二話
今回は文章量が少し多めです。
「う、うう……。頭が痛い」
闇野深時は目を覚まし、上半身を起こし、後頭部を摩る。あまりにも寝心地が悪い、これは死者に対する冒涜なのではなかろうか……。そんなことを考えながら今度は立ち上がって伸びをした。
そしてぐるっと周りを見渡すと、そこに神がいた。
「やあ、初めまして、闇野深時君。俺の名前はヴィスクだ、よろしく」
人の好さそうな笑顔で寝起きの自分に挨拶をしてくるヴィスクという男。笑っているがオーラが凄い、凄すぎる。これが神でなきゃ一体何が神なのか。深時の額には脂汗が滲んでいる。どう答えようか考えていると、
「ほら、そんな最初から威圧するから深時が恐縮してしまっているじゃないですか!」
ヴィスクの横で立っていた侍従が話し出す。
「フッ、それもそうか。お前の言う通りだよメイズ。すまなかったな、深時」
ヴィスクがそういうと深時の身体全体を、まるで重力のように圧迫していた空気が霧散していく。目には見えないが身体は軽い。
そして目の前に座るヴィスクはウキウキしながら深時の言葉を待っている。
深時は目の前の神を見据えると
「どうも、闇野です。17歳で趣味は読書とアニメ鑑賞、ちなみに住まいは――」
「そんなことはどうでもいい」
「え?」
このオタク人生で身に着けた最も嫌われない自己紹介を遮られ戸惑う深時。
「深時、貴様の趣味や住まいなどどうでもよい。なぜ俺が君をここに連れてきたかわかるか?」
ドストレートな質問だった。なぜ連れてこられたのか。何か大罪を犯しただろうか……。
深時は考えるが、どうしても時間が経つと異世界召喚のことしか考えられなくなる。
「そんな漫画みたいな展開、あるのか……?」
「何?」
「あ、いえ、何でもないです。ところでヴィ、ヴィスク様?」
「ヴィスクで合っている、なんだ」
「一つ聞きたいことがあります」
「ほう。何でも言ってみろ」
異世界召喚もいいが、まずほぼ確信はあるが定かではない自分の状況を確認しなきゃ。そう思いこう質問する。
「俺は死んだんですか」
「ああ、角から出てきた車に跳ね飛ばされてな」
「やっぱり。家族は、どうしてますか?」
「ショックは受けているようだ。しかしまあ大丈夫だろう、幸い子供は貴様だけではなかったようだしな」
それならよかった。しっかり者の妹もいることだし心配することないか。でも夜中に黒ずくめで全力疾走したのが間接的にも原因なんて、恥ずかしすぎるっ!死因は厨二病です。とか言われるんだろうか! だめだ、死にたい! あ、俺もう死んでた! やったー!
「それで、貴様の質問は終わりでいいな。では今度こそ俺の質問に答えて貰おう」
深時が心の中で自問自答しているとヴィスクが再び空気に緊張感を足す。
しかし、自分が死んだと確信を得られたおかげで先程までの緊張は殆ど無くなった。死んでるんだから何も怖くない、そういう考えに陥ったからだ。
「神など怖くない……フフフ」
「……」
ヴィスクはしゃべらず答えを促すそぶりをする。
「ヴィスク様、いや神よ。そなたを神の中の神と見込んで願いがある」
深時はニヤつきながら神を見据える。顔つきも口調も先程とは打って変わって落ち着きがあるどころか、少しばかり威圧感まで身についていた。
ヴィスクは急変した深時の雰囲気に「ほう……」と一言漏らして、面白そうに片方の口角を上げ、封印していた威圧を開放する。
それは隣でただ二人のやり取りを眺めているだけだったメイズもギリギリ耐えきれるくらいの、先程のものとは比べ物にならない威圧。
「こ、これはっ! ヴィスク様! それほど強く威圧を人間にかけたら圧死してしまいます! 直ちにお止めを――」
「いいや、そうでも無いみたいだぞ。見てみろ」
そういったヴィスクの目線の先には微動だにせずうつむいている少年、闇野深時がいた。
「何故! 人間である彼がこれほど強い威圧に敵うはずがない!」
「さあ、なんでだろうなぁ」
深時はゆっくり顔を上げメイズを見やる。
「ハッハッハ、こいつは想像以上に面白い人間を引き抜いたようだ」
愉快そうに大声で笑うヴィスク。
その眼にはさらに驚きの光景が写っていた。
なんと、ただの人間である深時が一歩一歩こちらに歩を進めて来ているのだ。
先程からメイズは「あり得ない!」と連発している。
しかしもう深時は玉座まであと数歩のところ。
「それで? 俺の願いは聞いてくれるのか、神様よぉ」
着実に一歩ずつヴィスクに近づく深時は言う。
「ああ、いいだろう。特別だ。俺にここまで近づいた人間は過去に一人のみ。貴様は異世界に転移させるよりも面白い使い道があるかもしれん」
するとその言葉を聞いた深時は急に立ち止まる。
「急に歩みを止めて、どうした深時よ」
「い、異世界だと?」
「ああ、そうするつもりだったんだがな、どうやら異世界に送るよりも面白そうだ。どうだ、俺の右腕に――」
「い、いいい異世界で!!!!」
深時は焦った。そもそも異世界に召喚させようとしてこんな強硬手段に出たのだ。その行動が裏目に出るなんて考えられない。
「そうか、貴様は俺の右腕にして神にも等しい力を授けようと思ったのだがな」
「いや! 俺の願いはただ一つ! 異世界に召喚されることだ!」
そう言った瞬間深時からヴィスクとも見紛えるような強力な威圧が放たれた。
「クッ! なんだこれは!」
耐えかねたのはメイズだった。彼は最近ヴィスクにより召喚されたばかりだが数少ない第一世界『ウィング』の神も務める実力者である。そんな彼が気圧されるなんて尋常ではない。
ヴィスクの威圧と相まって気を失いそうになりながらすぐ目の前で「異世界に連れていけ」と、こともあろうか神に直談判している深時に気力を振り絞って叫ぶ。
「お前はっ、何者、なん、だ……!」
すると深時はこちらに振り返って、
「俺は……ただの人間だよ、異世界に行きたいだけのな」
といった。
「なんだ、それは……」
納得いかない顔のままメイズは気を失った。
「おい、深時。一旦その威圧を止めろ、側近が気を失ってしまったようだ」
「しかし止めろと言ったって――」
戸惑う深時を横目に、ヴィスクは玉座から立ち上がるとメイズのところまで行き、「まだまだだな」と言いながら手をかざす。
すると数秒で「うう……」とうめき声をあげながら起き上がる。
「自分でそれだけ威圧をしておきながら止められないと言うか。ならば仕方ない、強制的に止めさせてやろう」
そういうとほんの一瞬ヴィスクは深時を睨んだ。蛇に睨まれた蛙とはこのことなのだろう、急に息苦しくなり、その場で膝をつく。再び息ができるようになる頃には深時の威圧はきれいさっぱり消え去っていた。
「今のも、威圧……?」
「ハハハ、本当に面白い人間だ、一瞬でも本気で威圧を掛けたというのに気も失わずにいるとは。メイズは再び気を失ってしまったわ、ハッハッハ」
なんとも愉快そうに笑うヴィスクはまたメイズに手をかざしている。
「それで? 闇野深時よ、貴様はどうやって威圧を身に着けた? 最初あんなになよなよしかったのは俺たちを油断させるためだったんだろう、人間界では俺たちと同様の威圧を使えるものがほんの少数いるというのは小耳に挟んでいたんだ。貴様の世界で言えば武道の達人とかな。まあ唯一疑問なのは、なぜ貴様程の者があのような死に方をしたのか、というところだがそれも――」
「死んだときの話はやめてください」
思い出したくない記憶を突かれて深時はあえて遮るように言葉を発する。
「話題にしてほしくないということは、本当にただの事故だったんだな、ならば何故威圧を使える? 願いを叶えてやるのだから、これくらいは聞かせて貰うぞ」
「願い!? てことは異世界に!?」
「落ち着け、異世界に行くのはもう少し先だ、時間はあるのだから話を聞かせろ」
言いながらヴィスクは『パチンッ』と指を鳴らした。すると一人用のソファと紅茶が二つ乗った机が現れた。
もちろんソファは玉座と向かい合う位置にありその間に机がある。
そして実に面白そうにこう言った。
「さあ、楽しいたのしいお茶会の始まりだ」