桜守 6話
ヒガンは器具を用意しながらイノシシの後ろ足に縄をつけ、オレは言われる通りにイノシシを動かして、イノシシを吊り上げていく。
「とりあえず吊り上げてみたが、肉や内臓はあまり無いな。手間が省けて助かる。毛皮は……ズタズタではあるが物が大きい分、使える所もあるだろう。頭はそのまま残ってるな。大型の魔物だけあって牙は立派だし、これはいい値がつきそうだ。何かに加工してもいいな。骨も頑丈だし、いい素材になるだろう。」
手早く毛皮を剥ぎながらブツブツ独り言を言っている。
「ペタル、足や頭に残ってる肉は皮とか骨を処理して渡すよ。今日狩った物としても、処理しないで放置してたわけだし、くれるとしても俺は遠慮する。」
「ソレハ助かる。食べづらい部位はどうしても残してしまう。無理矢理食べれなくもないが、そこまで飢えてるわけでも無いから、いつもはその辺にナゲ捨てて、他の動物が糧にするだけだからな。」
「……そうだ!なんならこの後焼いてやろう。火を入れたほうが安全だしうまい。」
「オオ、火は好きではないが、焼いたニクは好きだぞ。風呂上がりの楽しみが出来たな。」
「そうか。それじゃあ腕を振るわないとな。」
ヒガンは笑顔で喋りかけてくるが、その手は止まらずイノシシの処理をしている。
素早く皮を剥がれ、骨だけにされていく。その骨も処理されて有効活用されることだろう。
吊るし上げたので待つだけになったオレは、しばらくヒガンの作業を座って見ていた。
解体の早さも正確さもその辺の狩人と比べても負けない、むしろそれ以上の腕前かもしれない。
狩りも達人、解体も達人、それなのに専門の狩人ではなく、畑仕事や修理もするという。
チラリとみた畑もよく耕されていて、しっかり手入れがされていたようだし、修理の腕はわからないが、修理工具の手入れから見ておそらく悪くは無いだろう。
ヒガンの奴、優秀過ぎやしないか?
元々ヒガン自身が非凡な才能を持っていたのか、村の守り手とかいう体のいい便利屋の生活がそうさせたのかはわからないが、森の近くの辺境な村では持て余すほどの傑物ではないだろうか。
「さて、大体は終わったな。」
そんなことを考えていたら、ヒガンの作業が終わったらしい。
「オワッタか。ではフロに案内してくれ。」
やっと目的のフロに入れる。
「はいよ。家の風呂は特別製だからな。ペタルもきっと気にいるよ。」
いつものように笑いながら、ヒガンは家へと案内する。
案内された家は、納屋と同じく普通の家族には大きいと思える家だった。
ただ、大きいからといって豪華というわけではなく、中の家具等はむしろ質素であると言える。家が大きいだけあって、部屋は余裕のある数がありそうだったが、特に飾り気のない家具が並び、実用性を重視した空間という印象を受けた。
「風呂は奥の部屋だ。すぐにでも入れるようになってるから。」
「ホウ?家に帰ってから風呂を沸かしてる時間なんて無かったし、いつでも入れるようにしてるのか?随分とムダのように思えるが。」
「言っただろ特別製だって。見て驚いてくれていいぞ?」
いつもより笑顔が輝いている気がする。下手に返すと面倒くさくなるのを知ってるので、素直にフロに向かうとしよう。
「フン。ではエンリョなく使わせて貰うぞ。」
「おう、すぐに俺も行くから。」
最後になんだか不吉なことを言っていた気がするが、聞かなかったことにしよう。
早速奥の部屋の扉を開けると、そこは脱衣所だった。板張りの床に籠を数個おいてある簡単な物ではあったが、家にフロがあるだけでも上等なのに、脱衣所まであるのは流石に驚いた。
そもそも普通の農夫や村民の家に風呂場があること自体が中々無いことだ。石敷きの床で作った小さな部屋が家の中にあり、そこに大きめの桶を置く事ができれば十分で、家の外で簡素な屋根や衝立を立てて身体を拭くなんてことも往々にしてある。
たとえ人が浸かれるほどの大きい浴槽を作ったとしても、それを満たすだけの湯を用意するのがまた一苦労だ。
薪を使って湯を用意するとしても大量の薪が必要だ。薪をそんなことに使うんであれば、もっと他のことに使うべきだと、生活のかかっている普通の村人は考える。
継続的に燃え続ける魔法を使えればそれでもいいが、大抵魔法で火をつけるといっても薪に火をつける場合や何かを燃やすときに使用するのが殆どだ。
それに、常に火を出し続けることが出来るような魔法使いなら、城に仕えたり貴族に雇われたり、冒険者になって魔物を倒せばいいし、働き口なんていくらでもある。
そんな人物が只の村人として生き、風呂の湯を沸かすためだけに力を使うなんて馬鹿げている。
そういう事情であるから、フロを持てるのは金のある領主だとか、貴族だとかが殆どだ。
ではヒガンはどうやってフロを手に入れたのだろうか。オレは風呂場へ続く扉を開ける。
「ナルホド。そういうことか。だからいつでも入れる、か。」
そこにはなみなみと湯が張られた、湯がこんこんと湧いている、家の中にあるには不自然なくらい立派な岩風呂があった。
温泉。
温泉があるなら費用のことなんて考えなくてもいい。薪で燃やさなくても湯が湧き出てくるのだ。その湯を貯める場所さえ作ってしまえば風呂場の出来上がりだ。しかし、
「これはサスガにやりすぎではないか?」
温泉を活用するのはあり得ることだし、温泉のある土地に人が集まって村が出来ることもある。
その場合、温泉が村の共有財産という認識になるので、一度に十数人入れる程大きく立派な公衆浴場が協力して作られて、村人全員で温泉を楽しむ。
ヒガンの岩風呂は大きさこそ村人全員が入れるような公衆浴場よりも小さかったが、それでも大人5人が楽に入れるくらいには広い作りになっていた。
何より、ただ土を掘って湯を溜めているような風呂場ではなく、石を敷き詰めて床を作り、浴槽の壁も石や岩を並べて整え、どうやって持ってきたのかわからないほど立派な2つの大岩の隙間から湯が出てくるように調整されていた。
個人で楽しむにはあまりにも不釣り合いなとんでもない出来だった。
「どうだ?すごいだろ?」
フロへの扉を開けて、その異様さに呆けていたのか、いつの間にか隣にヒガンが立っていた。
「何なんだこのフロは。家の中にあっていいスイジュンを超えているだろ!」
「そうなんだよなぁ。作ってる最中に楽しくなりすぎちゃって、気がついたらこんなのが出来上がっちゃったんだよ。掃除とか手間がかかって結構大変でねぇ。でもすごいだろ!」
「あ、アア……スゴイぞ。本当にスゴイ。」
眩しいほどの笑顔を此方に向けているヒガンに、「只のバカだな。」とは言えなかった。
「さぁペタル念願の風呂だ。入ろう入ろう。」
そう言って服を脱ぎ始めたヒガン。オマエも入るのか。
オレはため息をついて岩風呂向かい、早速入ろうとするが、ヒガンに止められた。
「待て待てペタル、風呂に浸かる前にせめて身体を流してくれ。それが礼儀だろう?」
「ムウ、それもそうか。浴槽の湯が汚れてしまうな。」
自然に出来る温泉ではすでに葉や土が入ってるから、そんなことを気にしたことは無かった。だが、ここは屋内の風呂場なのだ。
「そういうこと。俺がお湯をかけてやるよ。それから入ろう。」
手ぬぐい一枚になったヒガンに大人しく湯をかけてもらい、簡単に身体を流す。
そしてついに、岩風呂の中に足を入れる。
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