。」とだけ返事を返すと、ブーツを鳴らしながら歩き去って行った。
赤目製薬・・・・・・帝都にも進出している大手製薬会社。
規模と知名度に反して、本社の所在と社長の情報は謎に包まれていた。