第6夜 ニューハーフ?
前回のあらすじ
怪しい~御領主と魔女。
アンナが蹴り上げたその男が地面に転がって呻く中、アンナは機嫌悪く「フンッ!」と鼻を鳴らして、そっぽを向いた。そんな彼女にシヴァリエは呆然としている前で、呻く男が観念したように手を挙げた。
「マジ、容赦ねえな‥‥お前。」
それにアンナは低い声で。
「誰がロリコンだ‥‥!」
そう詰め寄った。恐ろしく女には聞こえないほど低い声である。思わずシヴァリエはびっくりしたが気づく人間はここには居ない。緑髪に日焼けした肌の人間だろう男はそんな彼女に大真面目に言った。
「いやあ、俺から見たらさぁ‥‥いい歳した“男”が幼女を連れて誘拐している図にしか見えなくて‥‥。」
そう男が告げると同時に男の股間はまた蹴り上げられた。自業自得。またしても自身の余計な一言によって呻く男に、アンナは肩で息をしながら、怒りに沸いていた。
「それ以上、お嬢様の前で無駄口叩かないでくれないかなぁ!?」
「お嬢様?」
そのアンナの言葉にアンナと男の会話に交じる気がなかったモンスターを運んでいた男達もまた、反応し驚いた。
市場の隅にある大衆食堂で男達の大きな笑い声が響いた。
「へえ、あの領主様に妹ねえ。」
「なかなかべっぴんちゃんじゃないか。」
「てか、目の色が一緒だべさぁ。言われなきゃ本当に兄妹だべ。」
「お嬢ちゃん、なんか食いてぇもんないか?」
「アンナが嬢ちゃんの世話係なんか?嬢ちゃんも大変だぁな。」
男達はこの街で生計を立てる狩人の1団だった。この領地は帝国と隣接しているため、そちらから街に向かってモンスターがやってくることが多く、農作物を荒らすので、各地にいる狩人で構成された武装集団がモンスターを毎日のように狩っていた。やってくるモンスターが城壁内にはいないような凶暴なモンスターばかりで命を常にかけるようなリスキーな仕事だが、基本、フローレンス内では珍しいモンスターばかりなのでその収穫物は全ての部位が高く売れる。リターンも多い仕事だった。
「まあ、マントルモグラとかは向こうでも珍しくねえから、こういう大衆食堂に卸売するしかねえんだけどな。その場合、収入が著しく減るのがこの仕事の唯一の不満だな。」
そう話すのは、この1団のリーダーだというサウスは赤茶色の艶やかな鱗を持つリザードマンだった。
「しかし、嬢ちゃん。俺達ゃ領主様の私兵隊って言う副業をしているんだよ。下手すりゃ毎週会うな!」
そうサウスは豪快に笑う。周りの男達もよくよく考えりゃそうだ!とゲラゲラと笑った。
そんな男達の中で、シヴァリエは隣にいるアンナに小声で質問した。
「私兵隊ってなあに?」
それにアンナは何故か渋りながら答える。
「貴族が持つ自分専用の親衛隊のようなものです。とはいえ、領主様のそれは緊急時に前線にすぐさま派遣する部隊を意味しているのですが‥‥。」
つまり、戦争が起こったら、真っ先に死にに行く部隊‥‥。聞いていてシヴァリエもそれが分かったのか、ヒッ、と小さく息を飲んだのをアンナは聞いた。だから、言いたく無かったのだ。
するとそんな会話を聞いていたのか、先程までアンナの蹴りで呻いていた男が、実に明るく話しかけた。
「なあに辛気臭い話をしてんだ。まあ、確かに前線配置だが、やることは毎日やってることと変わんねえ。今日死ぬか明日死ぬか、ここで死ぬかあそこで死ぬかの違いだ。」
それは何とも刹那的なドライ過ぎる考え方に聞こえた。それにアンナは苛ただしげに目を細める。
「あなたねぇ‥‥。」
口調がいきなり崩れ、男性のような声の低さになるのに、シヴァリエは驚く。そんなシヴァリエに気づかず、アンナは罵倒するように続ける。
「ターザは黙ってくれ。お前の野良犬論にはごりごりなんでな。こちとらお嬢様の身を預かってんの。お嬢様がお前の考えに染まったらどうしてくれんだよ。あの領主マジで怖いんだぞ?」
しかし、そのアンナの言葉はアンナの意に反して、サウスを始め男達にゲラゲラと笑われた。
「え?何?」
なぜ笑われるのか分からないアンナだったが、ターザと呼ばれたその男が端的に説明した。
「アンナ、地が出てっぞ。」
そう言われて、アンナはしまった、と口を塞ぐ。そうして、シヴァリエの方を向く。シヴァリエは戸惑っているようで、そんなアンナに問うた。
「‥‥アンナは‥‥ニューハーフっていうのなの?」
その問いに食堂にいた男達はどおっと大笑いをした。
「ニューハーフ!」
「これまた新しい言葉を聞いたものだ。」
「要は男と女のハーフアンドハーフってことだよな!?」
「あー笑った笑った。」
「アンナはそうか!ニューハーフか!」
どうやらニューハーフという言葉を彼らは聞いたことが無く、だが、アンナを表現するにはぴったりという他なかった。
「アンナは小さい頃は男だったんだよ。」
サウスがそう説明する。
「今はポピュラーだが、当時はまだ珍しかったことに、14くらいの時に性別を魔法でコイツは変えたんだよ。でも、体はまだ女と男が混ざった状態だから、未だに男のひっくい声が出るんだ。」
性別すら選べるという世の中の文化にシヴァリエはとても興味深けに目を光らせる。そんなシヴァリエを横目にアンナが「職場の人達には明かさないつもりだったのにー!」と食堂の隅で壁に拳を当てて後悔していた。それを愉快に思った男達の笑い声がまた湧き上がる。
「そっか。アンナさんはどちらでもあるんだね。」
最初は戸惑っていたシヴァリエだったが、最後は納得して、静かにアンナを受け入れた。そんなシヴァリエを見て、サウスとターザが互いに耳打ちする。
「嬢ちゃんは意外と寛容な方だな。」
「あの領主が妹にしたと聞いた時はどんな子かと思いましたが‥‥。」
「しかも、賢いと来た。あと‥‥。」
サウスはその長年、狩りで培ってきた勘が自分の中で警告のように鳴り響きながら伝えるそれに目を細めた。
「‥‥何だか“目が離せねえ”な。」
「?リーダー?」
「いや、悪い。変なことを言った。」
サウスはその爬虫類独特の丸く鋭い目でシヴァリエを見据える。
(嬢ちゃんから目を離そうとしても目が嬢ちゃんに戻る‥‥。俺の勘がそれに注意しろ、というが一体‥‥?)
だが、それは本当に些細なものだ。簡単に振り払おうと思えば出来るもの。だが、それは言わば、振り払おうとしない限り、自身の目はずっとシヴァリエの方を見るということだった。
(呪いか?‥‥にしては、弱すぎる。)
サウスは若しかしたらこれが領主に引き取られた理由かと持ち前の勘で思ったが、そこで自身の思考を放棄した。
あの領主の考えを理解しようなんざ、恐らく数百年あろうと足りない。考えるだけ無駄である。
「アンナさん、アンナさん。」
「お、お嬢様‥‥?」
思考を放棄したサウスの視界の中で、シヴァリエがアンナに先程、厨房からやって来た出来立ての料理を勧めていた。食べて落ち着きましょう、ということらしい。目が離せないのはさておき、優しい性格なのは見ていて分かる。その精神は完全なる善だ。やや気になるところはあれど、こんな心の持ち主ならば、心配は要らないだろう。
問題になるとすれば、この嬢ちゃんから目が離せないというのに深入りする“勘違い”が出ないかだろう。
(本当に大丈夫かねぇ‥‥。)
サウスは心配しながらも深くは考えず、目の前の飯に気を移してしまう。
‥‥その懸念が近い内に当たってしまうとも知らずに。