桜守 5話
「森を?一応狩人の真似事をしてるんだ、大体の動き方や危険なことは────」
「そうではナイ。この森をどこまで知っている?この森はオマエにとって広い。どこまで入って確認したことがある?」
「え?うーん、大桜一帯は一応調べたけど、精々大桜が見える範囲までしか調べてないな。」
「ソウカ。ならばオマエはこの森の全てを知ってるわけではないな?それが大桜の向こうでは尚更だ。オレはイノシシをこの方角と真逆、ツマリ、オマエが知らない森の中で見つけたと言ったぞ。」
「そういえば何かそんなこと言ってような?でもだからってこの森が俺の思っているより危険だってことには変わりないぞ?」
やはり先程の取り乱しているときは、会話が頭に入っていなかったのか。
「ウム。そこでさらに質問だ。オマエはこの森でこのようなマモノを見たこと無いといったな?」
「魔物を見たこと無いって言うわけではないけど、ここまで大型の魔物を見たのは初めてだな。ウサギの魔物とかの小型の魔物なら何度か見て、仕留めたり追い払ったりしたことはあるよ。」
「ヨシ。オマエはこの森を毎週のように通っているにもかかわらず、今まで大型のマモノを見たことがない。だがオレはこの森を見て回ったとき、この程度のマモノならある程度見た。これ以下もこれ以上もまだまだいるぞ。」
ヒガンが息を飲んだ。
「当然森は繋がっている。オマエが通る方角も、オレがイノシシを仕留めた方角も、大きく見たら同じ森だ。いくらでも出会う可能性はあった。それなのにナゼ、オマエは、いや、ヒガン達の村は今まで大型のマモノにあったことがないのか。……オマエが混乱しているときにオレはこうも言ったぞ。『この方角は異様に安全だ。』と。」
ようやく頭が回ってきたのか、ヒガンの顔色も良くなり、真剣に聴いていた。
「……それってどういうことだ?」
「オマエが進む方角、ヒガンの家がある方角の森は、何かに守られているように安全なのだ。何か心当たりはないか?」
驚きと不思議そうな顔をしていたヒガンが少し考え込む。
「……無いな。というか今まで考えたこともなかった。この森は危険な森だ、決して深く入らないように。ってのが村でずっと言われてることだ。森で狩りが出来る力がある者は森の中に入ってよいと言われているが、狩りなら深く入らなくても事足りるからな。そこまで深くには行かない。」
「ム?オマエは村のオキテを無視してこの森に来てるのか?」
「俺の一族は特別だよ。というか、俺の一族がこの掟を作ったんだ。なんでも、桜守の一族が最初にこの辺に住み始めて、それから段々と人が集まって村が出来たらしいんだよ。そのときに掟を作ってそれ以来ずっと伝わってる。」
「ソウカ。ではオマエの一族が村長ではないのか?」
「最初はそうだったって聞いてる。最初にここにいたからな。でも人が集まるのが落ち着いて改めて村の代表を決めるときに辞退したらしいんだ。『やることがある』って。で、今の俺らは村の守り手という立場になってる。何でも屋だな。狩り、農業、商人。」
「ヤルコト、か。大桜の世話だな。やはり一番怪しいのは大桜か。」
魔物がいる広大な森の中にある、木の生えていない小高い丘。そこの頂上に一本だけ生えている大樹。あまりにも森の中の景色としては不自然だ。
そしてその大樹の世話をしている桜守という一族の存在。大樹からみてその一族が住む方角の森のみ弱い魔物しか存在せず、比較的安全に森に入ることが出来る。そして魔物がいる危険な森が近くにあるにも関わらず、村にはほとんど被害は出ていない。
確証は無いが、今の得ている情報から考えると、やはり。
「ヒガンよ。村のある方角が安全だということは理解したな。森を全て見て回ったオレが言うんだ。間違いない。そして大事なことがもう一つ。オマエの村は大桜に守らている。そう考えるのが自然だろう。」
ヒガンはどこか納得したように頷いた。
「急にそう言われてもとても信じられないが、今までの話からだと、そう信じるしかなさそうだよな。」
そう言いながら、ヒガンは後ろを振り返り、静かに眺める。
爽やかな風が木々を揺らした。
「俺の役目はとても重要なことだったのかもな。こりゃこれからもちゃんと続けていかないと。」
「ソウダナ。村の安全と大桜はヒガンの一族にかかっている。これからもしっかり世話をするんだぞ。ソレニ、これからはオレも見てやるんだ。森の安全もヤクソクされたようなものだ。」
「ハッハハ。頼むよ。俺ももう取り乱したくない。本当、頼むよ。」
ヒガンは笑顔だが、こちらに向ける圧がいつもより遥かに強かった気がする。
「さて、そろそろ俺の住んでる村だ。俺の家は村の中で一番森に近い場所にあるから、一番最初に見える家が、俺の家だ。」
森の高い木々が無くなり、今まで遮られて薄明るかった視界が段々と明るさを増していく。
視界が開けると、森から少し出た所に、大きな納屋と家が見えた。
その周りにはよく耕された畑が広がっている。その畑の先に他の家が見えるので、どうやら他の家々とは少し離れて建てられているのがヒガンの家のようだ。
「ようこそペタル、ソトオリの村へ。」
「とりあえずそうだな、まずはそのイノシシをなんとかするか。その姿を見られると面倒だしな。」
ヒガンは何の気なしに言ったが、大事なことを忘れていた。
「そういえば、オレが村に入ったりして大丈夫なのか?イノシシ無しにしてもメダツだろう
。」
自分より大きいイノシシを担いでる今の状態は当然目立つとしても、見たこと無い奴が急に村にいたのではどうしても周囲を騒がしてしまう。
「驚く奴もいるだろうが、まあ大丈夫だろ。何人かの知り合いには「森で狩り仲間を見つけた」って説明もしているしな。」
「それは初耳だな。カリナカマ?大桜の事を言えないのはわかるが……」
「そうそう。狩り仲間ってことにしたほうが何かと楽だろう?獲物を分けてもらうことになったからさらに好都合だ。でもそうだなぁ、村の連中をあまり刺激しないためにも、下手に姿を見せないように納屋にいてもらうか。イノシシもそこで解体するしな。」
別にどう言われようと気にはしないが、オレがいるせいで村に迷惑をかけるのはあまり好ましくない。
オレとヒガンは納屋に向かうことにした。
納屋は一家族が持つのにしてはかなり大きいものだった。
森側にある裏口であろう出入り口から納屋に入ると、中にある物は一般的な農具の他に狩りの道具、狩りで得た素材、修理用の工具等、ヒガンの守り手という村での職が、何でも屋と言われていることがよくわかる内容だった。
「解体器具があるテーブルの近くに置いてくれ。今のうちに簡単に獲物を見ておきたい。」
ヒガンに言われる通りに裏口近くにある解体場所周辺の床に、持っていたイノシシをドサリと置く。
ようやく荷物を下ろして、オレは肩を伸ばす。
「早いとこ見てくれ。オレはフロに入りたい。」
「はいはい。先に汚れるような解体はしておかないと、風呂に入っても結局汚れちゃうだろ?俺だけじゃこんな大物簡単に動かせないし、もう少し付き合ってくれよ。」
「ムウ、仕方ないか。」
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