第39夜(学園編) こうなったわけ 後編
前回のあらすじ
主人公、剣にハマる
それはハルトに剣を見てもらっていた時のことだった。
ハルトに何気なく、無詠唱魔法が難しいという話をすると、彼はある一つの呪いという名目の言葉を彼女に教えた。
誰にも教えては、告げてはいけない。
習ったことすら教えては、告げてはいけない。
そんな存在があることすら教えては、告げてはいけない。
その存在は自身とシヴァリエだけしか知らないように。
そんな厳重に秘匿された呪い、言葉をシヴァリエは習う。シヴァリエは最初こそ、その言葉に首を傾げたが、いざ習ってみるとその言葉の“異様な不可解さ”を感じて、黙ることを固く誓うことにした。
そして、習った直後、彼女は無詠唱魔法どころではない、むしろチートに近い程の実力を手に入れることになる。
イメージ通りに魔法で何でも出来るようになったのだ。
物を浮かせるとか、水を生み出すとかでは収まらず、水を生み出し、それをシャボン玉のように浮かせて、それを幾つも同時に作り出すなど無詠唱でもなかなか出来ない、1度に複数の魔法を展開させるという荒業ができるようになった。
とはいえ、無詠唱魔法は出来るようになったが、シヴァリエは元々そこまで魔法の才能があるわけではなく、複数同時展開出来るようになったといえ威力自体はマッチの火ほどなので、まだまだ訓練が必要だった。
その代わり、武器の扱いには長けていた。だから、サウスの1団に参加する時は問題なかったのだが‥‥それから2年、別の問題が発生した。
「‥‥むぅ‥‥。」
「どうした?嬢ちゃん?」
「親方、20m級のグラビトンザウルスが南の方で‥‥ん?嬢ちゃんなんだぁ?俺達の筋肉なんて見て。」
「やっぱり‥‥男女差ってありますよね‥‥。」
「?」
「?」
「威力が落ちるなぁ‥‥。」
男女差。
この世界は乙女ゲームの世界だからこそ、男女差が歴然としていた。これがRPGの世界であれば、レベル差やステータス差があれど男女差というものは無きに等しくなるのが常であるが、乙女ゲームは『か弱い女性をイケメンが力強く守ることに萌える』ゲームである。現実世界よりも歴然とした格差として男女差があり、女性は剣を持てないように設定されているのでは無いかと思われる程に、必ず女性は女性らしくなる12歳の時点で持てはしても、まともに剣が振るえなくなる。まるで呪いのようだった。その代わりとばかりに女性らしい発達も12歳を境に急激発達するのだ。要はバストとヒップの発達である。少女が美少女になるのもこの時期である。
だが、その発達にNOを唱えたのがシヴァリエだった。
折角、剣を習っているのに12歳で全部ふいにするなんて耐えられなかった。
そんな時、ふとシヴァリエは思い出したのだ。
アンナの存在を。
「アンナ?教えてもらいたいことがあるのだけど‥‥。」
「?はい。なんでしょうか?」
「性別転換の魔法ってどうやるの?」
「ファ!?」
アンナは性別転換魔法で自身と反対の性になったパイオニアである。男性から女性になった彼女にどんな理由があるのか分からないが、文化的に性別を変える技術があるなら、ハルトから習った魔法を上手く使えば、ある事が出来るのではないかと思ったのだ。
「昼は男性、夜は女性みたいな。男装の麗人の本格版みたいなのやれば男女差で困らないと思ったの。」
「お嬢様、それいいんですか!?」
「だって折角ターザさんや兄様に色々習っているのに、成長する度にどんどん振るえなくなるのは‥‥勿体ないというか‥‥。」
女性という性は前世で完全に謳歌してしまっている。アイドルなんてその最たるものだろう。化粧も衣装も女性という性を売り出すのそれ。ファンの殆どは男性という事もあって、女性というものを意識して全てのダンスや歌詞も作られ、セリフの一つ一つ至るまで女性らしい可愛さや可憐さを出すのが常である。
その点、まこちーは女性の偶像をやり切っている。
だからこそ、今ハマっている武術が楽しいのだと思われた。相手を伏せさせることに特化したそれはアイドルでは絶対に経験できない。他人からの見てくれを意識したそれとは方向性が真逆だった。
真逆だったからこそ、やりがいがあった。
「男に完全になりたいわけではないの。ただ性差で何かが出来なくなるのが、嫌なだけ。‥‥こんな理由じゃダメかな?」
アンナはシヴァリエにその魔法を教えるのを渋った。何か嫌な思い出でもあるのか、あまりいい表情をしなかっただが、そのシヴァリエの理由を聞いて、少し顔色を変えた。
「性差で何か出来なくなる‥‥ですか‥‥。」
「うん。」
「そうですよね。‥‥何で、この世界はそんなのがあるんでしょうね‥‥。」
それはまるで世界の理不尽さに対する不満の吐露であった。そこに彼女の深い過去をシヴァリエは見たが、問うことは無い。それは余計なお世話であり、彼女の気分を害する行為だ。だから、その不満の吐露を静かに聞き流した。
そして、彼女はやがて口を開き、教えてくれた。
「ただ、一つ問題があります。自分とは正反対の性を維持する間、恒常的に魔力を消費します。慣れたらどうってことはありませんが。魔力の供給が乱れると突然、元の性に戻りますから、気をつけて下さいね。」
「結構、不安定なんだ‥‥。心しないといけないね。」
「はい、その通りです。」
こうして、シヴァリエ12歳。
彼女は昼の間だけ少年の姿になった。
最初こそシヴァリエを知る全ての人間がそれに驚いたが、姿がまるっきり変わるだけで特段、性格や態度が変わるわけではない為、すぐに慣れた。
少年姿のシヴァリエは少女シヴァリエをそのまま男装の麗人にしたような姿で、体格が大幅に変わるだけで髪色や瞳の色、顔のパーツは変わらず、彼女の活発な雰囲気が前面に出ているようだった。
ただ良いことずくめではなく、何故かシヴァリエをよく知らない人からすると、全くの別人に見える不思議な現象が起き、そこだけが課題として残された。
そんな課題はありつつ、シヴァリエは性別転換の魔法を得てから、昼、つまりサウスの1団とモンスター狩りに出かける時だけ少年の姿に。屋敷にいる間は少女の姿で過ごすようになった。
性別転換の魔法によって男女差でシヴァリエは悩む事はなくなり、実に楽しく彼女は辺境伯領で過ごしていた。
要は自分の好きに生きていけているのだ。
この辺境伯領では、センターに居させ続けられることも、メンバーから疎まれることも、両親から金を求められることもない。更に言えば、ローザレンス家のように肩身の狭い生活を強いられることも無い。大好きな兄と、対等に接してくれる使用人達、自分を否定せずに受け入れてくれるカタリナやサウス達‥‥そんな人達に囲まれて、自分の好きに、自分らしく歩ける。これ以上の穏やかで幸せな生活は無かった。
「兄様、私、幸せです。全部、お兄様のおかげだと心の底から思ってます。どれだけ感謝すれば足りるか分かりません。」
「‥‥幸せ‥‥そうか。」
「私に出来ることはありませんか?」
「‥‥‥‥‥‥‥‥茶。」
「はい、持ってきます。」
シヴァリエとハルトの関係はあれから少しずつだが、仲が更に深まったようにシヴァリエは思う。とにかくシヴァリエの前ではこの兄は少しだけ饒舌になって、何か話せば何か聞けば、必ずそれに似合った返答をしてくれる。僅かだが、何か頼むことも多くなった。本の片付けであったり、服の整理であったり、それがシヴァリエには嬉しくて堪らず、本当に幸せそうに笑うのを使用人達は何度も目撃した。
‥‥しかし、未だに使用人達の中では領主は怖い領主のままである為、いくら時間が経とうとも使用人達にはハルトに彼女が懐く理由が未だ分からなかった。だが、一方で家の中の雰囲気がシヴァリエのお陰でいつの間にか穏やかになっているのは確かだと誰もが認め、この平和が続くことを誰もが願っていたのも事実だった。
しかし。
そうして彼女が16歳になった今。
ある激動を呼び起こす1通の手紙がやってくるのを誰が予想出来ただろうか?
++++++
フローレンス、宮殿内。
「‥‥ルキウスや、少しは我の話を聞いてくれないか?」
あれから老齢になった前王は現職の頃より、恐ろしく衰え、寝たきりになっていた。病にかかってしまったのだ。そんな前王を見舞いに来たルキウスは骨と皮ばかりになった自身の父を憂いながらも、先程から頭が痛くなる程にその父の口から出てくる単語に頭を悩ませていた。
「‥‥シヴァリエ嬢を、シヴァリエ嬢をここに‥‥。」
最近は夢に出る程に彼女を思っている前王に、ルキウスは溜息を吐いた。
あれから8年、ハルトがシヴァリエを宮殿に連れてくることは無かった。常にのらりくらりと躱され、前王がシヴァリエの姿を見たのはあの日が最初で最後である。ハルトが亡き妻の面影をシヴァリエに重ねる前王を明らかに警戒しているのは誰でも理解できた。もし王に過剰に気に入れられれば、宮殿から出されなくなり軟禁される可能性もある、手元にいる内は彼女を守り、彼女の自由を優先したいという思惑を見て取れた。
(‥‥しかし。理解出来ない。)
ルキウスから見て、シヴァリエはその辺にいる少女と何一つだって変わらない。性格は好ましいが、それがこれほどの執着になるのは本当に理解し難いことだった。
だが、理解し難いとはいえ、この前王を抑えるにも限界が来ている。
貴族政治の復活を狙う貴族達が団結している動きがやけに最近目に付く。その者達が前王を担ぎ出して、内乱を起こしてもらっては困るのだ。ルキウスが貴方の愛する者を会わせなくさせているのだと吹き込まれたら、たちまちこの老齢の前王は本気にするだろう。
王族で内戦なんてことになれば、要らぬ犠牲と浪費が重なるだけ。しかも、帝国との停戦中にそんなことをするのは無駄で愚かだ。
ここは一つ、掛け合うしか無さそうだ‥‥。
「お父様、ご心配なさらずとも問題御座いません。」
「ルキウス?」
「彼女はもうすぐブーゲンビリア学園に入学しますから。さすれば、会える機会もございますでしょう?」
そう、入学するのだ。
‥‥正確には“させる”のだが。
(ゴメンだけど、俺の政権維持に使わせてね。学費免除するから!)
そんな理由でルキウスは彼女と彼女の保護者であるハルト宛に手紙をしたためた。‥‥断わられても、強制入学させる方向で。
‥‥それで辺境伯領にとんでもない騒動が送った翌日に起こるとも知れずに。




