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僕と白猫とときどき魔術  作者: 藤ミサ
2/3

ネム

「うわぁぁぁぁぁぁ!」

爽やかな朝に轟く少年の叫び。それとは対象的に至極落ち着いた様子で目を擦る少女。

「だ、誰なの!?」

手で目を覆い、前の神々しい裸体から目を背けるバルドル。だが少女は首を傾げるだけである。

「ん。バル。朝ごはん。」

口を開いた少女から発せられた言葉はまるで以前から住んでいたかのようだった。

「わ、わかったからとりあえず服着てーー!」

耳を赤くしたバルドルの考えを汲み取れない少女はまた首を傾げるのだった。





「………これでいい?」

バルドルが渡したローブを素肌の上から羽織った少女がそう言うとバルドルは疲れからか肩を落とした。一枚羽織っただけなので妙に艶かしく、未だにバルドルは直視できなかった。

「そ、それで、き、き君はいったい?」

焦燥したバルドルが身元を聞き始める。

「私の名前、ネム。」

「なんで君はここに?」

普通に考えて不法侵入であるこの状況を踏まえてバルドルが質問を続ける。

「拾われた。」

「え?」

拾うというワードにバルドルが体を震わすと彼女は続けた。

「拾われた。バルに。」

まさかと思ったがそのまさかだった。バルドルが顔を蒼白にし、目を泳がす。そして、首を振ってから

「僕が拾ったのは白い猫だよ?」

と言った。

「拾われた。バルに。」

「いや、そのだからね。」

同じことを繰り返す少女にバルドルは苦笑いした。

「バル。信じてくれてない。なら証拠見せる。ほら」

口を尖らせると彼女は目玉を上に向けた。

「?!」

バルドルが目を見開くのは無理なかった。なぜなら彼女の美しい白銀の髪にあり得ないものがついていたからだ。

「猫耳?!」

「信じた?私が白猫。」

「うん。信じるしかないけど、君があの猫だということは君はまさか獣人なのかい?!」

「バル、何でそんなに驚くの?獣人ってなに?」

眠そうに目を擦る彼女がバルドルの表情を見て言う。

バルドルが驚いているのは彼女が獣人だからということである。何故ならここ三日月島では嘗ての戦争により獣人はほぼ人間により全滅された。かつ現在でも獣人は悪の権化として言い伝えられている。現に学園で、生き残りの獣人は直ちに殺すように言われている。

「君が獣人ならばここにいるのはまずい。」

「どういう意味?」

「ネムさんだっけ?君は僕と離れ――」

「やだ!私はバルの猫。だから離れたくない。」

バルドルの言葉を遮ってネムが言う。

「そう言ってくれて嬉しいよ。でもね、もしもネムさんが僕といたら君は間違いなく殺される。この島の理不尽な風習で」

バルドルが悔しげに唇を噛む。バルドルも嘗ての獣人戦争で大切な父親を一人失った身である。だからこそもう誰も失いたくないと思ったのだ。たとえそれが昨日拾った白猫でも。

「それでもいい。バルが私と居てくれるなら。」

今まで見せなかった笑みをネムは浮かべた。それは可憐でどこか優しかった。

「あ、あのさ。その耳は隠せるのかい?」

ネムの美しさに顔を赤らめたバルドルが話を続ける。

「可能。猫耳のコントロールは自由自在。」

言われた通りに猫耳を隠す。

「なら、隠し通せるかもしれないね。でもその後ろにあるのは」

ネムの後ろで蠢くものに指を指すバルドル。それを見てネムは先程の要領でそれも隠す。

「尻尾がでちゃった。」

暫くは飼っても、いや、住まわせてもいいと思ったが、本当に大丈夫なのか心配になってきた。孤島である三日月島に残り続けている差別の文化は多くの生命を奪ってきたものである。そのため僅かな奇行でさえ危険だ。

「なるべく気をつけてね?」

バルドルが苦笑気味に言うとネムはコクりと頷いた。

「それより、バル。朝ごはん。」

「あ、そうだね。そういえばまだだった……て、うぁぁ!」

立ち上がってキッチンえ向かおうとした時バルドルは現在の時刻が遅刻を確定させているということを知ってしまった。ネムのことで頭がいっぱいで綺麗さっぱり抜け落ちていた。

「バル。朝ごはん?」

「ごめん!冷蔵庫の中にあるもの何でも食べていいから!」

慌てように怪訝そうに見つめるネムの視線を感じながらバルドルは隣の部屋にあった予備のローブを慣れた手つきで丁寧に羽織る。とりあえずネムの衣服は今まで着てきたローブで我慢してもらおう。

「ネムさん!僕は今から学園に向かうから留守番していてもらえるかな?」

「学園?バル、どこかいっちゃうの?」

不安そうな表情を浮かべるネムにバルドルは少しだけ逡巡する。だが、

「大丈夫、絶対に帰ってくるから。」

靴を履き終えて扉を開けたバルドルが宥めるように言う。」

「……わかった。」

「ありがとう。じゃあ行ってくるね。」

そういい残しバルドルは地を蹴った。

この時のバルドルは、後にネムが外の世界を見ることをまだしらない。





いつも通りの通学路。ただしそれは普段よりも一段と早くめくるめくと変わっていた。息がはぁはぁと響く。気のせいかな、いつもより体が重い。

「家を出たのが7時25分だったけ?急がないと下手すれぱ退学になりかねないよ……」

二日連続の遅刻は、必要とされていないαクラスの人間にとって人生を大きく左右する出来事だ。

この道を抜ければ学園である。説教を覚悟し、道を抜ける。

すると、案の定黒いローブを羽織った教師が仁王立ちしていた。

これは駄目だ。完全にゲームオーバー。

「今は何時だ。」

恐る恐る足を進めるバルドルに語りかける。バルドルはビクッと体を震わすと口を開く。

「すみません。遅刻してしまいました。」

「謝れば済むと思っているところが如何にもαのクズらしいな。」

嘲るようにフッと鼻をならす。

「申し訳ありません。どのような罰でも受けるので退学だけはご勘弁をっ!」

いつも僕は理不尽な差別によって頭を下げている。彼らにとって僕らαの存在そのものが邪魔なのだ。

「ほう。どんな罰ねぇ。」

バルドルの頭を見下ろし目を細める。なにか企んでいる顔だ。間違いない。確信はないが体罰を受けるような気がする。

「先生」

バルドルが覚悟を決め目を閉じると何処からか男の声が聞こえてくる。

「そのαのクソガキには俺が罰をあたえましょう。」

声の主は紫色のローブを羽織った黒髪で眼鏡をかけた男だった。

「君がか?どのようにしてあたえるのだ。」

教師が怪訝そうに聞くと眼鏡をかけた男は不敵な笑みを浮かべた。

「優しい私があなたにチャンスを与えましょう。」

「チャンス?」

「はい。私があなたを殺すきで技を仕掛けます。それを一度でもかわしたらこの件は咎めなしということにしましょう。いいですよね?」

そういい、視線を教師に向ける。

「まぁ、いい。せいぜい生き延びるんだな。」

無茶に決まってる。相手はδクラスだ。下手したら本当に死ぬかもしれない。

「ま、まってくださいそんなの―――」

「ならば退学処分ですよ。」

バルドルの震えた声を遮り睨む。そして、バルドルは決心をして首肯した。




ヒース・クローブ。彼はαクラスの生徒を次々と退学処分にしてきた男だ。現に今対峙している彼は自分を貶めようとしている。

バルドルは息を飲む。

「勝負は一対一、攻撃方法は禁呪魔法以外とする。どちらかが気絶または降参した場合そこで終了とする。」

やはりか、ルールを唱える教師は不手際による死を反則としていない。つまり殺される場合もある。

「絶対に負けない。」

「ここであなたは落第させましょう。」

二人がにらみ合うと同時に戦いの火蓋が切られた。

「開始!」

合図が鳴っても二人は対峙したままだ。だがクローブは着実に魔法を発動させている。

「火の玉をあんなにたくさん!」

クローブが笑みを浮かべる背後には五つの火の玉が浮遊している。さすがのδクラスだ。

「なんとか回避して隙をつくしかない...」

火玉ファイアーボール!!」

五つの炎が神速をもって向かう。

「くっ、上手くいって!」

注意を払っていたがあまりの速さに体が咄嗟に動いた。

爆音が轟く。

「やりましたとはいきませんか。なかなか生きがいい雑魚ですね。」

「ハァ、危なかった。ハァハァ。ぐはっ」

「私の火玉ファイアーボールに対して相性のよい氷魔法を使ったみたいですが、上手く守りきれなかったみたいですね。

更に魔法の発動によりあなたの体はもうボロボロですね。」

(今の魔法でこれ以上、僕は攻撃することができない。つまり拳で戦うことになる。無理だ。そもそも僕は何で戦ってるんだ?どうせ負けるとわかってるのに。昨日もセーラちゃんを守れなかったじゃないか。ああ、ここで終わりか。)

さまざまな弱音が頭の中で反芻される。

「どうした?地面に金でも落ちていますか?」

クローブの嘲笑が響くがバルドルの耳には届いていない。

いつの間にか集まっていた周りの人間の嘲笑さえも。

「降参ですか?」

(なんで。なんで僕はこんなにも弱いんだ。力がほしいよ。)

そしてバルドルの目には涙が溢れていた。大粒の涙がポタポタと地面に落ち、跡をつくる。

「返事もできませんか。なら終わらせましょう。」

クローブが地を蹴る。

「バル。弱音はダメ。」

バルドルはどこからか聞こえる声により肉薄するクローブに気づく。

「うわっ!」

そして反射で手を翳す。

刹那、クローブは白光に包まれた。


















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