第7夜 事件の始まり
前回のあらすじ
メイドはニューハーフ。
お兄様に引き取られて、2週間程経ちました。
新しい名前のシヴァリエも、自分でも前のアイリスの名前を忘れそうになるぐらい、慣れた。
私は今のところ毎日、お兄様がいる家にいる。時々、アンナが外に連れ出して街を歩き回るけど、何故か色んな人が私を見つけると一斉に見つめるからか、アンナが凄く居心地悪そうにするの。だから、あまりお外に行きたいとは言えなくて、アンナのペースに任せている。アンナはすっごく二面性のある人だ。お兄様や他の使用人の人達の前では凄くおどおどしているのに、ターザさんやサウスさんを前にすると口より先に手が出る人になる。気安い人には後者になるのかもしれない。とはいえ、どちらもアンナだから、私はどちらも好きだけどね。
そんなこんなでお外に出るのを控えた私がこの家でしていることと言えば、読書だった。特にやって来てから数日はずっとね。今は違うけど、来たばっかりの時はそれぐらいしか出来なくて、あのお兄様に最初に案内されたあの部屋、執務室に本があるのは知っていたから、お兄様に断って借りていた。基本的に異国の本も混じった難しい本ばかりだったけど、私でも読めそうなものも結構あった。特にフローレンスとか他の国の歴史書を翻訳した本は、その国の神話の話も書いてあって面白い。不思議と神話の話はどの国でも似たようなお話なの。それが人間中心か、魔族中心か、獣人中心か‥‥国の主要な種族が中心となって描かれるから違うように見えているだけだ。
でも、確かにその本は面白かったけど、時々知らない言葉が出てくる。今は使われていない言葉、辞書にも載ってないから、凄く困ったのだけど、割と早く解決した。
「この言葉は?」
「‥‥乱暴する、だな。」
「これは?」
「貢ぐ、捧げる、見捨てる。」
そう、お兄様が教えてくれたんだ。
使用人の人達に聞こうかと迷っていたけど、お兄様が分からない私を見かねて教えてくれたから、良かった。えへへ、やっぱりお兄様は優しい。ただ何故かそのことを使用人の人達に話したら、みんな凄く動揺していた。なんでだろう?そんなことする人じゃない、とはみんな口を揃えて言うけど、いつもお兄様に助けられてる私からすれば、やっぱり分からない。若しかしたら、雇用主で使用人に厳しくする立場だから、そういう面を極力、使用人の人達には見せないようにしてるのかもしれない。だったら納得できるかも。
そして、お兄様は更に私を見かねて気を配ってくれた。
「‥‥教師をつけるか?」
「え?良いの?」
そう!この度、私の専属の家庭教師がつくことになったの!わざわざお兄様が手配してくれたんだ。凄く嬉しい。
この領地には地元の子供が行く学校もあるけど、カリキュラムが違うから、私じゃ行ってもあまり意味がないらしい。元々前世の知識とローザレンス家で学習した知識があるからね。だから、学ぶとしたら教師を呼ぶしか無かった。
うん。兄様さまさま!
アンナにそれを報告したら「‥‥もしかして、ハルト様はお嬢様にゲロ甘‥‥?」とか何か言ってた。アンナの中で、何か疑惑が出来たみたい。甘いって感じはしないんだけどな。
ちなみにその家庭教師の先生は超美人なお姉さんだった。下半身がヘビで最初はびっくりしたけど、何より初対面で見ちゃったのはその胸‥‥。メロンだ。スイカかもしれない。大きい凄く凄まじく大きい。同性の私から見てもちょっとびっくりする大きさ。ちなみに私に胸はまだない。8歳だもの。
「あら?可愛い~!この子が私の生徒さん?」
先生の名前はカタリナさん。ラミアの一族なんだって、ラミア‥‥そういや神話に出てきていたな。凄く歴史の古い種族なのかもしれない。
そんなカタリナさんは勉強を熱心に教えてくれる。ただ何故か膝の上に座って後頭部をそのふわふわっな胸に埋めないと勉強を教えてくれないんだよね。
「うふふ。いいわぁ、この体勢、イケナイこと教えている気分になっちゃう。」
とか、カタリナさんは言うけどどういうことなのか分からない。ただ虎の頭をした使用人さん‥‥アルカさんだったかな?その人が、えーぶい、ハイメンザイ、1歩間違えたら、薄い本とか言っていて、何なんだろう。あと時々カタリナさんはお腹とか太ももとか擽ってくるから本当にびっくりしちゃう。イタズラ好きなのかも。きゃあきゃあ言いながら楽しんでいるんだけど、それをしているとお兄様が無言でじっとカタリナさんを睨むので、カタリナさんは割とすぐに手を引っ込める。うん、やっぱり勉強に集中しないと行けないよね、楽しくても。
「‥‥摘み食いしたくなるのよね‥‥。可愛い子見てるとねえ?」
「?つまり、オヤツが欲しいんですか?」
「うふふ‥‥。何も知らなくていいわよ、シヴァリエちゃん。今は、何もね。いつかカタリナお姉さんが手取り足取り教えてあげるから。うん。頭のてっぺんから、足の先までずっとね。」
「?」
よく分からないけど、そんなことを抱きしめられながら言われた。この真っ白さ、染め上げたくなるわぁ!ハクダクに!とかも言っているけど、ハクダクってなんだろう?汗ダクみたいな言葉だね。正直にそう言ったら、カタリナさんのテンションが上がった。‥‥何なんだろう‥‥。
まあそんな先生だけど、教え方は丁寧だ。異国語も教えてくれるし、私の苦手な数学もちゃんと教えてくれる。分からないところは分かるまで、やってくれるから嬉しいな。
「シヴァリエちゃん、10歳になったら魔法もちゃんと教えてあげるからね!そしたら、もっとお姉さんと一緒に、もっとディープなこと教えてあげるからね!」
「はぁい!」
そういうカタリナさんに、アンナが「ディープが意味深過ぎる‥‥。」と独り言を言っていた。ディープはディープな気がするけど、アンナがそう言うなら、そうかもしれない。だって、カタリナさんは凄くいい先生だからね。私じゃ考えつかないような勉強の仕方を考えているんだよ。きっと。
‥‥うん、回想すると結構濃い2週間だね。
この2週間、特に何事も無く平和だった。
‥‥ローザレンスの家族や‥‥何よりフードさんが心配だけど、ここじゃ分かりようがないもの。
でも、何だか最近は不穏だった。
帝国の王様が決まったとかで、若しかしたら攻めてくるかもしれないから、サウスさん達や、街の人達が戦争の準備を進めてる。お兄様も毎日夜中まで何かしているし、使用人さん達も総出で食べ物だったり、水だったり貯蓄して保管している。
どこか街もピリピリしていて、呑気にしているのはカタリナさんだけだった。
「慌てたって仕方ないですもの。来る時は来る、来ない時は来ないものですわ。それに私は私の天使を愛でるのに忙しいのです!」
そう言われて胸に抱き潰されかねないくらい強めに抱きしめられた。暖かい。天使って誰だろう?私かな?でも、天使って金髪碧眼を指すんだって本には書いてあった。うーん、まあいいか。
街はどこか不穏だけど、比較的まだ私は平穏だ。いつかは戦争に巻き込まれるのは分かっているけど、みんないるからきっと大丈夫。
お兄様からも「心配するな。」って言われたし!‥‥ただ何故かそうお兄様が言ったら、グラスゴーさんが皿を落としたけど。
「‥‥ハルト様が‥‥気遣い‥‥!?」
‥‥グラスゴーさんの中のお兄様ってどんな人なんだろう?
今日は家にある馬小屋に来ていた。
アンナさんに馬には乗れた方がいいって言われて、乗馬の練習をしているんだ。最初は大変で乗れても落ちそうになったり、指示がよく伝わらなかったり大変だったけど、家の馬さん達が優しい馬ばかりで良かった。根気強く私が乗れるまで付き合ってくれたもの。気遣いが出来る馬だってシーラさんが言っていただけある。
だから、今日も乗馬の練習を‥‥って。
馬小屋の側にある藁を詰める納屋から音がした。何か生き物がガサゴソと寝転がるような不思議な音。シーラさんがいるのかしら?でも、今日はアルカさんと燻製作りに行ってくるって5mくらいの大きなオークを引きずっていったから、いないはず‥‥。
「誰かいるの?」
納屋に入ってみる。猫でもいるのかなぁ。
すると、そこにいた‥‥“人”と目が合った。
「!?」
「!!」
茶髪に茶色い目の男の子だ。私と同じくらいの。入っていきなり居たからびっくりしちゃった。迷子かなぁ‥‥?男の子は私を警戒しているようで、こっちを睨んできた。
「だ、誰だ!?」
多分、それ、私の台詞じゃないかな?なんというか‥‥お兄様の敷地に入ってきてるのは男の子の方だし。だけど、威嚇する猫みたいに男の子がこっちをじっと睨んでいる。うーん、どうしよう?
「あなた、どこから来たの?お兄様のお客様?」
とりあえず聞いてみよう!会話が出来そうだし!だけど、何が悪かったのか、その私の言葉に男の子はあからさまに動揺した。
「おにいさま‥‥?」
ん?お兄様がどうかしたのだろうか?男の子は次第に口角を上げて、絵に書いたようにニヤリと笑った。
「ちょっとお前‥‥着いてこい。」
そう男の子が言った瞬間、私の背後に3人の影が立った。
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同時刻。
「‥‥グラスゴー。」
執務室にいたハルトがそう呼びつけると、側に控えていたグラスゴーが慌てて、ハルトの呼びつけに返事をした。
「はい。何でしょうか?」
ハルトが呼びつけるなんて珍しい。そう思いながら、グラスゴーはハルトの言葉を待った。‥‥後で思えば、実に呑気にその時構えていたと後悔するような気軽さで。
ややあって、ハルトは口を開いた。それは耳を疑うような話だった。
「侵入者が3人、いや、4人。」
「え?」
「シヴァリエが連れ去られた。」
「はい!?」
驚愕するグラスゴーにハルトは無表情のまま、目を細めた。そこに一体どんな感情があるのか、どんな考えがあるかグラスゴーには分からない。だが‥‥何故だろう。僅かに彼が焦っているような気がした。
「行け‥‥帝国の奴らだ。」
帝国。その言葉に目を見開く。
「はい。ただ今!」
その指示にグラスゴーは背筋を伸ばし、その場から直ちに外へ出た。