第42夜 本質を見なさい
『まこちー。』
『貴方、すっごく熱心なファンが出来たんだね。』
『それは凄く良いこと。』
『ファンは彼氏よりも家族よりも貴方を見てくれる人達なんだよ。貴方の一つ一つを見ているの。』
『だから、大切にしなくちゃいけない。』
『まだステージの経験も少ない貴方にはまだ難しいかもしれないけど。』
『その経験もこれからだから。』
『ファンを困らせるようなことはしたらダメよ。自分にとって嫌なことをする人もいるかもしれないけれどね。』
『まこちー。5人を10人に、10人を100人にする為には、ひたむきにファンを大切にすること。』
『そしたら、貴方の魅力を分かってくれる人達に囲まれるよ。』
懐かしい。
そう言えば、そんなこともあった。‥‥ずっと前の話だけど。あの頃の幸せな夢を見ているみたい。
まだ入ったばかりの私に初めてファンが出来た時、彼女に私は頭を撫でられながら、そういうアドバイスを貰った。凄く温かくて、凄く幸せで、夢のあるアドバイスを。
ミユリー、柊美優。
私のお姉さんのようになってくれた人。その人が私にかけてくれた言葉。
憧れだとか、ライバル心だとか、無かった。ただ、ひたすらに私は彼女に懐いていた。ミユリーは私とは4歳くらいの年の差しか無かったけど、本当に大人っぽい色気と包容力のある人。メンバーは皆、大好きなグループのお姉さん。本当に、本当に、優しい人。メンバー一人ひとりを大切にしていて、煮詰まっているメンバーには相談を、思うようなパフォーマンスができなかったメンバーとは、その子が納得するまで練習に付き合う人。仲間思いで誰よりグループが好きだった。
まだ入ったばかりの頃にその人がまこちーだけね?と悪戯っ子みたいな笑顔で彼女は私だけに耳打ちした。
「まこちー、これは内緒話よ。」
「内緒話?」
「そう実はね‥‥私、誰よりも貴方を推しているの。」
「え?」
「貴方、単推しなの。いつかセンター曲持てるように祈っているね。」
「え、ええ?えええ‥‥!?」
真っ赤になってしまって恥ずかしいやら嬉しいやら言葉を紡げない私をその人は凄く穏やかなその目で見つめながら、背中をぽんっと叩いてくれた。
「でも、私、ミユリーがセンターの方が好きです‥‥。」
「あら、嬉しいこと言ってくれるのね。」
そう言ってその人は微笑んだ。
懐かしい。忘れてた。
あのドームツアーを境に、ミユリーも私に話しかけなくなって、私がミユリーに話しかけてもミユリーは私に背を向けたままになってしまったから‥‥。彼女からいっぱい貰った幸せな夢をいつの間にか忘れていた。
無償の愛、無償の優しさ‥‥何だかお兄様を思い出した。
『まこちー!』
ファンの人の声が響く。
『まこちー大丈夫なの!?』
『最近ずっとメンバーから虐められてない?』
『無理してないかい?』
『ミユリーに何かされてるでしょ?』
『あの子、寄って集ってまこちーに嫌なことしてる。』
『まこちー、運営に相談すべきだよ。あれはだめだ。』
別の誰かの声が聞こえる。
『あの領主は、危険だよ。』
『あの人は怖いよ。』
『お嬢様だけですよ。』
『不可解。』
『怖い、死んでしまう。』
『君は無理してるんだね。』
そうしてそんな声達が私の耳元で重なった。
『『『『『『『君はどうして平気なの?』』』』』』』
平気?平気ってなんだろう?
ミユリーもお兄様も私、優しくしてくれた大切な人達だよ。それは事実なんだよ。だから、どうしてこんなに心配されたり、不可解なものを見る目で私をみんなは見るんだろう?ミユリーが私に背を向けたのはきっとメンバーの為だろうし、お兄様はただただ優しい。‥‥ただ今日無視したのは‥‥理由があるからとか‥‥ミユリー達やメンバーと同じく、私にまた原因があるからとか‥‥よくまだ分からないけど、ともかく誰かに何か言われるようなことは全く無いと言える。
周りの人の反応はよく分からない。私を大切にしてくれる人達を何でダメだダメだと言って、私を心配してくれるんだろう。
『それは、貴方があまりに人を疑わないからですよ。』
その声は‥‥!
『君は打算も悪意もそこにあるのを知らない。あんな業界にいた癖に、表向きのものばかり愛しちゃって‥‥損な人間ですね。あなたは。』
プロデューサーさん‥‥。
私をセンターにした人‥‥私をセンターから降ろさなかった人‥‥私の孤独の原因‥‥私の人生を決めてしまった人‥‥。
『随分な言いようですね。まこさん。』
何でだろう。その人の言葉の数々全て、生前に聞いたことが無い言葉だ。あの人は凄くドライで‥‥無関心だったから、マトモに話したことは無い筈‥‥。これは夢?夢って過去の再現を脳がする行為のことだって、教科書には載ってた。でも、目の前にいるプロデューサーはまるで‥‥。
生きてるその人だった。
『まこちー、貴方は人を疑うことをまだ知らない。かけられる優しさと関心だけが相手の本音ではない。本当だったら、もっと早くに気づくことを貴方はその機会を尽く“奪われた”せいで、何も貴方は知らない。』
何も知らない?
じゃあ、ミユリーもお兄様も他人が言うのような人だというの!?
思わず、声を荒らげちゃった。大切な人を疑えって言われているようで不快になってしまった。
けれど、私のその問にプロデューサーは首を振った。
『“本質”を見なさい。』
本質‥‥?心を読むの?
『人の心を読めなんて鳥頭な貴方に勧めません。貴方は人を知らないのです。目を見据え、耳を澄まし、口を開いて、相手とよく関わりなさい。上辺だけが真実ではないのです。悪逆の、優しさの、裏を本質を見極めないと、貴方はこれからも“見落とす”のです。』
ミユリーもお兄様も‥‥?
『ええ。見落としてはなりませんよ。素直な貴方、疑いも世の中の汚いところも知らない貴方、“そうなるように調整された”貴方。』
‥‥調整‥‥。
『貴方は今でもアイドルなのです、自覚が無くとも。“運営に利益をくれる看板商品”。花の花弁のように、自身の花粉を運んでくれる虫を誘き寄せるそれ。そこに貴方らしい意思は要りません。ただ貴方が手の平の上で、ずっと踊ってくれるのを期待している。それが我々なのです。だから、私達の手の平の上で踊り続けることに‥‥そこに貴方の信用ならないだとか、嫌いだとかいう意思を持って貰っては困るのです。だから、貴方は“調整された”。』
‥‥まるで、洗脳みたい。
『ええ。そうですよ。お馬鹿さん。貴方をセンターにしたのは、貴方は実にお馬鹿さんで、御し易く、かつ数字が取れたからです。貴方に貴方の意思は必要ないのです。ただ従ってくれて、こちらの都合の言いように考えてくれる人間こそが管理しやすいのです。‥‥意思を持ちなさい、まこちー。』
?
『貴方は人の優しさに弱い。貴方が独りを寂しがる分、優しく傍にいてくれる人に、簡単に気を許してしまう。それはいけないことではありませんが危険です。本質も分からない、何で自分に優しくしてくれるのかも分からない人間に気を許すのは自身を滅ぼすだけです。‥‥見極めなさい、シヴァリエいえ、アイリス。分かった気にならないで、本質をちゃんと見なさい。』
でも、どうすればいいの?
私は‥‥疑うなんて無理だよ。
『でしょうね。疑う意思すらあなたからは“奪われている”。』
奪われているってなあに?まるで、私が都合の良いお人形さんにする為に、誰かが私から色々取ってるみたい。
『その通りですよ。一概に敵というには些か難点を持つ存在‥‥いえ、“持ってしまった”存在ですが、貴方は確かにその存在から奪われている。』
貴方は誰が取ったのか、知っているのね。でも‥‥言う気は無い。
『無いですね、ええ。利益と金を貰っているので。契約相手の情報を流すのは社会人として契約違反、最悪裁判と決まっているのです。』
じゃあ、何故、私に意志を持ってなんて、本質を見なさいなんて、奪った存在がいるなんて忠告するの?
私がまこちーだった時、貴方は私の意見を断るばかりだった。貴方が今、言っていることを纏めるなら、お金と数字の為なら貴方は他人のことだって無視できるってこと。私には貴方は無情な人に見える。本質を見なさいと私に言う貴方の本質が一番見えないよ。
『耳の痛いことを‥‥しかし、なかなか良い観察力ですね。その調子ではないでしょうか?しかし、想像力が足りません。これでは使いこなす活用能力もクソもない。まさに子どもです。文字通り言葉通りしか受け取れないのは。』
むぅ‥‥。
『‥‥仕方がありません。レベルを落としましょう。貴方は調整されすぎて人間として可笑しいレベルになってるやもしれませんね。』
そこまで言わなくても‥‥。
『良いですか?』
そう言って、その人はこちらをじっと見据えた。
『‥‥利益と悪意は一致しますが、逆に利益と良心は一致もするし反比例もするのです。』
反比例‥‥?
じゃあ、本当はそんなことしたくないけど、嫌々ながら利益のために頑張るってこと?
『ええ、そして、利益と良心が反比例した時、人は時として、良心を取るのです。』
じゃあ‥‥貴方は良心を取ったんだ。
それが貴方の本質、でも‥‥なんで?
『失礼な目で見ますね。まこちー。私が良心の呵責に悩まされないとでも?信じられないでしょうが‥‥これは自己満な罪償いの一環なのですよ。』
‥‥。
『私は貴方が哀れなのです。貴方はこれからも“アイドル”をしていく道しか通らせてはくれないでしょう。ただ運営の為に貴方は踊らされる。赤い靴のあの少女のように、貴方は死んでも死しても踊る。前世も今世も‥‥。そこに幸せが無いわけではありません。ただそれは貴方が自力で勝ち取った幸せではない。与えられた虚構の幸せです。貴方が自身の力で自身の為に幸せを勝ち取りたいのなら、貴方のアクションが必要です。』
私の今の人生の何処がアイドルなのか分からないけれど‥‥まるで今までの幸せが偽物だったみたいに言う。私は私でちゃんとそれでも幸せで本物だったけど‥‥多分、プロデューサーの言う幸せは‥‥そうじゃないんだろう。
アクション‥‥アクションってなんだろう?ああ、もしかしてそれが本質を見なさいということなのかな?
『他人の意見もその当人の言葉も、真面目に受け取るだけにしてはなりません。よく考えなさい。何故、その発言をしたのか。決めつける前に、他人のせいにする前に、御自身を責める前に。貴方は貴方の意思で目の前にいる相手が如何なる存在か見極めなさい。』
『‥‥どんなに人望があろうとも、どんなに人外に思えても‥‥そこには“心”がある。』
『その心が分かった時。貴方が貴方自身の幸せに向かって踏み出していることを祈っていますよ。』
『アイリス。』
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シヴァリエはゆるりと瞼を開けた。
目の前に広がるのは暗がりに漣を響かせる海。まるで世界を呑み込むように広がる青く黒くただ無限に視界を覆うそれ。辺りは夜が深くなったせいで、真っ白な砂浜が星明かりでぼんやりと見えるだけだった。
星明かり?
シヴァリエは不思議に思って、空を見上げるとそこに月は無かった。
今日は新月だったのだ。
目を擦る。湿っている涙の跡が指についた。
どうやら、こんな真っ黒な海でシヴァリエは砂浜近くの茂みを布団代わりに寝てしまっていたらしい。
随分と遠くまで走ってきたものだ。
家からここまで1時間とか掛かるのではないだろうか?若しかしたら、走る中で無意識に無詠唱で足に強化してしまったかもしれない。
頭の中で、プロデューサーの声が響く。
『本質を見なさい。』
あのプロデューサーは間違いなく、まこちー達のプロデューサーだった。何故、あんなリアル過ぎる夢に出てきたのかは分からない。良心の呵責なんて言っていたけれど、プロデューサーは一体何者なんだろう?
一つ言えるのは、恐らくプロデューサーはシヴァリエの未来を知っている。だから、本質を見なさいなんて言うのだ。このままの生活では前世の繰り返しだからとでも言っているような忠告。自分で自分の幸せを掴む‥‥今までのシヴァリエには考えもしないものだ。‥‥特に今はあの彼から惜しみない愛情と幸せを貰っている。‥‥私の質問、無視されちゃったけど‥‥これは一旦さておき、その貰っている現状ながら、シヴァリエは未だに彼が自身を幸せにしてくれる理由を知らない。
彼の本質を見なくてはならない。
それがきっと自身のしなくてはならないことだから。
そこへ、一人の人間が現れるのにシヴァリエは目を見開いた。




