第57夜(学園編) ラキシスという少年。
前回のあらすじ
レーヴェンス流、魔王を倒した剣術。
シヴァリエが明連と話していた頃。
辺境伯領にて、1人の少年が滅入っていた。
本当に滅入っていた。
壮絶に滅入っていた。
どうしようもなく絶望的に滅入っていた。
「さあ、吐きなさい。吐くんですよ、さあ!!」
「タスケテ‥‥ホント‥‥ダレカ‥‥。」
「尋問はまだ終わってませんよ!!さあ、吐くんです!!プロデューサーとはなんです?ねえ?何なのか!!」
少年の目の前には嬉々と尋問‥‥もとい拷問をしている雇用主、そして、海老反り固めの体勢で縄で幾重にも縛られ、天井から吊るされた上に、火の灯る蝋燭の溶けた蝋をその体に垂らされるという趣味の悪すぎるえげつない拷問を受ける青年魔族‥‥曰く、辺境伯領の領主の召使いだという彼。
そして、少年はジュリオの命令でその青年に燭台に溜まる溶けた蝋を一滴ずつ垂らしていた。
魔族だから火傷しないらしいが、痛みはあるらしく、さっきからひっ、うっ、と青年は悲鳴を上げる。それをジュリオは楽しそうに見ているが、少年はひたすら光景にドン引きするだけである。誰が好きで野郎に責め苦を与えなければならないのだろう。これがボンキュッボンのお姉さんなら見たい気も‥‥あっ、やっぱりやめておこう。少年はまだノーマルでいたいのである。‥‥おっと現実逃避が過ぎた。
少年はただただ嵐が過ぎ去るのを待つことにして、こうなった自分の不幸な人生に思考を逃がした。
少年の名前はラキシス・アルカディ。
彼の知らない話だが彼は『Fortune Love 8』の攻略対象の1人である。また、ユリアが一時期狙っていた少年でもある。
そんな彼の生い立ちは複雑である。アーズワース商会会長が行きずりの娼婦との間に作った子で、生まれて早々会長には息子として認知されず、娼婦からは育てられないと捨てられた。その後、孤児院で育ち、利口だったことから子の無い子爵の家に引き取られることになったのだが‥‥彼の本格的な不運は8年前の戦争で、敗戦したことから始まる。
子爵の領地は魔族の侵略によって無くなり、子爵自身も魔族の奴隷を買っていたせいで魔族に惨殺され死去。結果、子爵家はあっという間に潰れてしまった。
‥‥それだけなら、ラキシスも良かった。
だが、孤児院に出資していた貴族達も襲撃事件や戦争で死去、ラキシス他乳幼児や12歳ぐらいの少年も含めた19人の子ども達は孤児院を運営していた大人達からも見捨てられ、孤児院の土地も没収されたことから路頭に迷うことになる。
これが8年前である。まだ幼いラキシス達は浮浪児として食べ物を求め、王都のミドルエリアを居場所なく徘徊する生活を余儀なくされた。
戦争が無ければ、今頃、貴族の家で暖かいご飯と柔らかなベッドで寝ていたろうに、ラキシスは毎日ゴミを漁り、市場で泥棒し、路地をうろつく人間から財布をすりながら何とか毎日を生きていくことしかできなかった。
だが、転機は訪れる。
そんな彼らを救った‥‥いや、雇用したのがジュリオだった。
辺境伯領で商人をしているという彼女は、ボロボロの服を着て何日も風呂に入ってなくて土汚れたラキシスを見てこう言ったのだ。
「貴方、見どころがありますよ。どうです?身の保障と人生の保証をしますので、うちで働きませんか?」
それにラキシスは即頷き、病気や飢えに苦しむ仲間達と一緒に辺境伯領へ行くことになった。
しかし、ラキシスはその時になってから気づいたが、美味い話には裏があるのが当然である。このジュリオに引き取られるという美味い話にも‥‥裏はあったのだ。
ラキシスはジュリオと雇用契約を結んだ二日後、身なりを整えられ、最低限の礼儀を教えられると、わけも分からぬままジュリオから引っ張り出され、アーズワース商会に連れてこられた。
目の前には明らかに心底から苛立っている金髪青い目の青年。隣にはジュリオ。その二人の間でラキシスは完全にその青年と‥‥青年を煽るように微笑むジュリオに萎縮していた。
「‥‥というわけで、会長殿の御落胤を発見しましたので、先日、言っていた報奨下さい!」
「先日って‥‥まだ三日前だろうが!?しかも、発見したのは即日のうちってどういうことだ‥‥!」
若、と呼ばれるアーズワース商会の次期会長は呆れたようにため息を吐きながら、苛立ちを隠さないまま、ジュリオに舌打ちした。
「金が絡むと本当に嫌なぐらい有能だな。明日ぐらい死んで欲しい‥‥。」
「あはは、だって商人ですから。てめえが死ねよ。」
「はあ?」
「ああ?」
売り言葉に買い言葉。若とジュリオは随分と仲が悪いらしく。目の前にいるだけでお互いイライラするようだ。
若の目の前には明確な親子関係を示す魔法による遺伝子鑑定書がある。偽造ではないことを示す鑑定した魔法使いの血判まで押されていた。それに若は酷くイラついた舌打ちしていた。
ラキシスはどうやらアーズワース商会会長の息子であるらしい。もしかして引き取る為に連れてこられたのか、ラキシスはそう思った。
だが、若は鼻で笑った。
「言っておくがそこの少年を引き取る気は無い。いるならいると分かっただけで構わない。報奨は払うが、その後は知らん。奴隷にするなり何なりすればいい。」
「おや、本人目の前でよく言えますねえ。」
「フン、血縁を理由に会長に成り上がろうとすれば、即座に殺す。いいか、分かったか。ラキシス・アルカディ。これは温情だ。お前は会長の唯一の子息。俺に歯向かう連中に担ぎ上げられては困る。故にお前は常々監視される立場になる。監視だけで生かされることを光栄に思えよ?」
物騒、超物騒すぎる宣言をラキシスはされたものである。震え上がるラキシスだったが、隣にいるジュリオは決して案じたり慰めてくれたりする訳ではなく、報奨として貰った金貨500枚の枚数を確認するのに夢中になっていた。
幼きラキシスは悟った。
ああ‥‥僕は崖っぷちに変わりはない、と。
しかし。
金に強欲‥‥否、金に正直なジュリオに利用されたラキシスだったが、働き場所として連れてこられた辺境伯領での日々は意外にも快適なものだった。
ジュリオの部下が使う職員寮の一角を孤児院のみんなで暮らせるよう改装してもらい、日に2食の食事と、地元の学校への編入を融通してもらった。因みに何故日に2食かというと、学校で給食が出るからだ。
そして、学校が無い休日はひたすら仕事の勉強をした。マナーや礼儀、話術、それと運営だったり流通だったり‥‥仕事の取引相手の手伝いという名目で産業スパイみたいなこともやったり‥‥。将来、商人になることがジュリオとの契約だった為だ。
ラキシスを始め彼らは劇的に変わった生活に驚いたり、戸惑ったりしながらも、衣食住揃った生活を喜んだ。
それから8年。
ラキシスはジュリオの事務所で働いていた。
有能さが認められて、彼はプチ出世し、主に農産物の輸出業を取り扱う部署の新人を取りまとめるリーダーとして働いていた。
努力すればするだけ全て報われる職ではないが、プチ出世して給料が増えたことでラキシスは贅沢も覚え、そこそこ裕福な幸せな生活を手に入れた。ゲーム内のラキシスのように子爵の息子になっていたら手に入らなかった幸せである。アーズワース商会からの監視は未だにあるが、ラキシスはアーズワース商会と関わらず、このまま辺境伯領で生きていく決意を固めている。いつかその取引がしたいとラキシスは思っているのだが‥‥。
やはり、彼の日常をぶっ壊すのは彼女なのである。
「我慢の限界です‥‥。」
事務所の所長用の机で、そうジュリオは聞いたことがないような低い声でそう言った。周辺はブリザードが吹き荒れているようなマイナス状態。ジュリオの怒りが天元突破して絶対零度状態になっているようだ。
周りの職員はそんな彼女に巻き込まれないよう、そうそうに駆け足で逃げた。だが‥‥そこに運悪く。
「ジュリオ所長、去年の純利益が‥‥‥‥あっ‥‥。」
ラキシスはそんなジュリオに近付いてしまったのである。何も考えず定期の報告に来たのが彼の大きな間違いだった。気づいた時には既に死亡フラグが立っていた。
ラキシスをまるで獲物を見つけた捕食者みたいな目で見ながら、ジュリオはにっこりと微笑んだ。
「ラキシス?」
「‥‥はい‥‥な、なんでしょうか‥‥?」
「今から、有休取りなさい。」
「えっと‥‥それは‥‥何故でしょうか?」
「質問は許しません。有休取りなさい。あと馬車出して、倉庫から縄梯子用のロープと蝋燭と燭台‥‥あと最近開発してまだ実証実験していないスタンガンも持って来なさい。」
「えっと拒否権は‥‥。」
「あるわけないじゃないですか。さあ、早く。10分で用意しなさい。」
横暴!暴虐無人!!ラキシスは内心、叫んだが悲しいかな‥‥彼女には逆らえないのである。
こうしてジュリオに言われるままに着いたのは、辺境伯領の領主、ハルト・マイネス伯爵の屋敷だった。
ラキシスは初めて来た場所だが、ジュリオは何度か来たことがあるのか、スタスタと屋敷の中へ向かっていく。そして、屋敷の外でラキシスに待つよう言って、屋敷の中に入っていった。
何をしているのか気になって、ラキシスは耳を済ます。聞こえてきたのは男性の悲鳴だった。
「ちょっえっやめ!?」
「御領主。コイツに用があります。大丈夫です。五体満足ギリギリで返しますよ、ええ。ですから借りていいですね‥‥!?」
「構わない。」
「あ、主いいいいいいぃぃぃい!?」
「ついでに尋問及びコイツに慰謝料請求します。正当な権利です。よろしいですよね?」
「構わない。」
「んな!?殺生な!!!!」
「黙れ、付きまとい野郎!」
‥‥そんな会話が聞こえてから数分。
屋敷から不機嫌すぎる目付きをしたジュリオと、そのジュリオのスタンガンで気を失ったのだろう魔族の男がジュリオに引き摺られながら出てきた。
「ラキシス、こいつを運びなさい。」
「‥‥は、はい。」
恐らく領主の使用人だろう男は自身の主である人に見捨てられたのだろう。哀れだ。しかし、もっと哀れなのはジュリオを怒らせたことである。
事務所所有の倉庫でグラスゴーとかいう屋敷の使用人は気がついて早々青ざめている。
それはそうである。今、彼はそうこの天井から縄梯子用のロープ‥‥それも魔法を反射するタイプのそれによって、海老反り固めの体勢で吊し上げられているのであるのだから。
「‥‥何故こんなことに‥‥?」
「何故って、貴方のせいではありませんか?」
状況がよく分かっていないグラスゴーに目の前にいるジュリオは実に楽しそうに笑いながら言った。因みに、目はぞっとするほど全く笑っていない。
「よくもずっとボクを監視してやがりましたね?グラスゴーさん。」
「な!?」
「おや、なぜ分かった?って顔してますね?‥‥ははっ、金に糸目をつけずに実行すれば、貴方の監視魔法くらい辿れるんですよ。」
「‥‥何のつもりだ‥‥!」
「慰謝料、金貨100枚。」
「は?」
「慰謝料、金貨150枚。」
「え?は?ちょっと待て!?」
「慰謝料、金貨200枚。」
「50枚ずつ増やすな!!」
「‥‥あとはこれから貴方を尋問ですね。ああ、御領主から許可は得ていますから。」
「‥‥尋問?」
「当然でしょう?何故、私をかれこれ数ヶ月も監視していたのか‥‥。理由を聞かせてください。因みに黙秘及び虚偽の発言をした場合、更に尋問から逃げ出そうとした場合‥‥。」
そう言って、ジュリオは火のつけた蝋燭を取り出した。火の熱によって、蝋燭の蝋が溶け、ゆっくりと、たらりと、重力に従って液体のように落ちていく。
その様を見せながらジュリオは悪魔のような笑みにその微笑みを変えた。
「‥‥こいつを容赦なく貴方の身体に垂らします。魔法で痛覚を倍にしますか?」
そこでグラスゴーは息を飲みながら、自分が敵に回した人物が如何に敵にしてはいけない人物か悟った。
「慰謝料払うんで勘弁してください!!!!」
「はーい♡慰謝料で尋問から逃げ出そうとしましたね?ラキシス、この人に初めての一滴垂らしてください。」
ラキシスは目の前の地獄絵図もとい拷問風景にドン引きしつつ、溶けた蝋の溜まる、火が灯った燭台を傾けた。
火によって燻る蝋の熱さはさぞや、残酷だろう。
当然ながら、グラスゴーの悲鳴が倉庫に響いた。
最初こそ黙秘したり話を逸らしたりして、理由を言わずに拷問をやり過ごそうとしたグラスゴーだったが、惨い事に海老反り固めの体勢を更に厳しいものにする為、縄をきつく縛られたと同時に、服を脱がされ、パンツ一枚で爛れた蝋をその身に受けねばならなくなり、最終的には吐かざる得ないまでに追い詰められた。
「‥‥タスケテ‥‥。」
哀れすぎる。
惨めすぎる。
ラキシスは何度かジュリオにやめましょうと視線を送ったが、何ヶ月もその生活を監視され、脅かされたジュリオの怨みはラキシスには止められない。こんな拷問を受けつつ、グラスゴーは慰謝料として既に金貨300枚を払う念書を血判で押させられている。そして、ジュリオは更に300枚分捕る気でいた。
「‥‥誠心誠意の謝罪だけなら要りません。社会人として誠心誠意を見せるとは、謝罪と慰謝料と罰則を受けてこそですよ。」
「‥‥ヒェ‥‥。」
「ねえ、グラスゴーさん?あなたは誠心誠意を今、見せる時ではないでしょうか?‥‥もし、大人げない選択をしようものなら、あの屋敷の外では生きられないようにしましょうか?」
ふふふっ、と笑うジュリオに優しさは無い。ただグラスゴーを徹底的に追い詰めて、復讐する気しかない。特にこのグラスゴーの雇い主から尋問と慰謝料請求の許可は得ているのである。歯止めも障害もない。
その間、ラキシスはただただ滅入るばかりだった。
開始して、2時間くらい経って、グラスゴーの火傷が150以上、数えるのを諦めるぐらいになった頃。
グラスゴーは泣く泣く理由を話し出した。事情が分からないラキシスにも何となく分かる話だった。
曰く。
御領主には妹がいらっしゃるのだが、数ヶ月前、その妹が数時間ほど行方知らずになったと。しかし、ジュリオが保護したことでそれは事無きことを得た。
だが、行方知らずになったことは一大事。それに関わっている人間として考えられたのが、プロデューサーかいう御領主が昔、雇っていた人間。人海戦術だろうが魔法だろうがその動向は追えないという実力者。今、何をしでかすか分からない為、警戒しているのだという。
当時の状況から、そのプロデューサーと若しかしたら、ジュリオは関わりがあるのかもしれない。そう考えたグラスゴーはジュリオを張ることにした‥‥。
‥‥その結果、彼は今、尊厳もプライドもクソもない姿で拷問を受けている。
「ふーん。プロデューサーねえ。知りませんね‥‥はあ、知らない人間のせいでボクは不自由な思いをしていたんですか?」
もう真っ白に燃え尽きているグラスゴーの前で、ジュリオは倉庫の酒樽を椅子代わりに座り、足を組みながら溜息を吐いた。
「身に覚えがないはずですよ。心当たりも無い。だというのに、執拗い。‥‥何で知らない人間のせいで‥‥。」
しかし。
ジュリオは御領主さえも追えない人間というのに、興味を覚えたようだ。
「あの人さえ動向が掴めないねえ‥‥。そうだとしたらかなり凄い人間じゃないですか。あの人、世界さえ掌握出来るんじゃないかってものがあるのに。それを掻い潜っている人間がいるとはね。」
金になるか、ならないか、ジュリオは実に悪い顔で今手に入れた情報を精査して、思案している。
そうして。
「決めました!王都に行きましょう。どうせコイツのせいで出来なかった取引が山積みですし、色々と調べてみましょう。」
長時間の緊張状態に脳がパンクしたのか、完全に気を失ったグラスゴーの前で喜々とジュリオはそう宣言し、ラキシスの方を向いた。
「よし、あなたも着いてきなさい。」
「ええ!?」
ラキシスは内心、焦る。警報が頭の中を鳴り響く。どうにか勇気を振り絞り、ぎこちない笑みを浮かべつつ、口を開いた。
「あの拒否権は‥‥?」
「あると思いましたか?」
「デスヨネー。」
ラキシスの死亡フラグがすぐそこに立っている。彼は全てを諦めるように胸の前で十字を切った。
ジュリオはグラスゴーの縄を解き、回復魔法でさっさと怪我を治し、服を着せるとラキシスに指示して、馬車に乗せた。
「勘ですが、猛烈な金の匂いがしますよ。プロデューサーって存在は。」
「‥‥金、ですか?」
「強者というだけでも興味が惹かれますが、何よりあの御領主さえも動向が掴めないというのがミソです。ラキシス、貴方も商人なら理解した方が宜しい。考えなさい。」
「‥‥すみません。僕にはさっぱりなんですけど‥‥。」
「見どころある癖して、ダメですね。‥‥説明すると、まず大前提として御領主は無敵なのですよ。」
「無敵‥‥。」
「ええ。どういう原理か理由か才能か分かりませんが、辺境伯領の御領主は無敵です。そうとしか言いようがない実績と歴史をお持ちです。辺境伯領の再興、魔族との戦争での完全勝利、敗戦後のフローレンスに対する食糧輸出、商業的成功、技術開発‥‥全てが御領主の成果です。今や王都でも無下には出来ない相手。それが御領主です。あそこまでの成果を上げるにはボクでは想像できない程の情報収集力と人材を兼ね備えた何かを持っていないと無理です。
あの人はこの辺境伯領に来てから、1度も失敗も挫折もしていないんですから。」
そこまでジュリオは話すと、やや思案する。
御領主は前の領主がどこからか連れてきた人間だった。ジュリオがまだ若くて借金の取立てぐらいしか出来なかった頃、前の領主に借金の取立てに来た時、彼にジュリオは出会った。
とはいえ、その頃、前の領主との関係が主でまともに関わった事は無い。
ただ前の領主は異様にあの少年を怖がっていた。確かに普通ではない雰囲気と何故か恐怖を覚える存在感をしていたが、前の領主のそれは色んなものを通り越して怯えていた。
「これも願いの為だ。」
「私は殺される。」
「‥‥ああ、しかし、私が‥‥に‥‥。」
「奴らが、ああ‥‥奴らは‥‥あく、なのか‥‥。」
取り立てをする度におかしくなっていく前の領主。だが、反対に辺境伯領は豊かになっていく。人と異種族が平然と生きる世界。産業も農業も商業も発展していく。
曰く、その指揮をしているのは御領主らしい。
前の領主が精神の病気で倒れてしまったから、彼が全ての業務を引き継いで行っていると。
‥‥そうしてとうとう前の領主が亡くなった。
御領主は眉一つ動かすこと無く、いつも通り仕事をしていた。
彼の事業は肥大化していく。成功していく。一切挫折の無いまま辺境伯領は豊かになっていく。
領主ただ1人がやっているには妙におかしい。
前の領主がうわ言のように言っていた奴らという言葉、あれが妄言ではなければ、確実に御領主のバックには凄まじくデカい組織があるということだ。組織で動き、組織で計画し、組織で辺境伯領を支配すれば‥‥あれだけの成功も頷ける。
もしその予想が正しければ。
‥‥プロデューサーはそんな御領主と組織を撒ける、その組織以上に優れた人間という事になる。
「さてさてどんな人間なんでしょうね。1度も失敗したことがない人間でも動向を追えないとなると、情報統制能力や魔法使いとしての実力も抜きん出ているでしょう。」
「でも、僕が貴方について行くことって無いんじゃ‥‥。」
「勘です。貴方を連れていった方が何かと手っ取り早い気がするんですよね。」
「‥‥勘。」
「大丈夫ですよ。いつもの業務と同じ程度しか働かせません。多少、色んな連中に追われるでしょうが、懸念することはありません。それにプロデューサーに関して、闇雲に探す気はありませんし、ツテはあります。」
「‥‥。」
「おや、嫌な顔をしましたね。ラキシス。では、ボーナス代わりに可愛い女の子を紹介しましょうか?」
「え?本当ですか?」
ラキシスは食いついた。可愛い女の子‥‥つまり‥‥フローレンスのミドルエリアにある飲み屋街のお姉さんのことである。ラキシスの顔がほんのり赤くなる。頭に浮かぶのは派手なドレスで身を包んだ可愛いお姉さん達‥‥。そんな人達と出会わせてくれるのか、と考えるとラキシスの機嫌は急上昇した。
ジュリオはニコニコと人の良い笑みを浮かべているが。
「ええ、構いませんよ。」
その笑みは詐欺師の笑みである。
ラキシスはすっかり騙されて。
「‥‥行きます!」
「では、明後日には出発するので荷物をまとめてくださいね。仕事の引き継ぎ等は明日までにまあ、あなたの業務内容から言って大丈夫でしょう。長期出張扱いなので交通費と宿泊代はうちの事務所から出ますが、食事代は貴方の給料から賄ってくださいね?」
「はい!はい!やりますやってみせますやってやりますよ!!!!」
「やる気がよろしい。では、明後日出発で。」
そんな会話をする頃には、グラスゴーは屋敷にいたシーラに預けられ、事務所への帰路になっていた。ラキシスの頭は可愛い女の子でいっぱいである。そんな沸いた頭の人間にジュリオは冷水をぶっかけるような予定を言い渡した。
「とりあえず、明明後日にはアーズワース商会の若と取引して。」
「‥‥え?」
「次の日は宰相様との会談を段取りして。」
「‥‥ん?」
「騎士団長代理とも連絡が取りたいので、宰相との会談の後に予定を空けられるか、事務所着いたら書状を書きましょう。」
「‥‥はい????」
ちょっと待て。ラキシスは現実に戻った頭でジュリオの口から挙げられた肩書きに目が点になる。アーズワース商会はまあ分かる。何故ラキシスにとって複雑な事情のあるアーズワース商会にわざわざラキシスが連れていかれるのかは分からないが、まあ分かる。だが、宰相と騎士団長代理‥‥?どういう繋がりだ‥‥??一介の商人がどうしたらそんな繋がりが出来るんだ。大体、一体何を話すんだ。会談とか何とかって、ん?
「‥‥ジュリオ所長、一体貴方は何者なんですか‥‥?」
「?何者って、商人ですが?」
「いや、アーズワース商会ならともかく、宰相とか騎士団長代理とかってどういう繋がりで?」
ラキシスの疑問にジュリオは口元に指を当てて首を傾げる。
「どういう繋がりと言われましてもね。‥‥守秘義務もあるので話せないのですが、そんなに疑問に思う繋がりですか?」
「いやいや、おかしいでしょ!?商人なんて平民ですよ?ビッグネームがそろい踏みじゃないですか?アーズワース商会時期会長と、宰相と、騎士団長って‥‥繋がり分からないですよ!?貴方、顔が広すぎです!」
真っ当な疑問の筈である。しかし、ジュリオは不思議そうにラキシスを見るばかり、あれれー?僕が普通じゃないのー?とラキシスは頭を悩ます。
ややあってジュリオは口を開いた。
「うーん。次期会長はあの人の出世前、一緒にアーズワース商会の経営拡大をした元同僚で、宰相は訳あって詳しく話せませんが個人的に物凄く懇意にしている方で、騎士団長代理は宰相の依頼で『世界一強いヤツ連れてきて』と言われたので私が探して連れてきた人‥‥としか言えませんね。」
ジュリオの淡々とした物言いに惑わされそうだが、それって。
「もしかしてジュリオ所長って超重要人物だったりします?」
ラキシスは息を呑む。待て待て、アーズワース商会の経営拡大って生半可な人間が携わる仕事では無いだろうし、宰相はともかく、騎士団長代理という国の人事までこの人は関わっているということだ。
ジュリオは何でもないように言った。
「重要人物‥‥ではなく、さしずめ、何でも屋ですよ。金さえあれば私は何でも引き受けるので。ええ、国の中で貴族間の対立を助長させたり、闇金を炙り出したり?まあ、最近の仕事だと‥‥御領主の依頼で、辺境伯領の技術をなるべく高く国が買い取るよう根回ししているところでしょうかね?」
「でしょうかね?じゃあありませんよ!?」
誰だ。ジュリオが平民で一般人だと言ったのは、どう考えても十分おかしい人間だ。
普通の商人がしないようなことを平然とやっているのがありえない。唖然としすぎてラキシスの顎が外れた気がした。
そんな時、まるで話を流すようにジュリオがふとニコニコと微笑んだ。
「ラキシス、商人は人脈とコネ作りですよ?分かります?貴方、頭はともかく顔は良いんですから、女垂らしテクでも磨いたらどうです?」
「女垂らし‥‥え?って!?頭はともかくってなんですか!?」
「さあて、明後日から大変ですよ。備えよ、常に。頑張りましょうね?」
「ちょっ、流さないでくださいませんか?」
ラキシスは知らない。
この後、色んなことに巻き込まれ、苦労することになるとは。
この後、自分からとんでもないことに足を突っ込むことになるとか。
‥‥この後、本当に可愛い女の子に出会うけど、マジ大変なことになるとか。
フラグが既に何本か立っていることをラキシスは知らない。
特に。
彼にとって最大の不幸の発端は全てジュリオに帰結することだけは、ラキシスは薄々でも感じるべきだったと、後後、痛烈に彼は思うことになるのである。
「本当に可愛い女の子紹介してくださいよ?僕にはビッグネームな人達は無理ですから。」
「おや、商人意識が足りないですね。知り合って悪いことないでしょうに。」
「金儲けにはよろしいでしょうが、個人的には‥‥。」
「ふふふっ。じゃあ女の子ならよろしいと?」
「ん?女の子でもツテがあるんですか?」
「乗り気になりましたね。多分、貴方向きの女の子がいますよ。ボクはよく知りませんが‥‥スフィア・カルマン公爵令嬢とか‥‥?噂じゃ婚約しているのに、騎士の1人に熱を上げているらしいですが。」
「スフィア・カルマン‥‥?‥‥え??あのルーシフーの乙女じゃないですか!?」
「商人でツテを探しているそうです。いざなれば、自分の味方になるような人材が欲しいだとか。騎士から略奪愛してみたらどうです?」
「略奪愛なんて趣味じゃないです。僕は純愛が良いです!!‥‥まあそれはともかく‥‥ツテですか‥‥。」
ラキシスの商人としての勘がピンとくる。
平民にも政治の利権が行き渡っている今では、商人が貴族と繋がるメリットは殆ど無い。だが、ルーシフーの乙女は違う。イメージキャラクターとして、信頼の証拠として、8年前の英雄でもある彼女の看板を使えば、新契約や販路拡大などメリットはある。
ジュリオは彼女に近づくつもりが無いようだが、ラキシスが考えるに、自分の将来を思えば、近づくメリットはある。
「融通してくれませんか、ジュリオ所長。」
「ええ構いませんよ。」
ラキシスはこうして自ら墓穴を掘っていく。




