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桜守  作者: 阿達 麻夜
桜守という男
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桜守  1話






 ここに暮らし始めてどれくらい経っただろうか。


 今まで特に定住地を決めずにふらふら旅をしていたが、ついに骨を埋める場所というのでも見つけたのだろう。


 確かにここは気に入っている。


 緑が多くて空気が美味い。手頃な狩場も近くにあって食料にも困らない。


 近くに騒がしい街がないのもいい。


 それに、気に入った場所も見つけた。


 今はそこに寝そべり、爽やかな風を受けながらまどろんでいる。



 少し小高い丘に一本だけ生えている、大樹。


 この大樹は一年に一度、素晴らしい花を咲かせる。


 偶然その開花の時期に出会えて初めて大樹の花を見たときは目が離せなくなり、しばらく身動きが取れなかった。


 あんなにも心を打たれたことは、これまで様々な場所を旅して来た中で一度も無かった。


 雪が降り続ける山で見た白銀の世界、溶岩が作り出した複雑に交差する洞窟、草原いっぱいに広がる絨毯のように咲き乱れる小紫花。どれも素晴らしい景色だったが、ここは遠く及ばない。


 大樹の花を見てから、この周辺に住処を作り、一年に一度咲く大樹の花を楽しみにして暮らしている。


 それにもう一つ、ここが気に入ってる理由がある。


 それは


「見つけた。」


 少しくたびれた男が話しかけてきた。


「アンタも好きだね、この場所。」


「オウ、ここは飽きないね。」


「そうか、そいつは良かった。」


 くたびれた男はいい笑顔で頷いた。




 この男は代々ここ立っている大樹の世話をしている家系の現当主らしい。







 ~~~~~



 この大樹に惚れ込んでオレがこの大樹を守ってやろうと近くに住処を作って数年、大樹を遠くで見守る生活をしていると、週に1度程の間隔で大樹に顔を出す男がいた。


 どうやらソイツは大樹の周りを掃除したり、枝の状態を調べてメモを取ったりしているようだった。


 週1で来る得体の知れない男が何なのかわからなかったオレは、毎回少し遠くで見張っていた。


 特に悪意があって大樹に近づいている様子は見られない。もし万が一大樹に何かしようとしても謎の男は強くもなさそうだったからオレが男を止めることは容易いだろうし、そこまで注意しておく必要も無いと思うが。


 今回もいつものように男がやってきて大樹の周りを掃除し始めたの見つけたので、少し離れた背が高めの草に隠れて様子を見ていた。


 だが今回は少し違った。


「いつも近くにいるアンタ。どうだい、もっと近くで大樹を見ないか?」


 どうやらこっちに話しかけてきたらしい。


 これでも背の高い草の中に入ったり周りの木の上に登ってみたり少しは隠れるようにしていたのだが、どうやら気付かれていたようだ。


 まあ別に見つかったからと言ってどうするというのもなかったしいいのだが。


「遠くから見るコイツもいいが、近くから見上げるコイツも、いいもんだぞ。 ま、今は花も咲いてないし、見上げても葉しか見えないがな。」


 謎の男は掃除する手を止めて大樹を見上げながらそうつぶやいて、また手を動かし始めた。


 ふむ、そういえば近くには行ったことがあったが、真下までは近づいたことは無かった。


「ソウカ。なら試しにオレの大樹を真下から見上げてみるとするか。」


 そう言いながらオレは大樹の方へ姿を現した。


 男はオレが声を返したときにビクッとして、急いでこちらを見返した。


「お、おぅ。コイツの近くはいい風が吹くぞ。」


 そう言って作業していた手を止めた。


 オレは大樹の下、男の近くまで行って腰を下ろした。


 大樹の真下は小高い丘の頂点にあるおかげか、とてもいい風がそよいでいた。


 さらにそこから見える丘下の風景、近くには大樹以外の木はないおかげなのか下の草が太陽をしっかり浴びて青々と光っている。所々に黄色や青色の小さな花が咲いていた。


 その草原の先にはオレの住処がある森が大樹の丘を囲むように広がっている。


 手前の草原が生い茂って出来る明るい緑。その先にある森の濃い緑。さらにその先にうっすらと霞を帯びて見える、人間では頂上に到達出来ないと言われてる全てを見下ろす霊峰、そしてそれに連なる山脈にかかる雪の白。大樹の丘から見える景色はとても綺麗だった。


「確かに心地よい風だな。そして景色も素晴らしい。」


「だろう。ここは俺の人生唯一の自慢出来る場所だ。それにこの立派な木も伊達に世話してきてないからな。自慢の木だ。」


「うん?オマエはこの大樹の所有者だったのか?確かに毎週のように来ては周りを掃除していたみたいだったが……」


「所有者か……別にこの木は誰の物ってんじゃ無いんだが、一応俺が色々と世話してる。それが俺の家の役目っつうか、何ていうか、それが昔からの言い伝えでな。」


「なるほどな。ではこの大樹は特には誰の物でもないわけか。ならオレが見ていてやってもいいんだな?」


 男が少し驚いた顔をしてコチラを見た。


「え?そういえばさっきアンタ、『オレの』、なんて言ってたな。……この木を引っこ抜いたり、枝を無駄にへし折ったりしないんであれば、俺は何も言わないよ。」


「ソウカ。それなら今度からは遠くからではなく、ここで大樹を見守るとするか。オマエが何者なのか、少しはわかったしな。」


「ああ、なんだい。俺を警戒して遠巻きにみてたのかい?だったらもう少し早く声をかけてやればよかったか? ……まぁでも、こんなことになるとは思って無かったけどな。」


「……? どういうイミだ?」


「なんでもないよ。 それより、どうしてこの木を見守るなんて言い出してるんだい?」


「ああソレはな、オレはこの大樹の花を見たんだ。その時、なんだかこの風景を、この大樹を守ってやらなきゃいけない気がしてな。」


 男がさっきよりも驚いた顔した後、声を上げて嬉しそうに笑い出した。


「はっはは!そうか!コイツの花はアンタにも響いたか!」


「ああ。初めて見たとき、カラダが動かせなかった。」


「そうかそうか。ありゃあ綺麗だもんなぁ。」


 男は大樹の花が咲き乱れる一番綺麗な時季を思い浮かべながら、今の青々とした葉を風になびかせている家の宝を見上げた。


「そういうことならアンタは俺と同じ同志だ。一緒にコイツを見守ってやってくれ。なんだったら掃除だってやってくれていいんだぞ?俺が楽できる。」


「ハッ。オレが掃除なんて出来る柄じゃないのは見てわかるだろ。得意でもないしな。せいぜいオマエがいない間に変な虫がつかないか見てやるだけだ。」


「助かるよ。アンタ腕っ節は強そうだしな。」


「強そうじゃなくて、強いんだよ。これまで色々と旅してきたからな。何度もシュラバを抜けてきた。そして今まで負けたことは無い。」


「ははは。自信があるようで何よりだ。この辺に来るまでに通る森は深いだろ?それなりに危険でもあるんだ。最近は特にな。この辺じゃ見たこと無い連中も出てきてるらしい。」


 そこまで大樹の周りに広がる森が深いとは思っていなかったが、確かにこの男にとっては危険があるかもしれない。それに森の異変か。


「そうなのか?……フム。だったらオレが周りの森も見張ってやろう。その森に住処も作ったわけだしな。多少なりオレが住み着いたことが影響してるのかもしれん。」


「えっ!?アンタ森に住んでるのかい!?……まぁ、それだったら都合がいいな。だが、いくらなんでも単身じゃ出来る範囲は限られるし時間もかかるだろ?だったら、俺が通る方向だけでもいい。そうしたら楽になる。」


「オレをなめるなよ。この程度の森なんぞゾウサもない。だがそうだな、まずはオマエの住処の方角から始めてもいいだろう。任せておけ。」


「そうかい。ありがとうよ。いやぁ思いがけないところで森の用心棒も出来ちまった。何気なく声をかけただけなんだが、たまには思いつきも良いもんだなぁ。」


「用心棒か。オレはオレのやりたいようにするだけだ。オマエとこうして会う以前と同じように勝手にやらせて貰う。」


「かまいはしないよ。アンタなら悪いようにはしないだろう。それに、これからはコイツを守る同志だ。」


 男は気持ちのいい笑顔を此方に向ける。




「俺はヒガン。コイツ、『大桜(ダイオウ)』を守る桜守(さくらもり)の一族。一応その当主だ。」




初めての投稿です。

そこまで長い物語にはしない予定です。


週に2度

一話3000字程度

を目標に投稿していきたいと思っています。


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