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第4夜 辺境伯領


前回のあらすじ


なんで怖くないの、お嬢さん。












そう。



この街を歩きながら、シヴァリエは気になっていたのだろう。

動物の姿をした郵便配達員。

猫目の露天商。

身体中に鱗があるレストランの店員。

小人のような彫金師。

トカゲの姿をした主婦。

人間もいるが、どちらかというと少数派だ。

あの使用人達もそうだが、街のほとんどの住人が人間ではない。獣人や魔族だけでなく魚人やドワーフもいる。種族が多様すぎるのだ。だが、どの住民もそれに違和感や嫌悪感を抱いていない。先程、人間と獣人のカップルもいたし、この分だとハーフのいる家族もいるのだろう。

「ここは本当に私がいた国と違うの。私がいたところは人間以外嫌いな人が殆どだった。皆、差別的で1人として多分この光景を許す人はいないよ。私はワクワクするけど、他はそうじゃない。

あと、人間が少ないからと言って、人間を許容しない人もいないのが気になる。他の種族の人は私の周りにいたような人がいないというだけかも知れないけど、文化的な違いかしら?」

アンナは背筋に冷や汗が流れるのを感じた。この子は本当に8歳の女の子なのだろうか?高等教育を受ける貴族の子女でもそんなことを語るのは難しい、それなりの経験と学を思わせる大人の語りだ。アンナは彼女の詳しい出自を知らない。ただ両親からネグレクトを受けていた女の子だとしか知らない。だが、彼女は思っている以上に何かを経験しているのだろう。アンナは息を飲んだ。

「‥‥ハルト様のことはどこまで知ってますか?」

確認の為にそう聞く。すると、彼女は少しばかり困ったように、表情を曇らせた。

「‥‥まだ何も。でも、お兄様が凄い幸せの魔法使いなのは知ってるわ。」

だが、幸せの魔法使いだと語った瞬間、キラキラと彼女が年相応の無邪気さで語ると、アンナは内心、動揺した。

(‥‥ハルト様が幸せの魔法使い‥‥?え?どこが?)

アンナはそこが気になったが、咳払いして自身の動揺を抑えた。あとで詳しく聞こう。うん、私には恐怖の冷徹魔法使いにしか見えない。

気を取り直して、アンナは説明した。

「‥‥ハルト様はこの領地の御領主でいらっしいます。また、フローレンスの‥‥貴方がいた国の貴族の1人でもあります。」

それにシヴァリエは目を見開いて驚いた。



そう、フローレンスという国こそがシヴァリエが今まで生きてきた国で、信じられないことにその国こそがこの領地の正式な所属国だった。



フローレンスについて説明すると、フローレンスという国は大陸の西側を支配する人間のみの国だ。

獣人や魔族など多種に渡る高度な文明や知性を持つ他の種族を否定し、その領土内を30mはあるような高く分厚い城壁で広い領土を全て囲っている。領土の大きさは現実世界で言うオーストラリア大陸ほど。北は他の種族を寄せ付けない3000m級の山脈が東側まで伸び、東側は獣人の国と隣接しているものの豊かな平野に恵まれ、南側は世界最大の国である魔族の国と隣接し、長年の戦いで焦土と化している地域はあるものの、温暖な気候に恵まれている。そして、西は世界最大の大洋が広がり、極稀にドラゴンが飛んでいる姿が見える。

そんなフローレンスの国内は、貴族による領地支配が根付いており、国内最大の王家直轄地、王都を除けば貴族が支配する地域である。そんな貴族が所有する数々の領土でも、珍しい領土が魔族の国との国境にある。

城壁の向こう側にある領地である。

南側かつ西に広がる海を前にした細長いバナナのような形をしたその領地はなんと城壁外にあり、魔族の国へは1日あれば着いてしまうような場所にあった。何故ゆえ、そんな場所があるのかはさておき、その領地、王都の人間は辺境伯領と呼ぶそこはまさに、この街であり、国境と種族差別の象徴である城壁の唯一外にある貴族領地、それがこの街である。




アンナは淡々とまるで暗記した教科書を語るように続ける。

「しかし、この土地は唯一外にあるが故に、魔族との戦争になれば、真っ先に狙われる土地です。しかも、魔族との戦争は頻繁に起こります。先代領主が死に、ハルト様がこちらの領主になってからはまだ起こってませんが、そんな場所に住みたいと思う人間がいるでしょうか?」

「‥‥いない。」

「はい。ですから、この土地はフローレンスの貴族領で最も人口が少ない場所でした。」


領地というものは人口が少なければ、すぐに荒廃してしまうもの。先代領主は借金をしてまで、人をこの土地に引き留めようとしたが、無論出来るはずが無く、すぐに枯れた土地にしてしまった。人材が潤わない枯れた土地に。

だが、そんな土地をフローレンスでは有り得ない方法で再興させた人物が、正に当のハルトであった。

「‥‥ハルト様は先代領主がその腕を見込んで養子にした人物で詳しい歳も出自も分からない方ですが、先代領主が亡くなり、自身がその座を継いだ途端、この領地は変わりました。」

彼は人間にこだわらなかった。荒れた土地をどうにかするべく手を出したのは‥‥他の国だった。当時、フローレンスを含め、世界中で大旱魃だいかんばつが起きたのだが、“たまたまこの土地だけは”旱魃を免れ、開墾をすれば、来年にも収益が見込めるという奇跡のような状態だった。そこで飢えに苦しむ人間や他の種族を見境なく引き入れたのだ。背は腹に変えられない彼らは一旦の差別意識や偏見を置いて、協力して領地を開いた。すると驚く程の豊かさが彼らを待っていたのだ。戦争で焦土と化していたとはいえ、温暖な気候に保障された手付かずの肥沃な台地、枯れることのない水、森や海にはそれこそ豊かで珍味が揃っていた。

以来、そこに住み着く種族や人間が増え、この土地を基盤に事業を起こしたり、商業をするものも増え、技術開発も近代化と俗に言われる産業開発も進んでいる。



「フローレンスは他の種族に対して排他的ですが、制度としては他の種族の流入を拒否していない上に、領主が認めれば、住民票も取得できる制度すらあるんです。ハルト様は自身の領地が城壁外であることと、その制度の裏をついて沢山の領民を短時間で獲得したんです。」


魔族の国と隣接している上に城壁外のこの領地を王都は既に見放している。その為、他の種族を入れても何も言わなかった。むしろ、他種族が自分達の代わりになって自国の領土を守っていることにほくそ笑んでいる連中すらいる。魔族が攻めてきたら人身御供になれ、と。

だが、あれだけ頻繁に攻めてきた魔族はハルトが領主になった途端、攻めて来なくなった。王都ではハルトが魔族の回し者ではないか、など実に要らぬ噂が立っているが、アンナはシヴァリエに真実を話した。

「‥‥魔族の国‥‥帝国は大旱魃と前後して王が亡くなったのですよ。未だにその後継者争いで、内戦が続いているんです。こちらでは有難いことに。」

魔族の国こと帝国は南半球全てをその勢力下に置く大帝国だが、その国を維持していた王が突然の死去。跡継ぎを明確に決めていなかったのも相まって今も激しい内戦が続く。それをフローレンスの上層部は未だに信じていないが、最近、この街に移住してくる魔族の殆どはその避難民である。

しかし、その内戦のおかげで、ハルトが治める領地は発展の一途を辿っていた。緊張は解けないが、今のところ、ハルトには利しかない状況だった。


アンナはこんな話をしながら、いつも思う。

上手すぎる。

ハルトがここを治め始めてから、一度として挫折がなく紆余曲折もない。とんとん拍子にこの地は再興した。旱魃に帝国のことなど偶然なのだろうか、といつも思う。しかし、それを確かめようも無ければ、ハルトは一領主にすぎない故に、こんな旱魃に王の死去など引き起こせる筈がなかった。

ふと、その話を聞いて彼女はどう思ったのだろう、とアンナはシヴァリエを見る。8歳にする話ではないが、何となく彼女が理解出来ているような気がした。

「アンナさん。」

アンナがシヴァリエを見たタイミングで、彼女は声をかける。その時、アンナは初めて気がついたのだが、彼女の瞳の色は血が繋がっていないというのにあの誰かを思わせるような‥‥綺麗な紫色をしていた。

だが。

「あのひと、だあれ?」

その突然の問いにアンナは首を傾げる。そして、言われた方向を見た。一体何を気にしていらっしゃるのかと思っていたが、アンナはそれを見た瞬間、思わず、嫌な顔をした。


「今日の収穫だぞ~。」

「マントルモグラが30匹だ。」

「あと、猛火バッファローが5体。」

「叩き売りすっぞ!」


弓や剣を携えた狩人然とした男達が自分達よりも何倍も大きなモンスターを市場に出そうと荷車に狩ったモンスターを載せて、買ってくれと宣伝していた。

そんな男達の中に、アンナに向かって手を振る人物が1人。

「おーい!アンナ!なんだ?その小さいの!とうとうロリコンに目覚めたんか?」

「死ねっ!」

目にも留まらぬ速さでその男はアンナに金〇を蹴り上げられた。








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