三話
長いしテンポ悪い…
精進します。
「何!? 偶々ッ偶然であれほどの威圧が使えただとぉ!?」
『ドンッ』と大きい音を立てながら机に手を乗せ俺を睨む男、確か名前はメイズだったか。
「そんなに見つめられても本当にどうしてその威圧っていうのを使えたのかは自分にもよく分からないんですよ」
「嘘をつけ! あれほどまでに強力な威圧、ただの人間が使えるわけない!」
興奮しながら問い詰めてくるが分からないものは分からない。落ち着いて、ティーカップが揺れてガチャガチャ言ってるから。
「落ち着けメイズ、貴様らしくもない。本当に分からないんだな? 深時」
興奮しているメイズを手で制しながら俺に確認してくるのがヴィスク、俺を呼び出した神。別の神の世界から俺を引き抜き異世界へ転生させようとしている神である。
「はい。少しだけ心当たりはありますが……」
「心当たり?」
ジッと俺の目を見つめながらセリフを復唱してくるヴィスク。
「ええ、実はある人のまねをしてみたんです」
「真似だとぉ? そんなもので威圧が使えてたま――フガッ!」
おそらく面倒くさくなったんだろうヴィスクが今まで体を押さえていた右手をメイズの口に置き換えた。ドンマイ、メイズ。
「真似とは、誰の?」
「魔人テイルズという、小説の登場人物です」
「ほう、小説か。その者のまねをしたことによって威圧に気圧されないどころかむしろ自分から威圧を掛けられるまでになったと」
「そうです、信じられないかもしれませんが――」
「プハッ、当たり前だ! 実在している人物どころか小説の登場人物なんて、信じられるわけ!――フガッ」
「俺は信じよう。どうやら嘘は言っていないようだ」
さっきから俺の目をやたら見てくると思ったら嘘か誠か見極めてたのか! やっぱり怖いな、この神様。
なんで俺はこんな人に逆らってしまったのだろうか……。偏に異世界に行きたかっただけなのに。
「しかし、自分で言うのもあれですがそんな真似事で威圧が使えるものなのでしょうか?」
「ああ、おそらく使えるだろうとは思っていた。お前が使ってからは確信に変わったがな」
ヴィスクは紅茶をすすると再び話を続ける。横にはもう諦めた顔のメイズが突っ立っている。
「そもそも威圧というのは自分の中にあるエネルギーを直接そのまま相手にぶつけることで発言する。言っている意味が分かるか? 深時」
「はい、とても」
要は気のようなものってことか、伊達にオタクやってないからな。ここら辺の理解力は常人よりはあると自負している。
「理解が早くて助かるよ。ちなみにこのエネルギー、種類があってな。大まかに二つあるのだ」
「二つ? 自分の中なら一つではないのですか?」
「その質問は最もだ。もう一つは意志による力である」
「……」
「フフ、その顔。もう理解しているようだな。この意志という力は自分の中のエネルギーを何倍にも増幅することができる。意志の強さによってそのエネルギーは何千何万と増幅されていくのだよ」
なるほど、そういうことか。
「要は意志というのはエネルギーを効率よく使うためのツールであると」
「そうだ、そしてこの場合お前の意志があまりにも強かったということだな。理論上では意志の力が強ければ強い程強力になっていくというが、普通はそう簡単にはいかない。」
「何故ですか? 事実自分の意志の力でエネルギーを何万倍にもできたはずです」
「単純に言えば貴様がおかしいだけだ。意志とエネルギーの関係で欠かせないので伝導率というものがあり、この伝導率が高ければ高い程、より意志がエネルギーに伝わりやすくなり強い力を出せるようになる、というわけだ。因みにこの伝導率はエネルギーの透明度によるもので、透明であればあるほど伝導率は高くなる」
「成る程、そういうことか」
今回神の威圧に耐えられたのは俺の『異世界に行きたい』という意志が強く、自分の中のエネルギーを恐らく何万倍にも膨らませることができた結果だろう。しかし――
「しかし、一体なぜ深時は威圧を発現させることができたのでしょうか? 意志やエネルギーがあったとしてもその力が表に出なければ意味がありません」
「やっと落ち着いたか、メイズ」
「はい、あまりの出来事に取り乱してしまいまして……。申し訳ありませんでした。ヴィスク様、そして深時」
「いえいえいえいえ! 謝られるようなことはありません。こちらこそなんか申し訳ないです」
そうだ、そもそも俺が余計なことをしたせいでメイズが混乱してしまったんだ。何もしなければおとなしく異世界に行けたのに。これからは心の中でもさん付けで呼ぼう。本当にすいません、メイズさん。
「ゴホンッ」
何となく変な空気になってしまったところを流石第一柱神ヴィスクが締める。俺もメイズさんも心なしか背筋が伸びた。
「メイズの指摘はいいところを突いている。そう、いくら意志が強かろうとエネルギーが有り余っていようと発現しなければゼロはゼロなのだ。それが何故このタイミングで発現することができたのか、それはつまり……、えー、なんだっけ小説の? まあその者のモノマネをしたからだろう」
「魔人テイルズの?」
「ああ、俺の威圧で本能的に危機を察知したのもあるのだろうが、それを表に出したのは魔人テイルズとやらのおかげだろうな。口調や表情、身体の動きだけではなくその雰囲気まで真似しようとした結果、それにふさわしい威圧が発現したのだろう。
その後メイズを気絶させたのは恐らくお前の異世界に行きたいという強い思いだがな。」
「なるほど」
これで辻褄があった。魔人テイルズが全てのキッカケだったってことだな。ありがとう、魔人テイルズ。
「そしてお前をこれから送る異世界『ウィンズ』ではそのエネルギーで成り立っていると言っても過言ではない。皆少なからずエネルギーを使って生計を立てている。ちなみにお前の望んでいるようなライトノベルのような世界であるはずだ」
おお、理想の異世界キター!! 剣と魔法の世界! ていうかこのおっさん聞き捨てならない単語発さなかったか?
「っていうかなんでヴィスク様がライトノベルなんて単語を……」
「俺は人間が好きでな。もちろん異世界の人間の中で流行っているものは大抵知っている。その中でもライトノベルは興味深い。まるでこちらの世界をのぞき込んだかのように精密に世界が再現されている」
「はは、そういうことですか……」
乾いた笑いと共にこの神が恐ろしくなる。人間好きなのは分かるが他の世界にまで手を出すとは……。しかも俺はこの厄介な神様に恐らく気に入られてしまった。向こうで期待外れなことをしたら殺されるのだろうか……。だけど神様にライトノベルが通用するのは素直に嬉しかった。
「ですが深時はもうあのような強力な力は使えないのではないんですか?」
「ああ、その通りだ。今回ここまで強い力を発揮したのは異世界に行きたい強い気持ちのおかげだ。この意志が無ければお前は先程のような強い威圧を発現させることはできないだろう」
「そ、そんなばかな……」
肩の力が一気に抜ける。わざわざ異世界に行って農民でもやれと言うのか、この神様は。いやそういうスローライフもいいけどやっぱり一発勇者とかになって魔王討伐したいものだ。
「しかしそのことは安心していい。貴様のエネルギーは綺麗だ。それもかなり純度が高い。恐らくほかの人間の為なら先程以上の意志を発揮するだろう。そういう色をしている。これは殆ど争いごとの無い地球を作ったあのお嬢ちゃんに感謝するんだな。ウィンズの場合幼い子供でも擦れて育ってしまうことが多くエネルギーもくすんでいる。そりゃ伝導率も低いはずだ。それと貴様にはとある試練を課す」
「試練!? え、なんで!?」
話の流れが急に変わって驚きのあまり声を上げる。
「何でとな。そもそも貴様には俺の右腕になってもらおうと思っていたのだ、それをお前の願い通り異世界に送ってやるのだから感謝こそすれ、文句を言われる筋合いは無いはずだぞ?」
「わ、分かりました……」
しぶしぶ頷く。異世界に行けるなら試練くらい構わない。
「ちなみにその試練というのは……」
「うむ、貴様らの世界で言う魔王を倒してもらいたいのだ」
「魔王、ですか……」
うおおおおお!!!! 本当に魔王とかいるの!? やった、夢の世界じゃないか!
でも外面では嫌な振りしておかないと。これで喜んでいたら本当に右腕にされかねない!
「驚きはしないんだな」
「え、ええ。小説でよく読んでいたものですから」
「してこの魔王なんだがな。百数十年前までは俺の配下、要はウィンズにおける神のような役目をやらせていたのだ。これについては隣のメイズの方が詳しいかな」
ヴィスクはそう言ってメイズに目配せする。
「ええ、今から約三百年ほど前、ウィンズの神として殆ど同じ時期に世代交代をした我々は数少ない同期として仲良くしていました――」
「え、ちょ、ちょっと待ってください。神が世代交代?」
「はい、我々ヴィスク様に仕える配下は五百年ごとにウィンズの神を交代するのです。しかし、非常事態以外でウィンズに顕現したり、人間界に直接鑑賞するとその任を解かれ罰せられるのです」
「は、はあ」
「しかし、今から135年前、急に不毛の地に彼が舞い降り、そこに住む獣たちに直接力を授け始めたのです」
「それはルール違反ですよね、世代交代すれば済む話では?」
「そうもいかなかったのです。何らかの形で神の力を持っているものはその領域に入れず、ヴィスク様でさえ干渉できなかった……」
「ええ! そんな馬鹿な、神様でしょう!? 何とかならなかったんですか?」
「ああ、どうにもな。苦肉の策で奴らの住まう土地には結界が張ってある。ウィンズ自体を破壊すれば済む話だが世界は俺たちのエネルギーの源だからな、何兆年と育ててきた世界をそう簡単には壊せまい」
「その結界からは魔王である彼は出てこれませんが、彼が力を与えた魔物は簡単に出入り出来てしまうのです。そのためそれ以降の約130年間、毎年少なくない犠牲が生まれている。というのが現状です」
「俺の見立てでは俺と貴様の生まれ故郷である地球のお嬢ちゃんのところ以外、残りの八柱神全員怪しいと思っている。誰かが裏で手を引いているんだろうな」
「そこで俺が魔王を倒してウィンズに平和を、と……」
「そういうことだ」
うわぁ、結構重い話じゃん……。さっきはしゃいでた俺を殴ってやりたい。
「頼めるか?」
神妙な面持ちで俺の顔を見ているヴィスク。もちろん答えは、
「はい。やらせていただきます。因みにその魔王の名前は?」
イエスだ。
「そうですね、伝え忘れていました。不毛の土地を支配しているのは『魔王ギデオン』。因みにウィンズではその土地の名前もギデオンとなっています」
「分かりました」
メイズさんの言葉にもそう言って頷くと、ヴィスクはおもむろに懐からあるものを取り出し俺に渡してきた。
「これは?」
「これはホイッスルだ。これを吹けばいつでもメイズがお前のもとに現れるだろう。ピンチの時にのみ使うのだ。ギデオンの土地では使えないから気をつけろ」
「はい」
「もう送るぞ、ウィンズはよろしく頼む」
ヴィスクが俺の頭に手をかざして力を込めているのが見える。そうして徐々に意識が遠のいていき、とうとう気を失った。