十話
物語を書くのって難しい……。
「ど、どういうことだ!? こりゃあ!」
村の人々が生き返ったということで急いで村に戻ると戸惑っているブコツを発見した。
周りの袋を見るからにあれに死体を詰めて穴を掘っていたのだろう。
「どうしました、ブコツさん!」
俺は何も知らないふりをして走って近づく。
「どうして知らないふりするのよ、全部自分の成果にすればいいのに」
小生意気な妖精、シルヴィアも一緒だ。
「別に俺が生き返らせたわけじゃないし、例え言ったとしてもさっきのシルヴィみたいに信じてくれないだろうから」
「んー、まあ確かに。てかまだシルヴィって呼ぶのね、もういいわ。好きにして……」
「へーい」
諦めて肩で座りながら匂いを嗅いでるシルヴィ。全く妖精の威厳が無い。こっちの方が親しみやすいけど。
「おう、シンジ! 聞いてくれよ、さっきまで喰種になって死んでいた村のみんなが生き返ったんだ!」
「な、なんですって!」
精一杯の驚きを試みる。これでだれも俺がしたことには気が付かないだろう。
「ねえ、知らないふりするならもっとまともにやりなさいよ。この大根バカ」
大根バカって。大根役者と掛かってるのか、っていうかこの世界に大根あるのか!?
「さっきまで昏睡状態だった者も皆起きた。これは奇跡だ、シンジ!」
「そうですね、とりあえずみんな無事でよかったです」
「……お前、人が生き返ったっていう割に驚きが少ないな」
「えっ!?」
ブコツに図星を突かれて思わず声を上げてしまった。
「それにシャルルとエアリエルの二人のところにも寄らなかったみたいだし、加えて森から出てこなかったか?」
「ソ、ソンナコトナイデスヨ~」
「汗凄いわよ、きも……」
そういってシルヴィは俺の肩から飛び立った。
悪かったな、きもくて! そういう一言が俺を少しずつ傷つけていくんだぞ!
「も、森にいたのは落とし物を取りに行ったわけでありまして……」
「本当か?」
ブコツは一歩俺に近づくとギラッとにらみを利かせる。俺は既に涙目だ。
「まあいい。お前が強いのは分かるが起きたばかりであまり森をうろつくな、何があるか分からないしな」
「は、はい! すいません!」
「ハハハ! そんなに気合い入れて謝らなくていい。お前が何をしていたのか正確には分からないが、シンジ、またお前が何かしてみんなを助けてくれたんだろ?」
「は? 流石に俺は人を蘇らせることなんか――」
「分かってんだよ、お前はこの村を救ったヒーローだ、明日の夜お前を歓迎して宴を開く! それまでゆっくり休め! それと、今度こそシャルル達に会ってやってくれ。今か今かと俺の家でお前を待っているはずだからな」
ブコツの瞳は一点の曇りもない瞳で、この人は本当に俺を信じてくれているんだと、実感する。
今までの人生は信頼とは程遠いものだった。成績も運動能力も人並み以下、アニメとラノベが好きで、正義感が人一倍強いだけ。
――感謝されるって、信じて貰えるってこんなにうれしいものなんだなぁ……。
すると途端に今まで切れる寸前まで張っていた気が急に緩んだ。
「……うぅ」
俺は勝手に泣いていた。
「おいおい、泣くなって! こんなところあいつらに見られでもしたら――」
すると遠くから女性の声が聞こえる。
「あ、何してんの、お父さん!」
「シンジ! なんで泣いてるのよ!」
その正体はシャルルとエアリエルだった。
「い、いや俺が泣かせたわけじゃなくて、こいつが勝手にだな――」
「はぁ、お父さんは顔が怖いっていつも言ってるでしょ?」
「とりあえず家に行こうか、シンジ」
「……う、うん」
俺はエアリエルに連れられてその場を離れる。
「あ、ちょっと待ってよ!」
そして暫くすると父親であるブコツとの口論を終えたシャルルも合流して、久々に三人だ。
「あたしを忘れるな」
「イテッ」
するといつの間にか俺の方に舞い戻ってきたシャルルに首筋を噛まれる。
「吸血鬼か!」
「「え?」」
やばい、シルヴィが見えてない二人組がポカンとしていた。
「シンジ、急にどうしたの?」
不思議そうにエアリエルが訪ねてくる。
「いやあ、虫に噛まれちゃってさ。やたらデカくてうざい虫に!」
肩のシルヴィにこれでもかと視線を合わせて怒鳴ってやった。
「なんだと―! このやろう、粉かけんぞ、ゴラァ!」
おーおー、ご立腹だな。俺はそれを見て小さい声で「暴れると森から連れて行かないぞ」と囁く。
「なッ! ずるいぞ、この馬鹿!」
へへーんだ、知るか。さっき俺のこときもいって言った恨み忘れてねえぞ。
「そ、そうか。私たちには虫なんか見えなかったけどな……」
「ま、シンジは抜けてるから幻覚でも見たんじゃない? たとえば妖精とか」
シャルルが馬鹿にしたようにそう告げるが、それよりも妖精というワードが気になった。もしかしたらシルヴィアたちに関する情報が得られるかもしれない。
だから敢えて俺は知らないふりをして会話を促す。
「――妖精?」
「あんた、妖精も知らないの? いい? 妖精っていうのはね――」
シャルルが妖精のことを語ろうとした瞬間に、肩にいたシルヴィアが目にもとまらぬスピードで飛び立った。
「イタッ、目に何か入った! 異物感が凄い!」
「大丈夫!? シャルル?」
エアリエルはシャルルへすぐに駆け寄るが、俺は既に帰ってきているシルヴィアを見て、
「何してるんだ!」
と小声で話しかけた。妖精のことを話そうとしてシャルルの目を潰したということは聞かれたくないことがあるということだ、いくら勘の悪い俺でもわかる。
「おい、なんとか言えって!」
「うるさい! この馬鹿!」
「なんだとお前!」
話し合いにもならない。それに飛んだ時のあの速度、俺と初めて会った時とは大違いだ。「こいつは何か隠している」。それを俺は確信して、怪しまれないように俺もシャルルへと近寄って行ったのだった。
そのあとは特に何事もなく無事ブコツの家に到着することが出来た。むすっとしたまま動かないシルヴィアを除けば、だが。
二人はそれぞれ俺への感謝と身体の心配をしてくれて、そのまま「明日の夜の宴は一緒に出よう」と約束をして別れた。シャルルはこの家に住んでいるが、まだ片付けなければいけないことがあるらしい。
手伝いを申し出たが断られた。「あんたはまず身体を万全にしなさい!」とお灸をすえられて。
優しいな、二人とも……。
「それに比べてこの妖精は……」
ベッドで体育座りしている妖精をじっと見つめる。
「……何よ」
「何よ、じゃねーよ。なんでシャルルに粉をかけたんだ、別にお前のこと見えてるわけでもあるまいし」
「知らない」
「知らないって。お前がやったことだろ、頼むよほんと」
「……」
全く会話にならない。ならば欲望に絡めるしかないか……。
「何も話さないなら外には連れていけない。仮にもこれから仲間なんだ、信頼関係が築けないなら――」
「何で!? なんでそんなに無理やり聞き出そうとするのよ! 私だってシャルルにかけたくてかけたんじゃない! でもしょうがないでしょ、聞かれたくない話だったんだから!」
実に逆効果だった。それと共に反省する。
「確かにシルヴィの言う通りかもしれないな。人それぞれみんな言いたくない秘密は抱えてるからな……。ごめん、無理やり聞こうとして。話したくなったらいつでも話してくれ。ただ、もうシャルルや村のみんなに粉かけるなよ?」
「……分かってるわよ、この馬鹿」
この馬鹿に迫力がないな、声も震えてるし、もしかして――
「泣いてるのか?」
「うるさい!」
「フゴッ!」
ものすごいスピードで俺も群れに突撃してきた。そしてそのままグスグス泣いている。
「ちょ、くっつきすぎじゃないか?」
「べ、別にあんたが森の匂いするだけだから!」
ほう、これが世に聞くツンデレってやつですか。女性に泣きつかれるなんて初体験だが、相手がシルヴィだからか全く興奮しない。まるで妹みたいだ。小さい頃は可愛かったもんな、今は口も利いてくれない上に、俺の洗濯物は別で洗っていやがる。
親父のとは一緒に洗うくせに。そういうのはお父さんの仕事でしょう!?
妹のことは置いておいて、そのまま泣き続けるシルヴィの頭を撫でてみる。
「うえぇぇん」
さらに泣いてしまった。そんなに撫でられるの嫌か……。そう思い手を引っ込めると、
「な、なんっで! やめるの……」
上目づかいで訴えてきた。やばい、今のは萌える。
「い、嫌じゃなかったのか?」
「……」
どうやら嫌では無かったらしい。再びそっと頭に手を添えて撫で続け、そのまま小一時間シルヴィが泣き止むことは無かった。




