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第31夜 詰問

前回のあらすじ


謎の少年、現る。

 










 そこに現れた少年にその場にいた一同一斉に見る。


 青い瞳にやや短髪な紺色の髪‥‥何より最大の特徴はド平凡もいい所な普通の平凡顔。もうイケメンとかブサイクだとかに当てはまらない見事な平々凡々顔だった。

 そんな彼を見た瞬間、奴隷商の2人が顔を青ざめさせた。

「て、てめえは‥‥。」

「逃げるぞ!」

 2人は背を向け、逃げ出そうとしたが、そこに向かって平凡顔の少年は駆けだすと、走るその背に容赦なく蹴りを入れた。

「ぐっ。」

「がっ。」

 倒れ込む2人に少年が鼻で笑うと、同時に彼が連れてきたのだろう兵隊が路地裏にやってきて2人を捕らえた。兵隊が口々に言う。

「やっと見つけたぞ。奴隷商。」

「詰問を受けてもらおうか?」

 どうやら彼らは追われる身だったらしい。そんな中、少年がくるりと方向を変え、シヴァリエと彼を見た。

「んで、お前達は何者?もしかして被害者?」

 そう少年が言ったと同時にハッとしてシヴァリエは立ち上がり、その場から逃げ出そうとした。それに彼も慌てて追い、また魔法で彼女の動きを止めた。

「待って!」

「嫌だぁ!!」

 当然ながらシヴァリエはそれに抵抗して泣き出す。そんな様子を見て、少年は何か察したのか、彼に詰め寄った。

「やめろ!泣いてるだろうが!!」

 それに彼はあからさまに不快感を表情に出した。

「だって、彼女が逃げちゃう。」

「は?」

 その言葉に少年は呆れたようだった。

「何だよ、お前ら、どういう関係?女の子泣かせるとか、お前。男の風上にも置けねえし、嫌われっぞ。」

「嫌われ‥‥っ!」

 その少年の言葉は彼の痛いところを突いてきた。

 そう。もしかしたら、彼女に嫌われているのではないか?そう彼は思いたくなかった。まだ嫌われていないと思っていたかった。いつかは愛してくれる。そんな淡い希望を抱いていた。

 彼の魔法が霞のように消えていく。シヴァリエはそれに気づいて、逃げ出そうとしたが、その腕を今度は少年に掴まれた。

「きゃ!離して!」

「お前も落ち着け!ここがどこだと思ってんだ?またさっきみたいな奴隷商人に捕まりたいのかよ?」

「!?」

 その言葉にシヴァリエは急に冷静になって、泣き腫らした表情で少年を見上げる。少年はそれにため息を吐き、2人を見比べた。片や恐らくストーカー。片や服からしてどっかいい所の貴族の令嬢。少年は頭を悩ませ‥‥。

「お前ら、ちょっと来い。」

 そう2人に呼びかけた。






「はあ!?お前、馬鹿か?」

 少年が所有しているのだという黒塗りの馬車に2人は乗せられる。そこで、シヴァリエと彼の事情を聞いて、少年は容赦なく彼をぶった斬った。

「お前さぁ、まあ、言い分はわかる。怖い奴のところに女の子がいるから保護したいのは分かる。分かるが方法も思考も手段もダメだろう。犯罪者か貴様。」

「は、犯罪者‥‥。」

 シヴァリエは一体目の前で何が行われているのか、ちょっと処理ができなかった。ちょっと来い、と言われて馬車に乗ったら、始まったのは取り調べだった。少年は慣れた様子で、かつズケズケと勢い良くシヴァリエと彼を問い詰め、シヴァリエと彼がどういう関係で、何故シヴァリエが泣き出すようなことになり、彼が一体どういう動機でシヴァリエに近づいているのか明らかにして行った。

 ルキウスが優しい交番のお兄さんなら、さながら、こちらは警視庁捜査1課の刑事である。

 そんな少年は先程から彼に半ば説教のような形で語っていた。

「お前さ、マジな坊っちゃんだろ?周りが何でも聞いてくれるから、女の子も自分の話を聞くんじゃないかって勘違いしたんじゃないか?」

「‥‥うん。」

「あのな。魔族だか人間だか知らないけど、1つ言えるのは、お前、ちゃんと女の子の立場になって考えたか?自分に笑ってくれないのは分かっていたんだろ?なら。なんで彼女がそんな表情するのか考えたことあるか?」

「ない‥‥。」

「‥‥だろうな。なら、こう考えろ。お前は知らない人間に寝室まで押しかけて来られて、お前、母ちゃん出べそ~とか言われてみろ。そいつの事好きになれるか?」

「‥‥なれない‥‥。」

「だろう?」

 彼は本当に本職の刑事か、もしくは教師のようだった。見た目の年齢に反して、非常に多くの経験と人生を詰んできたような語り口調と手腕、雰囲気。‥‥明らかに異様な存在だった。しかも、魔族に対して偏見がないのか先程からずっと対等に接している。しかし、そんな少年のことではなく、シヴァリエが気になったのは、ストーカーである彼のことだった。彼は先程から落ち込んだ様子で、素直に少年の言葉に頷いて、反省しているようだった。

「僕がやっていることは正しいと思ってた。」

「まあ、違うな。」

「でも、結局‥‥僕のそれがいけなかったんだね。」

 ここで初めて、シヴァリエは彼が本当は寛容な人物であることを知った。だからと言って好感度が上がるわけではないが。

 そんなシヴァリエの方を少年が突然、振り返った。

「お前にも責任あるぞ。」

「え?」

「何で“本音”言わなかったの?」

「!?」

「あくまでコイツの場合だけどな?男は直接的に言わなきゃわかんねえーの。どんなに嫌がっていても泣いていても分からない男はマジで分からない。だから、家族の悪口言う人なんて関わりたくない、とか。部屋に押しかけるなんて常識が無いとか、具体的にわざわざ言わなきゃ分からない。嫌とか、帰ってとかじゃ説明が足りないんだよ。少女漫画みたいに女の気持ちを察することが出来る男なんていないんだから。」

 それは本当に少年の口から出ているとは思えなかった。中年?ぐらいの男が話しているようだった。それにシヴァリエは戸惑いながらも、言われた内容に頷いた。

 少年は続ける。

「幸い、コイツは素直なタイプだ。まだ言えば何とかなる。‥‥それで、お嬢は正直、コイツのことどう思っているの?」

 そう促されて、シヴァリエは彼を見る。

 彼はバツ悪そうに、どこか悲しげに、目に見えて落ち込んでいた。彼とて悪気やシヴァリエが嫌いで今までのことを行ったわけじゃない。‥‥それが全て裏目に出ただけで。

 正直、シヴァリエは彼の意見を聞いたとしても、彼のことは怖いままだし、嫌いなままだ。

「根拠も無く兄様を悪者扱いするし、毎日家に押しかけてくるし、私のプライベートを覗くし、気持ち悪いくらい行動把握されるし、深夜だとか構わずやってくるし、私、君のせいで体調崩しちゃったし‥‥兄様や使用人の人達にいっぱい心配と迷惑かけちゃったし‥‥悪気が無かったとしても、君の事、本当に嫌い。」

「‥‥っ‥‥!」

「特に家族を傷つけたのは許せない。私にとって兄様はたった一人の、家族と言える人だもの。兄様は確かに怖い雰囲気の人で誰も寄せつけないし、寡黙な人だけど、凄く優しい人。」

 あの時、逃がしてくれたフードさんが頼った人。確かにフードさんの判断は正しかった。兄様は確かに怖い。けれど、それ以上に綺麗で優しい人。シヴァリエはその意見を変える気は無かった。

 だからこそ、彼が許せなかった。

「私のこと好いてくれるのも、悪気がないのもわかる。けれど、家族を貶す人は嫌い。それに根拠が無いなら尚更‥‥。それに貴方‥‥自分のことしか考えてなかったじゃない。」

 その言葉に彼はビクリと肩を震わす。

 自分のことしか考えてなかった‥‥。そうだろう。なぜなら‥‥。

「‥‥君が好きって気持ちに溺れちゃっていたのかも。」

 彼はそうポツリと言った。

「‥‥僕は君しか‥‥いや君じゃなくて君が好きな自分しか見ていなかった。だから、君の気持ちとか君の内面的なものを僕は見ていなくて‥‥。」

 そう反省すると同時に、彼の中であれだけ少女に惹かれていた魔眼が少女から徐々に離れていく感覚があった。彼はそれが盲目な恋から醒める感覚だと何となく理解した。魔眼が少女から離れれば、目の前にいる少女が泣き腫らした表情でこちらを複雑な目で見ているのをちゃんと見ることが出来た。

「‥‥ごめんなさい‥‥。怖い思いをさせちゃった。」

 正直、彼はまだシヴァリエが好きだった。だけど、もう、それが叶わないのは分かっていた。

 やがて、そんな彼にシヴァリエは口を開いた。

「帰って。自分の国に。貴方、友達として出会えたら良かったのかもしれない。けれど、私は貴方のことが怖い。貴方が怖いって言っている兄様の方が凄く良い人よ。貴方が知らないだけで。だけど、貴方は‥‥。貴方の一挙一動全て、意味がわからなくて怖かった。貴方の常識が違うだけかもしれない。文化だって違うだろうし、でも、それでも怖かった。帰って、貴方からは恐怖しか感じないから。」

 それは絶縁勧告にも似たそれ。

 それを聞いて、彼は酷く傷ついた顔をして、馬車の中で移動魔法を発動させて、すぐさま逃げるように帰った。本当は名残惜しく、女々しく、嫌だと言いたかった。けれども‥‥これ以上は更に嫌われるのを彼は悟って、すぐに消えるしかなかった。



 馬車の中は何事も無かったように静かになった。


 ただ、シヴァリエの心臓の早く鳴る鼓動だけが馬車に響いているようにシヴァリエは感じた。怖かった。少年がいなければ、すぐにでも逃げ出していただろう。それでも、少年が本音を言え、と言ってくれたから、ちゃんと言えた。恐らく彼は2度とこれで会いに来ることは無いだろう。彼のトラウマを作ってしまったかもしれないが、それでも事態は収束したのだ。



 シヴァリエはホッと息を吐いた。



 そんな中、先程からずっと黙っていた少年が、シヴァリエをじっと見つめて‥‥やがて、シヴァリエにとって衝撃的なことを聞いた。

「なあ、お前‥‥。」

「はい?」




「転生者か、お前“も”。」







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