最弱のバルドル
魔術それは科学を越えたその先に生まれる力。日本から遠く離れたここ三日月島では魔術が日常のなかに潜んでいる。
これは摩訶不思議な島の最弱の魔術師が一匹の白猫との出会いを境に成長してゆく物語。
毎朝のように美しい朝が訪れることはまずない。何故ならば眠くて辛いならば美しい朝などとは呼べないからだ。
「ん……うぁ!」
重い瞼を開くと窓から差し込む陽の光が網膜を刺激する。そしてまだ虚ろな眼を横に向けると時計の短い針がⅨを指していた。
「まずいよ!これじゃ遅刻だ!」
真っ白な髪にルビーのような紅い瞳の少年はベッドから跳ね起き、壁にかかった白色のローブを羽織って扉を開けた。
「おっと、忘れてた。」
だが、なにかを思い出し、ベッドの近くに戻った少年は立て掛けてあった一枚の古い写真に声をかけた。
「行ってきます父さん……いや、師匠。」
その表情には笑みが浮かんでいた。
「おっと!遅刻しちゃうんだった!」
はっとした時にはもう時計の長い針が少し動いていた。
こうして、彼、レン・バルドルは慌ただしい朝を迎えたのだった。
三日月島は日本と似た緯度の地域であるそのため夏は暑く、冬は寒い。町並みは木造のものが多く、他国と比べて発展はしていない。
「はぁはぁ……遅刻しました申し訳ありません。」
春が過ぎ、夏が近づく季節なためバルドルの額にはうっすらと汗が滲んでいた。
結論からいえばギリギリで間に合わなかった。いや、本来なら間に合っている筈なのだ。何故なら。
「他クラスは9時登校でもいいがαクラスのお前らは7時半までには登校完了の筈なんだが。」
校門の前に立っている黒色のローブを着た男がそう言った。
そう、この学校には差別がある。
五千人もの生徒が通う魔術学園である、ここディバイン学園は、魔術のレベルによってクラスが振り分けられており、下からα、β、γ、δ、ε、と呼ばれている。そのため僅か15人しかいないαクラスは差別の対象となってしまう。
「すみません次から気をつけます……」
バルドルは自分に魔術のセンスが無いことを恨むことしかできなかった。
「おはよ!バル君!」
長く続いた説教にかたをおとしていると溌剌とした声が聞こえ、振り返ると短いショートボブの少女が手を振っていた。そしてそのローブの色は緑。βクラスだ。
「セーラちゃんおはよう。」
セーラと呼ばれた少女はバルドルの雰囲気から異変を感じたのか
訝しげに覗きこんだ。
「元気ないねバル君。なにか悩んでるんだったらなにか言ってね?なんせ幼馴染みなんだからさ。」
「ありがとう、でも大丈夫。」
笑みを作ってそう言った。
「それよりセーラちゃん今日は早いね。βクラスはまだ登校しなくてもいいのに。」
「あぁそうだった。」
セーラは何かを思い出し、歩きだした。αクラスの方向と同じだったのでバルドルもそれに倣って歩く。
「今日、五大皇帝の方がいらっしゃって魔術を教授してくださるみたいで、準備してたの。」
五大皇帝。それは三日月島に君臨する、光、草、水、闇、火を操る五人の皇帝のことである。そのうちの一人は数年前に亡くなったバルドルの父である。
「そっか、セーラちゃんはどんどん強くなっていくね。じゃあ、僕はここで。」
父の事を思い出し少し表情が曇る。
「あの、」
セーラは何か言い出そうと逡巡したが憐憫をもよおし、喉に支えて言い出せなかった。
数時間後、授業を終えたバルドルはブーツを履いて家に帰ろうとしていた。
夏至に近いため6時でもまだ陽は沈んでいない。ブーツを履いて立ち上がると今日の授業の事を思い出し重い溜め息を吐く。
「今日も魔術制御できなかったな……」
魔術はここの島民のみしか使えない特殊なものだが、バルドルには上手く操れない。魔術自体を発動することは可能なのだがすぐに魔力が暴走してしまい、終いには自分が深傷を負うことになってしまう。
「帰って少しでも特訓しなきゃ!」
気合いを入れるように言い切ると帰路へとついた、はずだった。バルドルの視線の先には幼馴染みのセーラが二人の男に絡まれていた。しかもそのローブの色は紫色だった。
「あれは、δクラス……!でも、セーラちゃんを助けなきゃ。」
焦燥するバルドル。だが、決心を決めると体はもう動いていた。
「やめろぉ!」
ドサッ
バルドルは男を突き放した。突き放された二人の男は油断していたのか後ろに退けぞる。
「おっとと。誰だ俺らの邪魔したやつは」
「バル君!!」
涙目のセーラがバルドルの背中に隠れる。
「や、やめろ!い、嫌がってるだろ!」
脂汗を浮かべたバルドルが震える声で言った。
「あぁん?てめぇαの落ちこぼれじゃねぇか。かすが俺たちの邪魔するってのか?」
「はは!しかもこいつ俺たちより年下だぜ!バカだな、死にに来たのか?」
男たちの声が相当大きかったのか周りの人たちも噂をし始めた。
「αがδに喧嘩売ってるぞ。こりゃ見ものだな。」
「やだ、かわいそうね。」
「はぁ、馬鹿だ。」
殆どの人はバルドルを見てみぬふりをしていた。αクラスの落ちこぼれは差別の対象となる。それはこの学園の絶対不変の原理である。
「セーラちゃんだけでも逃げて。僕は先輩方に謝るから。」
後ろに隠れて怯えるセーラに優しく声をかけるとセーラは首を振った。
「相手はδクラスだよ!私だけ逃げることなんてできないよ!」
やはりか。想定内の返答だった。セーラは昔から優しい娘だ、だから、バルドルは彼女を傷つけたくなかった。
「先輩方、この娘だけは見逃してくれませんか。僕の数少ない友達なんです。その代わり僕を煮るなり焼くなり好きにしてもいいですから。」
怖くて死にそうだ。膝も震えている。
「バル君っ!何言ってるの?!ねぇぇ!」
セーラは顔を真っ青にしてバルドルの肩を揺さぶる。だが、バルドルは応えなかった。
「αのガキのくせにいい度胸してるじゃねぇか。なら、まず土下座しろ。」
首肯するとゆっくりと膝を着き頭を下げる。
どかっ
頭が完全に下がりきる前だった。バルドルは脳天にのし掛かった体重で地面に額から突っ込んだ。額からは流血していた。
「やめて!!虐めないで!」
セーラが男に突っ掛かろうとする。だが、もう一人の男の風の魔術で軽やかに弾き飛ばされてしまった。
「セーラちゃん!うぐっ。」
さらに体重がかかり苦悶の声が漏れる。
「何か言うことはないのか?」
「どうもすいませんでし……た…」
バタッ
そして、バルドルは動かなくなった。沈んでいなかった陽が沈もうとし始めていた。そして、汚れた白色のローブには僅かに血が滲んでいた。
バルドルは何度か気絶した経験があった。師匠と魔術を鍛練していたときにも自らの暴走する魔力で度々気絶していた。そして、毎度のように突っ伏した地面の固さで目が覚め、師匠に笑われていた。だが、今回のそれは今までとはなにか違った。
妙に柔らかく、温かい。そして吸い付くような肌触りで心地よい。
「……るくん。……くん。………ばるくん。」
「ん……セーラ…ちゃん?」
ぼやけた視界に映る顔にバルドルは掠れた声で瞼の裏に浮かんだ名前を呟く。
「やっと起きた!心配したんだよ!」
ピントが合った視界に映ったセーラは思案顔で、でもどこかほっとした表情だった。そして溢れた涙がポツリとバルドルの頬に零れた。
バルドルは膝枕されている状況に気づき、顔を赤らめて起き上がる。そしてセーラと目を合わせると
「ごめん。本当に心配かけてごめんね。」
と言った。
「本当に心配したんだよぉ。次からはあんな無茶なことしないでね。分かった?」
涙を拭ったセーラの目尻はまだ赤かった。
「うん、分かった。それより僕の額の傷。」
「私が治した。でも本当にもう大丈夫なの?」
バルドルは首肯し、お礼を言った。
「どういたしまして。ねぇバル君。」
綺麗な額を擦っていたバルドルは呼ばれて振り返った。
「バル君が助けた方法は自己犠牲で無茶苦茶だったけど、あの時来てくれなかったら私だけではどうにもならなかった。だから救ってくれたことは本当に嬉しかったよ。」
「ど、どういたしまして。」
セーラの微笑みにバルドルは照れてしまった。
βクラスでもセーラは回復魔法を得意としているため、先刻のようなことの対処法は身につけていないのだ。
「じゃあもうそろそろ帰ろっか」
セーラが立ち上がり、バルドルも倣って立ち上がった。
陽はとうに沈み帰路につく生徒の姿はない。歩く二人を照らすのは月光と街灯の青白い光のみだ。
「僕ってどれくらい昏睡してたの?」
バルドルが視線を変えずにセーラに問う。すると、返答はすぐに返ってこず、暫く思索されてから返ってきた。
「一時間くらいは寝息をたてていたよ。なんか弟を見ているようだった。」
からかうようにセーラは言う。
「そ、そうなんだ。あのありがとう。」
バルドルが期待していた反応をせず、セーラは少し残念に思ったが昔から優しい性格と知っていたため素直に微笑むのだった。
少し温い夜風がローブを靡かせる。
すると、バルドルがあるものに気づき近づいていく。
「どうしたのバル君?」
セーラがしゃがんだバルドルに駆け寄る。
駆け寄ったところは住宅と住宅の隙間の細道。灯る光がない暗闇のなかバルドルは手を伸ばして両手で掬うように持ち上げた。
「これは猫?ん?うぁっ!怪我してるよ!セーラちゃん大変だよ!」
パニックになるバルドルの手の内を覗くとそこには誰が見ても猫というような猫がぐったりとしていた。毛並みは美々しい白色をしているが、今は流血により濃い紅色をしていた。
「バル君!落ち着いて!とりあえず私の回復魔法で―――」
セーラが手を翳し、魔法を発動する。だが、
「くっ。魔力がもうない……まずい、このままじゃ」
翠の光は淡く、すぐに消えてしまった。
バルドルはセーラの魔力が尽きていることが自らのせいだと瞬時に理解した。そして苛まれ、蒼白な顔になる。
「僕が助けてみせる。」
手に乗せていた白猫をそっと下ろすと手を翳した。
全身に流れる魔力の脈動を感覚を研ぎ澄まして感じる。αクラスでも多少の魔力は使える。だが、他クラスと比べたら微力だ。
「バル君……猫ちゃんを助けてあげて。」
真剣な面持ちで魔術を操作するバルドルを見てセーラは祈るように手を合わせる。
そして際限なく続く魔力の脈動をつかみ、バルドルは目を見開く。
「ヒーール!!!」
翠の光が白猫を包み込むそして、傷口が徐々に癒えていく。
そして、完璧な処置を施すことに成功した。
「す、すごいよ!完璧なヒールだよ!あれ、バル君?」
セーラが歓呼の声をあげるがすぐにバルドルの異変に気づき様子を伺う。
「ならよかったよ。グハッ。」
笑みを浮かべ、バルドルは吐血した。おそらく魔力の使いすぎによる副作用だろう。バルドルの魔術は暴走してしまうという大きな欠点がある。それゆえ、一度に使うと魔力が枯渇してしまい体が拒絶反応を起こしてしまう。
「だ、大丈夫!?」
「うん。慣れっこだから………っ!」
口についたままの血を袖で拭うと同時にバルドルの目にあるものが飛び込んできた。だが、それはもう暗闇に消えていった。
見間違いかと疑ったがそうとは思えないほど鮮明な赤色のローブがバルドルの瞳に映ったのだから疑いようがなかった。
(あれは、εクラスの……いやまさかね)
「バル君?」
バルドルがかなり真剣な面持ちをしていたのか、セーラが心配そうに声をかける。
「あ、あぁ。何もないよ」
バルドルが誤魔化すように笑った。
「それよりこの猫、どうしよっか?」
先刻とはうって変わってすやすやと寝息をたてている白猫をそっとバルドルは撫でた。
「バル君ごめん。うちはペット駄目なんだ。」
申し訳なさそうに小声で言うとセーラも白猫を撫でた。
「しょうがないよ。僕も飼ってあげたいけど一人で面倒を見てあげられる自信ないし。」
「そっか。なら飼い主を探すとか?」
「それはよくないと思うな。だってあんな姿で捨てられていたんだもん。飼い主がいたとしても僕は少し心配だよ。」
バルドルの言い分にセーラは悩みこくってしまった。
バルドルの髪の毛によく似た真っ白な毛並み。そして、独りぼっちであること。
「僕によく似てるな。」
「なに?」
「いや、なんにもないよ。ねぇセーラちゃん。この猫僕が預かる。」
バルドルが言った言葉に一瞬驚いたが、俯いた。
「なら安心だ。バル君。分かってると思うけどしっかり面倒見てあげるんだよ。」
「うん。頑張って面倒みるよ。」
白猫の体温がじかに伝わってきて程よく温かい。ここから先は分かれ道でそれぞれの帰路へとつくことになる。セーラは名残惜しそうに最後に白猫を撫でた。
「あ、そういえば。明日も早く行くから迎えにきてあげるよ。」
セーラが振り返りそう言い残すと駆け足で帰っていった。
遅くなりすぎたから家まで送っていこうと思っていたがそう言う前に帰られてしまっては後の祭りだった。
「僕も帰るか。」
月が僅かに西に傾いた気がする。この白猫との出会いが彼の人生を大きく左右するなどこのときの彼は知るよしもなかった。
「ただいま………と。」
肩にかけていたカバンを下ろしバルドルは真っ暗な部屋で小声で呟いた。そして、電気をつけて、手に乗せていた白猫をベッドの上にそっと下ろす。
改めてみるとまるで天使のような美しさだとバルドルは思った。
すやすやと寝息をたてており起きる気配が微塵もない。
「とりあえずご飯食べないと。」
来ていたローブを壁にかけ、腕を捲った。
冷蔵庫を開け、幾つかものを取り出す。冷蔵庫といってもこれは魔力で動いているためお金は懸からない。ちなみに電化製品の殆どは魔力を利用した魔道具である。
三日月島では学園に通う生徒にお金を定期的に渡す制度がある。そのため一人暮らしのバルドルでも食料不足に困らず生活できるのだ。
「今日も体に悪そうなものだなぁ。誰か作ってくれる人がいたらな……」
自らの淡い期待に思わず苦笑する。そう言いつつも手際よく調理して盛り付ける。
そして、テレビの前のロウテーブルに運んで手を合わせる。
「いただきます。」
一人での食事には慣れてはいるが静かすぎて居心地が悪いのでテレビを点けようと思ったが、近くで気持ち良さそうに寝ている白猫を見ていると点ける気にはなれなかった。
「猫ってどうやって飼えばいいのかなぁ。やっぱ猫用のケージとか買うのかな。明日、セーラちゃんと相談しよう。」
今日は色々あって疲れていたためあまり物事は考えたくなかった。だが、バルドルには今日あったことが心に引っ掛かっていた。
(今回は先輩方がセーラちゃんを見逃してくれたけど、もし僕が気絶していたあとにセーラちゃんが襲われていたら僕は絶対僕を許さないだろう。)
バルドルは悔しかった。謝ることしかできず、あまつさえ守る対象を取り残し、自分だけが意識を失うという次第であったから。
「師匠いや、父さん……なんで僕は成長できないのでしょうか。」
天井を仰ぎ独り言を呟く。
とりあえず食事を終わらせようと止めていた手を動かした。だが、
カンッ
スプーンと皿がぶつかる音がした。
「あれ?」
不思議に思い視界を前に広げるとそれは、あり得ない光景だった。
「うわぁ!!」
「ニャオ?(モグモグ)」
そう、そこには寝ている筈の白猫が四足立ちしていた。目覚めていたことにも驚きだが、あまつさえ人間のご飯を頬張っていたのだからさらに驚きである。そして、猫の顔には米粒がついていた。
「さっきまで寝てたのになんで突然!?ていうかこれ食べて大丈夫なの!?」
狼狽えるバルドルの叫喚が一軒家に響きわたった。
よほど空腹だったのか、猫の食欲はおさまらず、結局バルドルの食事は猫の餌へと化したのだった。
「さっきまで食べてたのに、また寝てるよ」
食べ終わった皿を洗い終えたバルドルは、手を拭きながら苦笑してそう言った。だが、正直、目覚めてくれてほっとしたのも事実である。
「にゃおーん、にゃぁ……」
満腹で幸せなのか、かわいらしい声をあげる。
「猫って基本なんでも食べるのかなぁ。あと、飼育スペースも作らないといけないし、色々大変だなぁ」
優しく猫を撫でながらバルドルは呟いた。ふかふかで温かく、命を感じる。
「そういえば名前考えてない」
はっとしてバルドルはローテーブルで心地よく寝ている猫を見つめる。名付けることはいざとなると難しいもので、バルドルは20分ほど考え込んだ。そして、最終的に辿り着いたのは
「どうしよう何も思い付かない……」
頭を抱えるという結論であった。頭の中ではそれなりの名は出てきたのだ。毛の色から無難に「シロ」や、「ユキミ」とか色々。
だが、どれもしっくりこなかった。
「また今度じっくり考えよう。ふわぁ。」
大きく欠伸するとバルドルは電気を消した。
スタンドライトの光がベッド周りを照らしているため、まだ少し明るい。バルドルが動いたからか、今まで寝ていた猫がむくりと起き上がる。
バルドルは起こしてしまったかと悪びれるが、猫は眠たそうにバルドルが横になったベッドの上に乗ってきた。
「にゃぅぅ」
「君もベッドで寝たいんだね」
枕元で丸くなった猫をまた撫でるとバルドルはスタンドライトを消した。
真っ暗になった部屋は夜風通って少し涼しいのである。そのせいと疲れからかバルドルは寝床について数分もたたないうちに眠くなってしまった。
「猫ちゃん……おや…すみ……僕は…もう…ね………む」
猫に挨拶をしようと思ったが言い切る前に彼の記憶は途切れたのであった。
朝の日差しが差し込む時、近くで奇声(電子音)を発する目覚まし時計によって、瞼がゆっくりと開く。まだ少し眠たい。
だが、昨日の反省もあるため、伸びをして起き上がる。
「ん?」
そこである異変に気づいた。体が動かない。金縛りなどとは違いなにかにがっちりとホールドされているような。そして、妙に温かい、なんか昨日も似たような感覚があったような。
「んーーー。うわぁ」
勢いよく体を捻った時に解放されたため勢いが余ってそのまま床に落ちてしまった。
「な、なにがおきてるんだ?」
ぶつけた肘をさすってベッドを凝視すると。布団が生きているかのように動き出した。
そこで、昨夜のことが脳裏に浮かぶ。
「あぁ、僕は猫を飼い始めたんだった。なら布団だけ片付けようっと。ってあれ?」
そこでバルドルは今起きたことについて疑問を抱いた。百人中百人が「いいえ」と答えるような疑問を。
「猫って抱き締めるっけ?」
抱き締める訳がない。いたとしてもギネスに載るような巨大な猫か、某猫型ロボットぐらいである。
すると、布団が床に落ちる。すると、そこにはバルドルの抱いた疑問を払拭する、答えがあった。
真っ白で恍惚としてしまう髪。それとは負けず劣らずの白磁の肌。そして、小柄な体躯がもつ豊乳はバルドルに瞬時の性別判断をさせた。なぜか裸の美少女は、絵画のように美しく麗しかった。
そして、そこには純粋で焦燥しているバルドルの姿があった。