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神に愛された異世界転移  作者: 筧 麟太朗
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四話 待ちわびた異世界転移

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。


「よく寝たなぁ……」


 ふかふかの芝生が妙に寝心地がいい。首がチクチクするけども。

 目を覚ますとまずは周りを確認する。獣とかいたら怖すぎる、というか何故森の中に転移なんかさせたのか。ウィンズを救うために転移させられたのにこんなところでただの獣に殺されたら元も子もなさすぎる。

 しばらく周囲を警戒して身の安全を保障したところで、ようやく自分が異世界に来たことを実感した。


「やったぁ! 念願の異世界だ! もう車に轢かれる心配もないし、周りに厨二病だと揶揄されることもない。何故ならこの世界では俺はリアリストだからだ! むしろ地球にいた頃の話をすれば立派な厨二病だ、フフフざまあみろ!」


 昔自分の趣味をバカにしてきたやつへの怨念を異世界の森の中で晴らすと、もう一度周囲を確認する。どうやら人間が通るような道は無く、うっすら獣道が見える程度だ。


「異世界に来たはいいけど、これからどうするか……。よくある展開ではこんなこと考えてると遠くから女の子の悲鳴が聞こえて来たりするものなんだけど――」


「……」


「まあそんなありきたりな展開あるはずないか。よし、地道に歩いてどこかの村に出よう」


 それにしても森の空気が濃い、酸素の濃度とかどうなってるんだろう。くだらないことについて考えながら、何となくの傾斜を延々と下っていく。一時間ほど経っただろうか、地球でぬるい生活を送ってきた自分の身体はもう悲鳴を上げていた。


「ハァ、ハァ、結構きついな、森の中を歩くのは」


 思い出してみればこれまで登山の経験なんてほとんどない。実際登ったことがあってもそこまで標高も高くなくしかもアスファルトや石で舗装された道を歩いたくらいだ、人の手が入っていない山の中を歩いたことなど生まれて初めてである。


「小さい段差とか木の根っことか意外と疲れるんだな、結構馬鹿にならない……」


 そもそもこのまま下って行って本当に村なんかあるのか? なかったらどうする、ここで野宿するか? いやそんな知識は欠片もないし、地球とは事情が違うから絶対に無理だ。そもそも日が落ちたらどうするのか。明かりもないし、獣道を見る限り自分以外の生き物がこの山にいるのは分かり切った話だ。万一襲われたら――。

 たられば自問自答しているとどんどんテンションが下がっていく。やがて歩幅が徐々に狭くなり、合計で四時間ほど歩くとへとへとになってしまった。


「喉乾いた、足痛い、腰痛い、疲れた……」


 森で迷っている途中、偶然見つけた巨木の下で休憩を取る。


「わりかし、限界かもしんない……」


 ふと空を見上げるとすでに日は歩き始めた時よりも傾いてきて、もう一時間ほどで沈んでしまうだろう。このままじゃ死ぬな、俺。地球で死んで異世界でも死ぬのか。マジどうしようもない……。

 疲れた足を摩っていると右のポケットに何か入っていることに気づく。


「あっ! そうか、これがあった」


 ポケットに手を突っ込んでそれを取り出す。それは吹けばメイズを呼び出すことのできる笛。

 おもむろに口に運んで吹こうとするが、息を吸い込んだところで止める。本当に吹いていいのか? 今まで周りから自分の趣味を虐げられてきて、どうせ理解されないと友達を作るのを諦め、自分の趣味に没頭していれば車に跳ねられ、「異世界だったら……」とほざいて生をも諦めた。

 そのおかげで今異世界に来れているのだが、それはあくまで結果論だ。他にも細々したものをたくさん諦めてきた。努力をすることも然り。もう一度自分に問う。


「本当に、吹いていいのか――」


 笛を見つめたあとポケットにしまう。まだその時じゃない。


「よし、休憩できたし行こうかな」


 笛は再びポケットにしまい、ズボンについた土を払いながら立ち上がる。そして進行方向を決め歩きだした時だった。


「グアアァァッ!」


 ドスンドスンという重い足音と森に響き渡る大きい声が背後からした。

 恐る恐る振り向くと、そこには地球のそれとは比べ物にならない程巨大な熊がいた。

 体長は恐らく三メートルから四メートルの間。毛の色は黒く口からは涎をダラダラに垂らして目はこちらを睨んでいる。


「う、うわああああああ!!」


 叫ぶと全力で走っていた。熊との距離は約三十メートル。どうにかしてまかないと死ぬッ! チラッと後ろを振り向くともの凄いスピードで熊は俺に向かって来ている。その距離約10メートル。まずいまずい。


「誰か―! 助けてぇー!」


 一生のお願いだ、頼むから誰か助けてくれ。背後ではドスッドスッとあの熊が徐々に近づいてくるのを感じる。


「グガアァ!」


 その叫び声があまりにも近くで聞こえて慌てて振り向くと、俺を射程圏内に捉えた熊が大きな腕を振りかぶっているところだった。


「やばいって、これは!」


 当たるのは確定だが少しでも衝撃を減らそうとして前方に思い切り飛びのくと、熊の腕の先端が背中に少しだけ掠る。クリーンヒットは避けられたが、さながらスーパーマンのように飛んでしまったせいで今度は着地が出来ない。それでも背中から地面に落ちてそのままゴロゴロと転がっていく。早く起き上がらなきゃ。腕に力を込めて立とうとするがそこまでだった。

 背中が強い力で抑え込まれて身動きどころか息すらできない。


「ガハッ」


 肺の空気が一気に抜け、ミシミシと骨が軋む音が聞こえる。

 今度こそ死ぬ、急いでポケットから笛を取り出して吹こうとするが息ができないせいで全く吹くことができない。

 最後の手段も封じられた。終わりだ。息ができないせいでどんどん目がかすんでいく。視界は黒い靄がかかったようになっていきまるで闇に飲み込まれていくようだ。


「グルルルル」


 頭の上では憎き熊が俺の頭に涎を垂らしている。結局ダメだったんだ、俺は。ウィンズでも地球でも世界が、周りが変わってもダメ人間はダメ人間なのか。威圧もさっきから使おうとはしているが全く出ている気配はない。

 「もうだめだ――」ほとんど真っ暗になった世界でそのまま諦めようとした時だった。


「止まれ! 人間に手出しはさせない!」


 遠くでそんな声が聞こえた気がした。幻聴かな、しかしまだ声は止まない。


「エアリエル! ――茶しないで! あなたが敵う相手――ない!」


 とぎれとぎれに聞こえる声。これは現実なのだろうか。


「関係ない! 絶対に助ける!」


 その声だけが明確に聞こえた。すると途端にヒュンッという風切り音が頭上で鳴ったかと思うと、自分を踏みつぶしていた熊の重たい足がどかされる。


「ヒュッ、ハァハァ」


 肺が解放されて空気が一気に流れ込んでくる。過呼吸気味に吸って吐いてを繰り返していると、


「早く逃げて!」


 と目の前から声が聞こえた。うつ伏せのままそっちを振り向くと弓を構えた少女が一人。横にはもう一人、どうしていいか分からずにうろたえる少女もいる。一人は美しい白髪をポニーテールにして弓を構えて熊を見据えたまま動かない。


「聞こえてるなら早く!」


 口だけを動かして逃げるように促してくれている。


「エアリエルにここまでさせて動けないとかやめてよ!」


 そう叫んでいるのは隣の金髪を短く切りそろえている少女だ。


「やっぱりあの人置いて逃げた方がいいよ! エアリエル、聞いてるの!?」


「ダメ、絶対に見捨てられない! そんなに逃げたいなら一人で逃げれば!?」


「あーもうこの分からずや! どーなっても知らないからね!?」


 そのまま金髪の少女も携えている弓を熊に向かって構えた。

 この子達は俺を助けようとしてくれているのか、しかし持っているのは弓だけでどう考えても勝てそうにない。金髪の少女もきっと勝てないことが分かっていて逃げようと提案していたのだろう。


「グルァ!!!」


 それにすんでのところで獲物を奪われた熊は怒り心頭といった様子で少女たちを睨んでいる。


「フッ」


 先に手を出したのは少女たちの方だった。短い呼吸と共に打ち出したその矢は綺麗な軌道で熊の肩に当たる。


「ギャッ」


 悲鳴を上げた熊は少し後退した後「グアアアアアアア!!!」と雄たけびを上げて少女たちに襲い掛かった。突進する熊を白髪の少女は加齢に躱し、熊を木に突進させる。しかし熊の方もそのくらいでやられはしない。再び少女に向き直ると、突進する。そして少女もまたギリギリで熊を躱して――その繰り返しを眺めていると、


「動けるんでしょ! エアリエルが戦っている間に逃げないと!」


 金髪の少女が隙を見て俺に肩を貸してくれた。


「ありがとう、本当に助かった……」


 満身創痍でお礼を口にする。


「それはエアリエルに言ってあげて。あの娘が助けるって言わなければ私は見捨ててたから」


「そっか……」


 随分正直な少女だ。


「ひどいと思った? でもあたしだって普通なら助けてるわよ。でも今回は相手が悪すぎる」


「相手? あの熊のこと?」


「それ以外何があるのよ、いい?あの熊はね――」


「グギャァ!」


 少女が話の続きを喋ろうとした時、しびれを切らした熊が方向を転換し俺たちの方に突進してきていた。金髪の少女は言葉に詰まり、白髪の子も驚きを隠せない様子だ。このままじゃまずい。俺を助けようとしたせいでこの子達が死ぬなんて絶対にあっちゃいけない。

 金髪の少女も俺に肩を貸しているせいで身動きが取れない。急いでポケットを弄るがここで笛が無いことに気づく。

 クソッ、起き上がる時一緒に置いてきちゃったのか、なんて運が無いんだ、俺は!

 悔しさに顔を滲ませていると金髪の子に背中をポンッと押される。


「あなただけでも逃げて」


「何を言ってるんだ! そんなことできるわけ無いだろ!」


「もう無理よ、このままじゃ二人とも助からない。だったらあなただけでも逃げて」


「は!? だったら俺が身代わりになる! 君が逃げろ!」


「もう遅いわ、これはあなたを助けようとしなかった報いかもしれないわね」


 こちらを見てすべてを諦めたかのように微笑む少女。

 それを見た時プツンと何かの糸が切れたような気がした。


「このクソ熊野郎! 絶対に許さないぞ!」

 

 最初に狙われていた自分を殺すならまだしも巻き込まれた少女を殺すなんて許せない。


「こっちに来ォい!」


少女の眼前まで迫っていた熊に怒号を浴びせると、びくっと肩を震わせてこちらを振り向いた。二人の少女も一緒に驚いていた気がするが些細な問題ではない。

 よし、これでとりあえずあの子が死ぬ危険性は無くなった。


「グルァ!」


 しかし油断は許されない。何度も狩りの邪魔をされた怒りボルテージマックスの熊はこちらに今までよりもより早くこちらに突進をしてくる。


「怖いなぁ! 何してんだろうなぁ、俺!?」


 叫んで恐怖をかき消し、震える膝に力を入れて抑え、仁王立ちになって熊を睨みつける。

 ヴィスクに命を拾ってもらい、異世界で見知らぬ少女たちに再び命を助けてもらった。最近はずっと助けて貰いっぱなしだ。

 恥ずかしい話だが、それが無ければ確実に死んでいたんだ、この少女たちの為なら命も惜しくは無い。   

 それに、もう忘れかけていたが魔王を倒すという大きな恩返しも残っている。

 どちらにせよ、


「こんなところで死んじゃいられねぇんだよぉ!!!」


 死ぬ気で熊に向かって叫んだ。

 その瞬間ブワッと自分を中心に眩いほどの光が差し風も吹いていないのに木々は震え、大地が揺れた。


「「キャア!」」


「グギャァ!!!」


 少女たちの悲鳴と熊の叫び声が聞こえ、その一瞬の光が消えると熊は地面に倒れていた。


「な、なにが起こった……」


 俺が立っている場所の落ち葉は半径三メートルほどすべて吹き飛んでいる。

 周りを見渡すと二人の少女も何が起きたのかわかっていない様子だ。

 ずっと発動しなかった威圧が出たのだろうか? しかしそれよりも、


「とりあえず助けられた、よね」


 こうして俺の異世界での初めての戦いは幕を閉じたのであった。


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