第六面 : マッドサイエンティスト 中の後編
「とりあえずこれでよさそうかしら」
「…………」
無理やりに私の制服を着せた兄貴……いや姉貴かしら? が複雑そうな表情で姿見を見ていた。
「やはり男子の制服ではだめか」
「だめよそんなの」
「妹の制服と下着を着ている変態だと思われたくない」
「あきらめなさい。とりあえず今日一日は変態として過ごすのよ」
「……」
しゅんとした雰囲気を醸し出す兄貴。
「いい? ちゃんとバレないように気を付けるのよ」
「わかっている」
二人で相談してみた結果、やはりここは「謎の体験入学生」として潜入するのがベストだという結論になった。
「あんたが嘘を吐き通せないことは重々承知よ。だから何かあったらすぐに私に連絡しなさい」
「わかった」
本当にわかってるのかしら……
こくこくと頷くバカ兄貴を眺めて、私は眉間に指をあてた。
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「今日から数日間、体験入学する『房堂桜子』さんだ。よろしく頼むぞ」
「よろしく」
教員に紹介されて、私はクラスに向かって頭を下げた。
「スタイルいい~」や「クールビューティ~」などとちらほらと聞こえてくる。
毎日見ている面ばかりなのに、こうして挨拶をしていることに対して違和感をぬぐえない。
ちなみに、この房堂という名前は、私の元の名前を巧妙にアレンジしたものである。
「急だったからな……席を用意してないんだが……そうだ、ちょうど不動沢のやつがしばらく休みだったな。房堂、その窓際の席を使ってくれ」
「はい」
指示通りいつもの席に座ると前に座っていた小唄がくるりと振り返った。
「よろしくね、桜子ちゃん」
「よろしく」
10年来という付き合いだというのにこれっぽっちも私の正体に気づく様子のない小唄にむっとするが、しかしこれで正体が露呈しても馬鹿らしいので、私も初対面のごとく対応する。
今のところ上手くやっているだろう。
私は自分で得意になった。
女体化が切れるのがいつになるのかはわからないが、この分なら上手く高校生活をやり過ごせそうだ。
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『たすて』
謎の着信がスマートフォンに届いた。バカ兄貴からだ。
たすて?
意味が分からないわね。
「どうかなさいました? 比名子様?」
不安そうに私の顔を覗き込んでくるのは木実萌果という女生徒だ。眼鏡をかけた小柄な姿は小動物そののもので庇護欲をそそられるけど、しかしその見た目に騙されてはいけない。
その裏の顔は『不動沢比名子親衛隊』隊長であり、一年生全体を裏から支配する策謀家にしてカリスマ。こうして私と二人きりで昼食を食べられているのも、彼女の権力の強さを象徴するもの、らしい。
というかFHSってなによ。みんなで一緒にご飯食べればいいじゃない。
「じゃなくって、えっと、ねえ萌果?」
「なんですか比名子様」
「……その比名子様っていうのやめない? ちょっとやりにくいんだけど……比名子でいいわよ普通に」
「わかりました比名子様」
「……」
ともかく!
「この『たすて』ってどういう意味かしら?」
「『たすて』……? 誰からのメッセージですか?」
「私のあn――知り合いの子で、今体験入学をしてるんだけど……」
「そうですか。よかったです。抜け駆けは即処刑ですから」
「なんの話?」
「なんでもありませんよ、ふふふ……さて、そうですね……たすて、たすて……『たすけて』?」
私は教室を飛び出した。
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「バカあにk――じゃなかった、桜子! 大丈夫!?」
二年生の教室へ駆けつけた私が見た光景とは――
「ねえねえなんでそんなに肌綺麗なの!?」
「もっと髪伸ばせばいいのに~!」
「おっぱいおっきいなあ~うらやましい~」
「今日空いてる? この辺のいいお店教えてあげる!」
「あ! ずるい! わたしも案内したい!」
「わたしもわたしも!!!」
「うちがするんだもん!」
「…………あ、え、う」
女子にもみくちゃにされる兄貴の姿だった。
今まであれほどの人間とコミュニケーションを取ったことがないのだろう。兄貴はもうしどろもどろの極致だった。
なーんだ……あほらし……
あんなもの女子なら当たり前よ。
兄貴と目が合う。
助けを求めるその無表情に、私は「がんばりなさい」と口の形で伝えると、さっさと自分の教室に戻った。
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「ひどいじゃないか」
夕方。ボロボロになった兄貴が帰って来た。
「あら、遅かったじゃない」
「こわかった」
ペタンとソファに倒れ込むと、兄貴は抗議の眼差しで私を見た。
「あれくらい乗り越えなさい。それにさっき『マッドサイエンティスト』に聞いてみたけど、あんたのその体、一週間もすれば元に戻るらしいわよ」
「一週間か」
「短い?」
「長すぎる」
嘆息する兄貴に、私はどうしようもなく微笑ましさを感じて、思わず笑ってしまった。
「まあがんばりなさいよ。バ・カ・『姉』・貴」
「…………」
兄貴をからかってやると、私は食事の準備を始めた。
(これなら楽勝ね)
私は内心そう思っていた。
そう、まさかあんなことになるなんて、この時の私は思いもしなかったのである……




