九話
「それで? こんな森の中までやってきて何しようっていうの?」
「あー、そういえば言ってなかったな」
「探し物があるって以外はね。それで、目的は?」
俺たちは最初に俺がグレイフットに襲われた場所の付近までやって来ていた。
「言って信じてくれるか分かんないけど……」
「まあここまで私を連れてきたんだから、信じる信じない以前に話してもらう」
「勝手に付いてきたくせに」
「え? 何か言った!?」
「はいはい、俺が頼みましたよ、もう……」
この妖精、シルヴィアは本当に人間に頭を下げたくないらしい。
「とある笛を探してるんだ――」
そこから目的地に到着するまでの小一時間俺の境遇をシルヴィアに説明した。
「はぁ!? あんたが別の世界の人間で神様に合うことが出来る笛があって意志の力が凄くてその力でマミルクを倒したって!? 信じられるわけ無いでしょ、このバカァ!」
思いっきり馬鹿にされた。いや、分かってたよ? 信じてくれないことくらい。でももう少し考えてくれてもいいじゃない……。
「挙句の果てにその笛で神様を呼び出して喰種になった村人を助けて貰おうなんて、虫がよすぎて鳥肌立つわ! この馬鹿!」
一息に喋ったおかげでこのうるさい妖精は肩で息をして静かになった。うん、ずっとそのままでいてくれ。
「まあ本当に蘇るとは思ってないけど、頼むだけ頼もうかなって」
「はぁ、本当にこの人間信用できるのかしら……」
今度は肩を落としやがった、こいつ。威圧すんぞ? オラオラ。
心の中でオラつきながらとうとうあの場所までやってきた。
そこは異常な光景で、グレイフットを中心に落ち葉が円を描くようにきれいに掃かれたようだ。
「まるでミステリーサークルだな、これ」
「ミステリーサークル? それにしてもこれは何? 見たところ刺さっている矢が致命傷ってわけじゃなさそうだし……」
ベテラン刑事か!
訝しげにグレイフットの死体を観察するシルヴィアを見て心の中で突っ込む。
「たしか、ここら辺に――あった!」
グレイフットから少し離れた場所の、最初に押し倒されたところで目的の笛を見つける。
「よし、これでメイズさんを呼べるぞ!」
「はぁ、あんたの妄想に付き合うのはもう疲れたから、早いところ済ませちゃって」
シルヴィアは気だるげにグレイフットの死体の上に腰かけている。
「なあ、お前流石にそれは妖精のやることじゃない――」
「早く!」
「あっ、はーい」
何をイラついてるんだ、あいつは。まあいい。今はそんなこと考えている場合じゃない。
「行くぞ」
スゥーっと思い切り息を吸い込んで笛にすべての息をつぎ込む。
『スー』
「あれ? 音出てない? も、もう一回!」
『スー』
「ねぇ、もういいでしょ? 疲れたから帰ろ」
「うるさい、ずっと俺の肩でくつろぎながら匂い嗅いでたくせして! ばれないようにするならもっとちゃんと誤魔化せ! 全部バレてんだからな!」
「え、うそ! 工作は完璧だったはずなのに! じゃなくて! もう帰ろうって言ってんの! 陽暮れるわよ、この馬鹿!」
「うるせい! もう一回だ!」
今度こそと、思い切り息を吸い込んで――
「あーあー! うるさいですよ! なんなんですか、何回も何回も鳴らして! 一回でいいの、一回で!」
目の前にメイズが降りてきた。
「あ、すいません。ちゃんと音出ないから――」
「聞こえてる! 聞こえてるんですよ、その音! 天上、つまりあなたが最初にいたところにはしっかり音は届くようになってるんです! はぁ、まあいいですよ、それでなんですか?」
「すみません、メイズさん。実は頼みたいことがありまして――」
「ちょっと待ったぁ!」
本題に入ろうとしたところで後ろのチビ助、シルヴィアに遮られる。
「なんだよシルヴィア。これから大事な話をするんだから少しくらい黙っててくれないか」
「なによ、その眼は! 親が大事な話をしてる時に騒いでる場違いな子供じゃないわよ!」
「ほんと突っ込みは上手いな、シルヴィ」
「私の名前を勝手に略すな! さっきのあなたの話本当だったの!?」
「そうだよ、言ってるじゃないか。最初から」
「だったらそういう雰囲気とか出しなさいよ!」
「そういう雰囲気じゃなかったのはお前だろ、人の匂いをクンクン嗅ぎやがって。犬か!」
「うるさい、この馬鹿!」
「あのー、そろそろいいかな?」
メイズさんが気まずそうにこちらを見ている! 気まずい! わざわざ来てくれたのに!
「す、すいません。シルヴィ、この話はとりあえず後回しだ」
「だから略すなって!」
未だに後ろでわーきゃーうるさいが話の邪魔なので、こういうおもちゃだと思おう、うん。
「それでですね、メイズさん。改めてお願いがあります」
「はい、なんでしょう」
「村の人を生き返らせてくれないでしょうか!」
俺はメイズさんに向かって思い切り土下座する。意味は分からないだろうが、気持ちは伝わるはずだ。
「……」
メイズさんは黙って少し考えるようなそぶりを見せた。
「そうですね、私もヴィスク様もあなたのこれまでの行動を見てきました。初めてこの世界に来たにしてはとても上出来です。マミルクという黒の獣使いの長まで倒して、まさに大活躍と言っても過言ではないでしょう」
「じゃあ!――」
「しかし蘇らせるということは不可能です」
「え……」
「すみません」
土下座の姿勢のままメイズさんを見上げる俺に視点を合わせるようにしゃがむ、神。
「この世界の生きとし生けるものはすべて生命の輪廻に還ります。そして新しい身体に再び宿るのです」
「でも!」
「それに魂を戻すことは可能かもしれませんが、彼らの身体は既に喰種と化し、再び魂を入れたとしても元の状態に戻ることは無いのです」
「……」
「あまり自分を責めるのはやめてください。転生したばかりで多くの人の死を目の当たりにするのは相当ショックなことというのは分かります。ですが、それを自分のせいにしてはいけない」
「……はい」
助けられなかった。この言葉が俺の身体の中をグルグルと回る。もう少し早く村に行っていれば。グレイフットなんかに手こずらなければ……。勿論すべての責任を俺が背負うのは傲慢だと思う、が、マミルクを倒せる力が仮にもあったということで、頭の中は反省と後悔でいっぱいになる。
そんな俺を見て何を思ったか、メイズさんは微笑む。
「……ですが。今回は特別措置ということでヴィスク様直々に全員の身体の浄化と魂の帰還を行ってくれました」
「え? そ、それは……本当ですか!」
黒い靄が一気に晴れる。
「ええ、ですがこのようなことは今後一切ありません。生命の輪廻、世界の流れを見るためにヴィスク様はこの世界を創造したのです。その流れを逆流するようなことはもうこれっきりです」
「ありがとうございます! でも、なんで最初に生き返らせれないなんて?」
「それはあなたに覚悟を作ってもらうためです」
「覚悟……ですか」
「そうです。この世界では昨日まで生きていた人間が死ぬなんてごく当たり前の出来事。それにいちいち躓いてもらってはこの世界を救って貰うなんて夢のまた夢ですからね」
「さあ! 私はこの世界の神としての務めもあるのでここら辺でお暇しますよ、それではまた」
そういうとメイズはブロンドヘアを揺らしながら天からの光に吸い込まれていった。まるでUFOに攫われるように。一つ違うのは、それがあまりに神々しいということだった。
そして俺はメイズさんが消えた後もしばらく眺めていた。




