最期は簡単
特に綺麗でもなく汚いわけでもないような部屋。
最近では趣味事もやる機会が無く、使う用途すら眠るだけになっている自室。今だって眠りにつくためにいる。
「テレビ...つけたまんまだけど、いっか」
遠くで小煩いテレビもリモコンを探して消すまでの気力がない。そうやって薄れかけの意識の中、後ろの戸に体重がかかってしまうのを確認しつつ眠りについた。
次に目を覚ますと覚めていなかった。見覚えのないだだっ広い所に放り出されているから。
さっきまで自室に居たのを覚えているのでこれは夢であろう。所謂、明晰夢だ。こんなにも意識は、はっきりとしている。
「足元、沼? なんで、つーか暗いな」
こんな広いような場所なのに明かりの一つもない。それに、足元が覚束ないのは下が沼地のように泥々としていてバランスが取り辛く、足を奪われ沈んでいくからだろう。
すると自分の手すら見えるか不安な暗闇で1人、蹲っている少女を見つけた。
不思議な事に少女が遠くからでもはっきりと見えた。
このおかげで暗いのではなく、黒いのかもしれないと思う黒いから明かりをつけても黒。暗闇なら照らせば色が見え、周りが見える。
しかし、黒一色ならどうか?明かりがついても黒のままである。したがってここが暗いという訳ではないなと思った。
「そんな分析してなくてもいいか...近づけって事だろうな」
見え見えの状況でパッと見つけた少女。ここまで段取りされれば話しかけないわけにもいかないだろう。
他に、何もない場所だから。近づいて話すのが吉。というやつかもしれない。
先程、明晰夢と例えたこの場所。あくまで夢の範疇に過ぎないが、このタイミングでこの状況。俺にとって大事な何かなのだろうか?夢が記憶の再構築だとすれば忘却の彼方にいる誰かかもしれない。
今更、誰に会えと言うのだろうか。
俺は夢にすら牙を向けられているのだろうか。
「って、まずは話しかけるとしますか。コミュ障なんだけどなぁ」
などとほざいているが内声は、夢だし失礼があっても大丈夫だろうと思っている。
少女に近づいて声のかかる範囲に入る。この言い方だと語弊があるだろう。声をかける範囲などありはしない。俺が声を大きく出せば彼女も反応するからであろう。
だから、近づいたのは顔を拝むためだ。
少女との距離もあと一歩という所まで近づいた。勿論、腕を伸ばせば届く距離。
俺は近づいて少女を見てしまった。それを考えたあの時点で辞めておけばよかったのだ。
少女の全身が余すところ無く痛みつけられている。
触れば今にでも死んでしまいそうな体。
「...どうして泣いているの?」
俺は心底驚いている。何故なら、今に言おうとしていたセリフを丸まんま少女から放たれたのだから。
「俺が? 泣いてなんかない。君こそ、どうして泣いているの?」
「ウソツキ。...ううん。ウソツキ、ウソツキ」
少女は確かめるように顔上げて三度、俺にウソツキと放った。俺も知らずのうちに泣いてしまっているのかと頬を触ったが、やはり泣いてなんかなかった。
「なぁ、どうして蹲ってんの? って言っても立ちっぱなしもあれか...」
自分で言ってて悲しくなる。いつも自分の疑問は自分で解いてしまうから自分を論破したみたいで心が苦しいような、なんというか。
「私を虐めないで! 私は...もう、立てないの」
少女が急に声を荒げたので目を丸くした。しかし、その後の消え入りそうな声がどこか痛々しいのも確かだ。
「どうして立てないんだ?」
「貴方が私を傷つけるから。私、疲れたの。ううん、疲れ切って、擦り減って...それで」
少女が初めて顔を上げる。その顔はやはり、傷だらけで見てる方も痛く感じてしまうほど。
でも、記憶にこんな少女はない。
「君は誰なんだ? どうしてここに? あ、てかここどこ?」
「私は...こころ。うん。こころ...貴方こそなんでここに? また痛めつけに来たんでしょう? 帰って。私、痛いのはもう嫌」
「帰れって言われてもな...気がついたらここにいたし」
なんだか平行線のような話し合いに意味もなく、飽き飽きとしていたので帰れるのなら帰りたいのが本音だ。
「つかさっきから痛めつけるとか言ってるけど、俺なんもしてないよな? そりゃ、ここにくんのも初めてで...君と会うのも初めてだから」
「ウソツキ」
短く返され、多少なりど苛つきを覚える。先までは少女だから、幼いから、などと贔屓目に見ていてあげたがここまでの一方的な拒否拒絶はカチンと頭にくる。
「おい」
おい、なんでそんな事言われないといけないんだよ。と声を荒げてやろうかと思ったが、一言で挫折する。
少女が怯えきっている。先程とは違い、目に見えて震えている。
「ごめんなさい! ごめんなさい! 許して! お願い! また...痛いのは嫌! ごめんなさい! 私何もしてないのに...いい子にしようと頑張ってたのに...もう嫌!」
俺の声を聞き、顔を見て急に怯えて、俺から距離を取って赦しを乞う。俺は痛めつける気なんてさらさらない。なのに以前もされたかの様に怯えている。
「大丈夫だから! なんもしないから! ほら、両手を後ろにやっとくから...ってこの場合、広げておく方がいいか? ま、なんにせよ敵意も何もないって!」
彼女を安心させるために武器を持っていない事と、攻撃する気がないと両手を広げてアピールする。
彼女もそれを見てやっと安心したのか、先程までの激しい怯えは目から消え去っている。だが、安心できない程度の怯えはまだ続いている。
先程の激しい怯えは俺が怒ったからだろう。一方的に突っぱねられて苛立ってしまった。俺の不手際だろう。誰だって初対面で心を開く人なんていないのだから。
「寝て、その状態で。仰向けになって」
震えた声で指令をだす。まぁ、足首まで浸かってる泥を無視すれば寝るのなんて容易い指令だ。多分、蹴り技とかそう言うのも不安要素になるんだろう。
それくらい、怯えきっているから。
「了解。ほれ、これでいいか? っておい!」
俺が両手を広げたまま仰向けで寝た。すると、少女が一瞬で俺に抱きついてきた。恋なんてしたことないここ17年の17歳からしたらドキドキしてしまう案件だ。
「ダメ? ダメじゃないよね。拒否しないもんね? ありがとう」
ヤンデレさんかと思ったが、俺も俺で離さない自分がいる。
ごく自然に少女の背に乗せた手がそこにあるのが正しいかのような、毎日こうして抱き合っていたのかのような、どこか彼女との距離が当たり前に感じた。
気がつくと手が勝手にリズムを刻んでいた。彼女が安心するように、甘えられるように。ゆっくりと、傷がつかないように、眠りに誘うように、背中を叩く。
彼女は落ち着いたのか安心したのかすぐに眠りについた。寝息が聞こえてくるのでこちらも安心した。
こうやって近くで見ても誰かわからないし、親しかった異性もいないのでますます闇の中ってやつかも知らない。
「あらあら。その子に何するつもりかしら?」
泥に半分埋もれた耳が凛とした声を聞き届ける。
「誰だ?」
「自己紹介は省かせてもらいますけど、その子のなんだろうね。私自身もわからないけど...その子の何か。でも必要なものはそっちじゃない。貴方がここにいる方が問題」
自己紹介が抜けたので誰様かはわからない。プラス、この子の何か。真実は闇の中じゃないですか...
そして、夢の中だから主導権はないと。むしろ、夢なのだから無くて当たり前。見せられるだけの一方的なもの。それが夢。
そして俺が今、自由に動けるのは明晰夢だからこそってやつか。見た事ないから確信持てないけど。
「この子も言ってたけど、ここってどこだよ。つか帰れんなら帰りたいけど」
すると後ろの女性は長い髪を手櫛で整えながら溜息を吐く。
「ここにいるって事は帰れないのでしょう。帰れない。けど、何かする。多分、和解...かしら?さぁ。私にもわからないけど、確かなのは『痛めつけるのはいつも貴方』よ」
またその話。この胸で眠る少女も言うように俺がこの子を痛めつけた記憶はない。しかし、少女が俺の顔を見て怯えたのも事実。
そして、目の前の女性が和解と放った。誰とであろうか。この子は...和解とまではいっていない?頭が困惑して仕方がない。
「覚えてない。仕方がない。でも事実よ。貴方が覚えていないなら、思い出させるだけ。見てなさい」
すると後ろの女性が手を叩く。瞬間、目の前に映像が出てくる。例えるなら映画館のような暗闇に平面の映像が見える。
「へへっは! うひぃひひ?! はっ! くふふ!」
映像内ではこの少女が一人の男性に嬲られている。男は気がどうかしているのか少女への攻撃はやめない。ずっと、ずっと、ずっと笑いながら。
少女は既に反応をやめている。その光景だけで何時間にも、いや、最悪何日間以上もの痛みつけを味わっていると確信した。
「あら、これはまだ軽い方よ?」
後ろの女性の声で我に帰る。しかし、また映像に意識が持っていかれる。それ程までに気に留まり、気がかかるのだ。
「ごめんね。ほら、おいで」
「...うん」
先程と同じ服装の男性が今度は少女を抱き寄せる。さっきの行為とは相反するものに俺の脳が追いついてはくれなかった。
「おいおい! こいつさっきまで、この子を!」
「静かにせ。ほら」
抱き寄せるため少女の手を引こうとする男性。少女も信じて差し伸ばされた手を引こうと自身の細い腕を伸ばすと
「ばぁぁ〜か! ふひひ?!」
「いたっ!」
少女の手の平にナイフが刺さる。
「こいつ...!」
初対面の少女のはずなのにこんなものを見せられてはあの男性に殺意が向くのもしょうがない。この男は最低だ。
どんな理由であれ、女性を痛めつけるのは人ならざる行為だ。
すると、不意に男性が今まで見せてた背中を消し、こちらに振り向く。
男性の表情は泣いていた。ずっとずっと、泣いていた。苦しそうな、押し潰されそうな、少女にも負けない泣きっ面。
でも、一番驚いたのは
「...俺?」
男性の顔は毎日鏡で見る俺のそれと変わらないものだった。
「私からすれば貴方は今でも泣いている。でも、貴方からすれば泣いていない。私からすれば貴方はその子を串刺しにしている。でも、貴方からすれば優しい抱擁」
「な...何を言って」
「目線の違い。仕方ないわね。ほら、私目線にしてあげますよ」
パチンと指を鳴らすと目線が変わる。まるでテレビのチャンネルが変わったように。
そこに映るのは俺と少女。自分で自分を見ている。まったくもって不思議な感覚なもんだ。
だけどもっと不思議なのは見ている自分に針が出ている。ハリネズミを彷彿とさせる自分が恐ろしかった。
「近づけば傷つける。まさしくジレンマ」
ハリネズミのジレンマ。転じてヤマアラシのジレンマ。互いに針を持つからこそ距離が近づけば傷つけあってしまう。実際は柔らかいのでそんな事がないらしいが、比喩表現としては的を得ていて、射ている。
「なのに、自分から...この子はなんで傷つくんだよ。こんな、こんな幼いのに。わかってるなら離れればいいのに、無理してまで...俺に近づくんだよ! なんで...」
声にしてみて改めて何をしているのかわからなくなった。彼女も俺も。
「それがその子だからよ。どんなことでも傷つかない訳にいかない。だって貴方だから。人一倍優しい人は人一倍傷つきやすいのよ? 貴方の場合は本質がそうであれど、別の要因もあるみたいだけど」
「ますますわかんねぇよ!」
「そろそろ気がついてるんじゃないの?こころ。起きてるんでしょう」
「うん」
寝たふりしてたのかよ。いや、串刺しになって寝ていられる奴はいないか。...ホント訳わかんねぇよ。ここにいる全員。
「ありがとうございました。さようなら」
少女から伝えられる突然の別れ。少女の顔は晴れやかな笑顔だった。怯えていたのが嘘だったように。
そして、少女の傷だらけの指が俺の首にかかる。
「かふっ...どうして...」
「貴方が始めたことよ。貴方で終わらせた事よ。貴方が理解出来たのよ。終わりが終わったのよ。さようなら」
そう言った女性が俺に口づけをすると俺の意識が遠ざかっていく。俺の終わりだろう。
『本日、○県で高校生の遺体が発見されました。警察側は自殺として扱うようです。高校生はドアノブにロープをかけ睡眠導入剤で眠り自殺したと公表されました』
どうか、あなたは、あなたじしんで、あなたのこころを、いじめないで。せめないで。かかえこまないで。
少し急ぎ足で書いてしまったのでここから修正をかけるかもしれませんが伝わればいいなと。深く、深く読んで頂ければ有り難いです。