桜守 8話
「娘、ヨシノよ。あまりランボウに触らないでくれないか?触るなとは言わないから。」
「わかった!!」
とても良い返事を返してくれるのだが、その手が止まることは無かった。
しばらくヨシノの好きなようにさせるか。
オレはニクが焼けてヒガンが助けに来てくれるのを、床に伏せて待つことにした。
ヨシノはオレが伏せたことでさらに手が届くようになったので、背中にのしかかるような体勢になっている。
次第に身体をオレの背中に全て預け、というかオレの背中に乗って寝ているようになって堪能しているようだ。
「ふわふわだねぇ。きもちいいねぇ。」
少しは落ち着いたか。今はウットリとした顔をして手だけを動かしてオレの身体を撫でている。
「いいにおいだねぇ。」
……フロに入った後で良かった。
「おまたせ。肉焼けたぞ。」
ヒガンがやっとニクを持って調理場から出てくる。
「……声が聞こえなくなったと思ったらそういうことか。」
ヨシノははしゃいでオレの身体を撫で回した後、のしかかって来てオレの背中に寝そべり、落ち着いたと思ったら幸せそうな顔をしてそのまま寝息を立てているのだ。
「……ウゴケナイんだが、どうしたらいい?」
「幸せそうだなぁ~。」
「オイ。」
「はは、悪い悪い。ちゃんと起こさないと、夜寝れなくなっちゃうからな。」
そう言って手に持っていたニクをテーブルに置いて、背中でスヤスヤ寝ているヨシノに声をかける。
「ほらヨシノ、起きなさい。ペタルはご飯が食べたいんだって。ヨシノが乗ってちゃ食べれないよ。」
「んー。」
それを聞いたヨシノは寝ぼけたまま返事をしてオレの背中から滑り落ちるように身体を動かす。
ゴロンと床に落ちたヨシノはノソノソと立ち上がり、目をこすりながらヒガンにしがみつきに行く。
「いい子だね。もう日も落ちそうだしそろそろママも帰って来るだろう。そうしたらパパたちもご飯にしよう。」
「わかったー。」
まだ寝ぼけているヨシノの頭を撫でながら、ヒガンが優しい笑顔をしている。
「ペタルは先に食べてていいよ。焼いてきた肉は今回のお礼のようなものだからな。もしまだ食べれそうだったら、夕飯も用意するよ?」
「フム、なら用意してもらうか。この程度の量なら何も問題無い。ヨシノの相手をした礼として、夕飯を貰おう。」
「そうか。なら食べてってくれ。」
ヨシノに向けた笑顔とはまた違う笑顔で笑う。
ヒガンはいつも笑っているな。笑顔のヒガンはなんだか輝いて見える気がする。
「そういえば、オマエの妻はどうしているのだ?そろそろ帰って来ると言っていたが。」
「そうだな、いつも日が沈む前には家に帰って来るからそろそろ帰って来るだろう。村の奥様方と一緒に村で必要な細かな仕事をしているんだ。」
そんな会話をしていると、出入り口の扉が開いた。
「ただいま。あら?見慣れない犬がいるわね?」
「……イヌではないのだがな。」
「えっ」
「ヒガンの妻だな?少し世話になる。ペタルという。ヒガンが名付けた。」
「えっ ……えっ?」
オレが言葉を返すことに、目の前の女性は対応出来てないようだ。
これが普通の反応だと思う。
「シャベれてるから判るだろうが、その辺のイヌと一緒ではない。オレのような存在をニンゲンは『高魔獣』と呼ぶのだろう?」
オレが仕留めたイノシシのように石、『魔石』を体内に生成するほど魔力を蓄えた者達を魔獣と呼ぶ。
元々魔石を生まれ持っている種族もいるのだが、普通の動物の中で魔石を持つ者が生まれる事がある。
魔石を持つほど魔力を蓄える何かがあったのか、元々魔石を持つ素質があって生まれたのか。動物が自然に魔石を持つ原因は知らない。
動物が魔獣となった者は身体の機能が動物のときより数段上がり、より狂暴になったり、より狡猾になったりと、様々な変化がある。
だが魔石を持ったからといって、言葉を理解し喋るようになるということではない。
結局は耐えられず、魔石が齎す強大な力に乗っ取られたように振る舞うに過ぎない。
大抵その力に溺れ、本能のままに自身の縄張りをさらに拡大しようと争ったり、無闇に行動して人間に見つかり討伐されたりするのが落ちだ。
しかし、中には極稀に、魔石から溢れ出る魔力を、魔石が吸い込む体外の魔力を、完全に御しきれる存在が出現する。
自らの意志でその莫大な力を使える強靱な精神を持ち、力を適切に使えるその特異体は、魔獣の持つ強さの比ではない。
悪意を持って人間と対した場合は、災厄となり得る存在。
ある地では土地の守り神のように崇められ、敬われる存在。
それが、高魔獣。
『霊獣』だとか『神獣』だとかと混同して呼ばれることもあるが、霊獣はその名の通り精神体が形作って姿を現している種族であり、神獣は精神体であり実体でもある、極めて特異な存在である。
高魔獣は肉体を持つ最高位の魔獣というのが正しいだろうか。
魔獣では基本的に他種族と意思の交流は出来ないのだが、高魔獣になると魔力を使って容易に喋れるようになる。
だからこうして人間と会話を出来ているのだが、
「リカイが追いついたか?ヒガンの妻よ。」
目の前で硬直している女性に再度声をかける。
オレと初めて話す人間は大抵同じ反応を示す。
目の前のケモノが話すことに対応仕切れない者。
バケモノだと逃げるか攻撃してくる者。
大体がこの2つの反応だが、それが人間の正常な反応だと学んだ。
人間は自らの認識の外にあるものを恐れる傾向がある。獣人や魔族等、人間と異なる姿をしている者を嫌悪して差別する。
人間がそうするように、魔族達も人間を同じように扱っているから、どちらが悪いということは無いし、ただ単に相容れない存在ということなのだろう。
中には人間にも魔族にもそういった容姿や能力の違いを問題とせず、ごく普通に交流する奴らもいるから、一様には言えないだろうが。
そういえばヒガンも初めて会ったとき、普通に会話してきたな。
「え、ええ。とりあえず私達に危害を加えないのよね?」
女性が少し怯えながら返事を返す。
「アア。そのつもりはないし、メイワクをかけるつもりもない。」
「大丈夫だよ。というか話したことあっただろ?森で出会った友達のこと。」
ヒガンがフォローしてくれたが、オレのことを話していたのか。しかし、どういう風に話したのだろうか。
「ええ。話してくれたことは覚えているわ。つい最近よね?森に住んでいる奴と友達になったって。でも「いいやつ」だとか「つよそう」だとか、そんな感じのことしか聞いてないわよ?あなた話すときは酔ってるもの。」
「あれ?そうだったか?ちゃんと話したことはなかったか。」
「あなたがちゃんと話さないのはいつものことだから良いけど、まさかその友達が人間ではなかったとは思わなかったわ。てっきり狩人かと思ってた。」
「まぁ、連れてくるとか考えてなかったからなぁ。今日も思いつきだし。」
「……とりあえず、ショウカイしてくれないか?なんて呼べばいい?」
さっさと自己紹介を終えて、焼いたニクを食べたい。
「ああ、ごめん。俺の奥さんで、カレンだ。」
「ペタル……さん?でいいのかしら。さっきは戸惑ってしまってごめんなさい。ヒガンの妻のカレンです。」
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次回は02/18(月)朝7時に更新予定です。