桜守 4話
「俺はこれでも少しは強いんだぞ?まぁ、ペタルが掃除してくれたって言う中型のイノシシが出てきたら俺一人じゃ相当手こずるだろうし、そんな奴を掃除したとか簡単に言ってくれて、さらには森に住んでるなんて言うペタルと比べたら、到底敵わないけどね。」
「オレと比べるな。オレはとても強いからな。イノシシなんぞ赤子の手をひねるように簡単に倒せる。」
オレは少し自慢するように言ってやった。
「はいはい。それと、こういう風に時々狩りをして、肉や皮や牙、獲物から手に入れた物を村に分けたり、金にしたりってことも俺の役割なんだよ。」
流された。別にいいのだが。
「そうだったのか。確かに桜守なんてカネにもなりそうに無いことで喰っていくことは出来ないか。」
「そりゃそうだ。桜守なんて職業はないし、人に教えて無いからな。俺は狩人の他にも畑を耕したり、壊れた物を直したり……何でも屋みたいな感じかなぁ。これでも忙しいんだぞ?」
「ホウ、頼られてるようだな。ヒトは見かけによらないものだ。」
「俺はどんな風に見られてたんだ?」
ヒガンはため息を吐きながら笑顔を作る。
しかし、皮や牙を金に変えるのであれば、オレには不要な物も有効活用できそうだ。
「そういうことなら、オレが狩った獲物の皮などもオマエに渡せばうまく使ってくれそうだな。ニクはオレが食べるから渡せないが、他の部位はオレには使い道は無いし、金にする必要も無いからムダに捨てるだけだしな。」
オレは糧になる肉さえあればいい。皮は寝床に、牙は物を削ったりするのに使えるが、ある程度手に入ったらそれ以上は必要ない。替えは必要ではあるが、日々の肉の消費と寝床の消耗ではどちらが早いかなんてわかりきっている。
「おっ、いいのか?確かに皮や牙だけでも十分価値はあるし、くれるってんならこっちとしては嬉しいが。」
「ウム、オレがムダに捨てるよりはいいだろう。この森の資源だ。」
「助かるよ。じゃあ村なんかで何か必要な物があったら言ってくれ。売ったりした金で手に入れるよ。」
「ム、そうか?ならサケでも頼むか。久しぶりに飲みたいものだ。」
「酒か。そりゃ森じゃ手に入らないな。というか、そういうの飲むんだな。」
「他の者と交流があったときは嗜んでいたぞ。もうずっと昔のことだが。……ドレ、では今日倒したイノシシの残りでも持ってこよう。少しマッテいろ。」
オレはそう言って踵を返し今までのヒガンに合わせていた速度では無く、普段森を巡回するときの速度で住処に向かう。
「は?え!?はや、ちょっと待てよ今から─────」
ヒガンが何か叫んでるのが聴こえていたが、既に最高速まで達してるオレには最後まで聴こえなかった。
幸いここから住処へはそこまで離れていなかったので、さほど時間をかけずに住処に着いた。
住処といっても、いい感じの横穴があったのでそれを活用してるだけの簡単な住処だ。
オレは横穴に転がっていた今日仕留めたイノシシの背骨付近を掴むと背中に乗せ、皮でつながっていた足を身体の前に固定し、ヒガンと別れた場所まで駆け出す。
中型のイノシシといっても、自分より二回りほど大きいので背中に担いで固定しても中々に走り辛いのだが、こればかりは仕方のないことだ。
少し木や枝に当たって傷ついてもいいだろう。さっさとヒガンの元に戻ろう。
オレは森を縫うように、しかし速度は落とさないように走り、ヒガンの元へたどり着く。
ヒガンは近くにあった岩に腰掛けて周囲を警戒していた。
「マタセタナ。持ってきたぞ。」
「ふぅ、ペタル、お前なぁ、なにもそんな急にぃぃい!!?」
ヒガンが喋りながらこちらに向いて、オレの姿を、というよりは持ってきた獲物を見て驚き、声を大きくした。
「……おいペタル、アンタが言ってたイノシシってのは、ソイツのことか?」
オレはまた担ぎ直すのも面倒なのでイノシシを背負ったまま会話を続ける。
「アア。確かお前は中型のイノシシって言っていたか?それなりに大きいからな。それよりも行くぞ。これを担いでまた汚れた。フロだ。」
「待て待て待て待て。これは中型じゃない。大型だ!というか俺の言ってるイノシシとなんか雰囲気が違う!もしかして石持ちじゃないか?コイツ!こんなの出てきたら俺どころか村も壊されかねないぞ!」
ヒガンが驚いた表情で固まりながら、捲し立てるように言った。
「ム?イシならやれんぞ?あれは俺に必要なものだ。というか既にもう無いがな。」
「石持ちかよ……こんなのもこの森にいるのか……よく今まで俺は無事だったな……俺これからこの森通るの怖いよ……」
今度は怯えたように顔を暗くしながら、つぶやくように声を出していた。
「コイツが居たのはオマエの家の方角とはマギャクだったしな。オマエが通る経路なら、まず出会わんだろう。この方角は異様に安全なのだ。というか今までこれくらいの『魔物』に出会わなかったのか?」
「出会った事無いよ!確かに最近は今まで見たこと無い奴らを見たってのを聞いたことがあるが、こんなのが出たら村じゃ太刀打ち出来ない。近くの城に討伐隊依頼を出さなきゃいけないレベルだ!……いや今からで依頼を出すべきなのか?まだいたって言ったよな?いやしかし」
「とりあえず落ち着け。オマエさっきから表情がコロコロ変わって忙しないぞ?」
ヒガンがイノシシを見てから、ヒガンの顔は驚きと不安の顔を行ったり来たりしては怒りの表情になったり、放心した表情になったり、とても忙しい。
「だってアンタそりゃあ!……まあそうか、今目の前にいるこのイノシシはもう死んでいるんだしな。ここで騒いで先の事なりを考えても仕方のないことか。それよりも怖い。こんなところいないで家帰ろう。」
少し遠い目をしていたが、気を取り直したようだ。
「ウム。オマエの家に向かおう。」
オレとヒガンは家に向かって再度歩き始めた。
その後の道中はとても静かだった。
ヒガンは考え込むように下を向き、バッと顔を上げたと思うと周囲を執拗に警戒しては安心して、また下を向くのを繰り返していた。
しかし立ち止まることはなく、むしろ心なしか先ほどより早足になっている気がする。
いい加減目障りになってきた。なにをそんなに警戒する必要があるのか。
「オイ、いい加減にしろ。この方角はアンゼンだって言っただろう。そんな弱腰の臆病だったら、先のウサギにも首を跳ね飛ばされるぞ。」
ヒガンはなおも周囲を警戒しながら言葉を返す。
「あのな、今までなんだかんだ安全に通っていた森に、見たこと無い奴、それも俺や村じゃ手も足も出ない化物がいるってわかったんだ。そりゃ怯えるだろ?俺はこれからもこの森を通らなきゃならないんだぞ?」
「『見たこと無い奴、それも俺や村じゃ手も足も出ない化物』か。ホウ、では今オマエの目の前にいてオマエと喋ってるオレは、どうなんだ?それに当てはまらないのか?」
そう言うと、ヒガンは目を見開いてこちらを見ながら固まった。ハッとしたと思ったら複雑な表情をする。
「……確かに言う通りだ。俺はペタルを知らなかったし、イノシシの魔物を倒すほどの力を持つ。俺なんかじゃペタルには何も出来ないだろう。イノシシの魔物より先に、出会ってたな……」
「ダロウ?ついでだ、歩きながらでいい、いくつか質問するぞ。ヒガンよ、オマエは森をどこまで知っている?」
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