七話
目を開けると木造建築ならではの温かみのある天井が視界に入る。身体を起こそうとすると、まるで体内の力をすべて吸われたかのように全く力が入らず、「うう……」と情けない声を上げながら諦めた。
「ここは、誰の家なんだろう?」
予想ではブコツのおっさんの家だろうか、ということはシャルルの家でもあるな、そんなことを思いながらぼーっと天井を眺める。
しかし、なんかこのベッド良い匂いするな、女の子っぽい――まさかシャルルのベッド!?
異世界で初めて寝たベッドが女の子のベッド! 異世界最高!
このまま寝返りでもうってシャルルのベッドの香りを堪能しようか、そんな特殊な性癖を満たそうとして動かない身体で無理やり寝返りを打とうとして思わず力が入る。
「うおおお! 動けぇ、俺の身体ァァァ!」
もう少し、もう少しだ……!
「グァァァァ!」
「どうした、クソガキ!?」
突如部屋の扉が開いてブコツが慌てて部屋に入ってきた。
「叫び声なんか上げて一体どうしたんだ、魔物でも現れたか!」
槍を構えて部屋の隅々を注視するブコツ。
「いやいや、違います。ちょっと――そう、寝返りがうちたかっただけで。ハハハ」
「む、そうか。それならいいんだが」
「う、うん」
しばらく怪しそうに俺を見ていたブコツだったが、特段怪しいところは無かったらしくツカツカと俺に近寄ってきてベッドの傍にあった椅子に「よっこいしょ」と腰を掛けた。
「しかしようやく目を覚ましたか」
「ようやく? そんな長い間寝込んでたの――ですか?」
やべえ、危うくタメ口聞くところだった、危うくあのマミルクから命を拾ったってのにこんなくだらないことで死ぬのは避けたい。
「ハッハッハッ! 別に今更敬語なんて使わなくて構わねぇよ、クソガキには命を救って貰った訳だしな。そうだ命の恩人、お前の名前を教えてくれ」
「お、俺はシンジです、じゃなくてシンジだ」
「おう、シンジか、いいなまえじゃねぇか。俺ももう一度自己紹介しとくか、俺の名前はブコツ・アマノ、シャルルの親代わりをやっている。よろしくな」
ニコニコしながらブコツは手を差し出すが、俺は身体が動かないためその手を握ることができない。
「ごめんブコツさん、俺身体動かないんだ」
「お、そうか悪い悪い。あんだけ凄い威圧使ったんだ、そりゃあ動かないよな――よし、ちょっと待ってろ」
そういうとブコツは何かを思いついたように急に立ち上がって部屋から出て行ってしまった。
「一体どうしたんだ?」
しばらくすると「すまないな、急に出て行っちまって」と足早にブコツが近づいてきた。
そして掛布団を勢いよく引きはがすと動かない俺の手にエメラルドのような石を握らせる。
「これは?」
「ああ、これは自然エネルギーの結晶体だ」
「自然エネルギー?」
「そうだ、人間と同様にこの世界では生きとし生けるものすべてに生命エネルギーが宿っている。勿論植物にもな。そういう植物や樹木から十数年に一度溜まった生命エネルギーの結晶体が取れるんだ」
「成る程、でもそれとても貴重なものなんじゃ?」
「まあな。でもシンジ、命の方がよっぽど貴重だ。その命を救ってくれたお前に、多少値が張るくらいのものをもったいぶるほど俺は落ちぶれちゃいないぜ」
「そっか、ありがとう」
「いいさ」
そして石を握ったまま少し時間が経つと不思議な感覚と共に身体にエネルギーが満ちていくのを感じる。
「おお! 凄い!」
「何、もうエネルギーが循環し始めたのか! いくら何でも早すぎるぞ!」
「うん、身体に徐々に力が入るようになってきたよ、というか、早いって?」
「いや、この治療は普通丸一日はかかるんだ、人間以外の生命エネルギーを取り込むってことは一旦自分用に作り替えないといけないからな。しかしその点お前は早すぎる、まだ始めて五分も経って無いぞ」
「丸一日!? その間ずっと手を握られてないといけないの!?」
「ああん? 俺に握られるのは不服ってか?」
ブコツは笑いながら俺の手を握る力を強める。
「痛い痛い! ごめん、俺が悪かった!」
そう言いながら反射で手を引っ込めた。
あれ手動いてね?
俺たちは驚きのあまり無言になり、
「……動いた」
「ああ、動いたな……」
と謎の事実確認をしていた。
そしてそのままベッドから起きようと、ゆっくり力を入れると違和感無く身体が動く。
「おいおい、お前ほんとに何者なんだよ!」
「い、いやぁ、そんなこと言われてもなぁ……」
「まあいいや、お前が復活したのは喜ばしいことだ、でも完全回復じゃねえと思うからしばらくその結晶握っとけよ? それとシャルルとエアリエル呼んでくるからちょっと待っとけ」
「う、うん。わかった」
ブコツが部屋を出て行ったあとベッドに座り直して掌の結晶をじっと見つめる。
「綺麗だなぁ」
窓から日の光に透かすとまるでステンドグラスのように光を通し、とても透明度が高い。
そうやって光を透かして暇をつぶしていると突然窓の外から、
「凄い、こんなに早くエネルギーを吸収できる人間がいるなんて……」
初めて聞く女の子の声が聞こえてきた。
村の女の子かな?
結晶から目を逸らし、声の方を振り向くとそこには
「うわ! だ、誰!?」
手のひらサイズの翼の生えた女の子がフワフワ飛んでいた。
「ん? この人間一体何に驚いてるのかしら?」
しかし一方その要請らしき存在は後ろを向いて何に驚いたのかを探している。どうやら自分が見えていないと思っているようだ。
成る程、普通の人間には妖精は見えないのか。
ならばと、自然体を装って立ち上がって窓を開けよう。こうすればあの妖精は絶対にこの部屋の中に入って来るはずだ。
ガチャン、蝶番を外し窓を開くと、
「お、ラッキー窓が開いたわ、この人間もう少し観察して行きましょ」
ひらひらと室内に入ってきた。俺はそれを確認すると再びガチャンと窓を閉めた。
「あれ!? なんで閉めたの!? 出られなくなったじゃない、この馬鹿!」
フフフ、これで計画通りだ、ニヤける顔を隠しながら妖精の反応を見ていると、俺の周りをくるくる回りながら「早く開けなさいよ! バカ! トンマ! アホ!」叫んでいる。
んなッ! こいつ見えてないと思って調子に乗りやがって。むかつくから脅かしてやるか、フフフ。やべ、マミルクの笑い方が移っちまったな。
「おい、それ以上馬鹿にしたら窓開けてやらないぞ」
頭をグルグル回っている妖精に対して声をかける。
「独り言かしら? この人間本当にバカなのね」
まだ気づかないか。
「それにしてもこの人間よく見るとアホ面ね。アハハハ」
俺の目の前で暴言吐きやがったな、こいつ。しかも高笑いしてやがる、許さん。
「俺はお前の方がアホ面だと思うぞ、チビこのやろう」
「え」
すると妖精の表情が一変して顔をさっと青ざめさせた。
「まさか、ね。私のこと見えてるわけ無いわよね……?」
何を思ったか、顔に触れるくらい近寄ってきて変顔をし始めた。こいつマジでバカなのか。俺が微動だにしないと、
「ほら! やっぱり見えていないわ、人間に妖精が見えるはずないもの!」
「勝ち誇るな、見えてるし聞こえてる、諦めろって」
「……」
「おい」
「嘘よ、み、見えているはずないわ……」
「残念ながら本当に見えてるんですねー」
「嘘よ!」
「嘘じゃない!」
「そんな馬鹿な……!」
「そんな馬鹿だったみたいだな、お前は!」
「何よ! ムキ―ッ!」
「うわ、ムキ―ッとか言ってるやつ初めて見た。だっさ!」
「だ、ダサいですって! こんのぉー!」
すると妖精はひらひら舞いながら頭の上からよくわからない謎の粉を振りまいてきた。
「うわ! なんだこれ、超目に染みるー!」
「フハハハハハ! それは我がブレイスト国が長きにわたり対人間用に改良に改良を加えてきた秘伝の粉よ!」
「お、おい! お前それ失明とかしないよなぁ!?」
「安心しなさい、数秒間だけ目にゴミが入ったような違和感を感じるだけよ! 人体には一切影響はないわ」
「あ、ホントだ、ちょっとずつ周りが見えてきた」
「すかさず追撃!」
「痛い! やめて!」
「なら早く錠前を解除して窓を開きなさい、この馬鹿!」
「何馬鹿だとお前ッ――!」
「追撃!」
「痛い! ゴメンナサイ! 窓開けるから、もうやめて!」
「ハッ! 分かったならもういいわ。早く開けなさい!」
「ま、待て待て目が痛くて何も見えないから無理だ、ちょっと待ってくれ」
「全く、これだから人間は。しょうがないわね、少しだけ待ってあげるから早く見えるように善処しなさい」
「……ったく上から目線だな、この野郎」
「え、何か言ったかしら? 何かもの凄く耳障りな言葉が聞こえたのだけれど。もっと粉を掛けられたいのなら自由になさい」
「いえいえ、滅相もございません!」
本当に女王様目線で語ってきやがるな、この妖精。絶対やり返してやる!
「あ、そろそろ目が見えてきた」
「ほんと! なら早く開けなさい!」
「ええー、どうしようかなー?」
「な! 開けないとまた粉かけるわよ、それでもいいの!」
妖精はどこから取り出したのか、謎の麻袋から粉を一掴みして俺に向かって構えている。
「ああ、いいぞ、存分にかけろ」
「何よそのドヤァって顔は! ムカつく! ムカつくムカつく!」
妖精は俺の顔面に向かって思い切り粉をまき散らした。
それを見て俺は、
「フーッ」
妖精に向かって粉を吹き返した。
キラキラと光りに照らされた誇りのように俺の頭上で舞っていた粉は、俺の息で逆に舞い上がり空中で勝ち誇っていた妖精に向かう。
「あ、ちょっと! 何してくれんのよ!」
妖精は同じように上から息を吹くが人間の数十分の一しかないので全く吹き返せていない。
そして最終的に粉は彼女ごと包み込み――
「イッターイ! ちょっと! 何吹き返してくれてんのよ!」
「うるせえ、ムカついたからな。仕返しだ」
「ひどい! 人間のやることじゃないわ!」
目が見えなくなって空中を彷徨っている妖精がキーキーと叫ぶ。
俺はその妖精に向かって左手を突き出して、グッと捕まえた。
「キャー! 離しなさいよ、この馬鹿!」
「グハハハハハ! これでお前はもう動けまい! 大人しく俺の目に与えた痛みを貴様にも味合わせてやるぁ!」
「に、人間、落ち着いて! ひ、人が変わってるッ、人が変わってるから――ちょ、どこ触ってんのよ! あっそこはダメッ! いや、やめて。やめ――」
妖精の声は家の中で静かにこだましたのだった……。
えっちぃことはしていません。
あとは……
察してください、私から言えるのはここまで……だ。




