第30夜 連れ去り
前回のあらすじ
ストーカー再び。
「離して!離してってば!」
「お願い!だからっ!暴れないで!!」
フローレンスの上空、街が米粒程に見えるほどの高さの場所で、暴れるシヴァリエとそれを必死に押さえるシヴァリエを攫った張本人である彼が魔法で飛んでいた。
シヴァリエはその表情を蒼白にして今に死にそうなほど震えながら、どこかに連れていこうとする彼に抵抗した。
「嫌!!本当に離して!」
まさか王都まで来るとは思わなかった。そのしつこさには脱帽と絶望を感じざる得ない。酷い、怖い、嫌だ‥‥そんな感情がシヴァリエの中をぐるぐると回る。ここが空の上なんて関係ない。彼から離れられるなら何だっていい。シヴァリエは抵抗を止めなかった。‥‥そんなシヴァリエに彼が酷く落ち込んだ表情を浮かべていても。
「兄様‥‥。」
あまりの恐怖にシヴァリエは次第に涙が出てきた。ついさっきまでの謁見の間のことや、王様のことはともかく、こちらに来てから良いことしか無かった。その為にこの突如やってきた彼にいつも以上に絶望してしまう。
ボロボロと涙を流す彼女に彼は内心、戸惑いと困惑と焦りを感じていた。
何故、こんなに彼女が嫌がるのか分からない。それで戸惑う。何故、こんなに彼女が例え、空の上であっても自分から逃れようとするのか分からない。それで困惑する。何故、こんなに彼女に時間と手をかけているのに愛してくれないのか分からない。それで焦りを感じる。
どうして昨日の騎士も、どうして今日の王子様も、彼女に笑いかけられるの?‥‥どうして毎日、あの怖い領主は彼女に愛されているの?
「僕には分からないよ‥‥。」
でも、その瞳をその笑顔を僕に向けて欲しい。僕だけに向けて欲しい。それがただ一つだけの願い‥‥いや、そうではなく“お願い”。しかし、それを叶えてくれるその人は先程から自身を拒絶し続けていた‥‥涙まで流して。泣かせたいわけじゃないのに、笑って欲しいのに。
上手くいかない。
いっそ閉じ込めて、2人きりになったら‥‥いつかは愛してくれるのかな?
その考えを彼は首を横に振って振り払う。
そんなことをしても、今泣いている彼女をどうにかすることは出来ない。どうにかして泣き止ませないと‥‥しかし、女の子の泣き止ませ方なんて彼には分からないのだ。
「大人しくしてよ。ねえ、ねえ!!」
そう言っても彼女の抵抗が激しくなるだけで、彼はとうとう困り果ててしまった。
ともかく自分の城にこの子を連れていこう。そしたら、説得も説明できる。納得だってして貰えるかもしれない。彼は自身の城に急ごうとした。
だが。
彼らがいる上空より遥か上からそれは放たれた。
空気を圧縮し夥しい風圧をかけ、鋭くかつ威力を上げながらも抑え、形を成す姿なき槍。もしくは風で精製され精錬された巨大な矢。それが周囲の雲や空気やそれを構成する分子すら飲み込んで巨大化し莫大な威力と繊細で重厚な構造を作り出した。
そんなそれが彼らに向かって容赦なく飛んでいく。
彼はその槍にいち早く気づき避けようとしたがもう遅い。
それに吹き飛ばされるように2人とも地面に向かって叩きつけられた。
その衝撃で彼は少女から手を離してしまう。急いで彼は少女を自分のもとに手繰り寄せようとした。しかし、その瞬間、少女を守るように風が無数の帯のようにシヴァリエに巻きついて、宙に浮かせた。
その様子に彼は瞬時に察する。
あの人だ。
あの領主があれを放ったんだ‥‥!
数分前。
「本当に申し訳無かった!!」
シヴァリエを迎えに来たその人とそのメイドにルキウスは真摯かつ真剣に謝った。
一瞬の事態に辺りは騒然となっており、先程、王が近衛兵達に慌てて中に避難させられたが、その王もまた呆然としていた。
あの襲撃を教訓に王を守る為に12もの結界を重ねて張り直していた宮殿だったが、まさか一瞬、それもたった1人に壊された。それだけでなく、王が気に入っていた亡き王妃似の彼女が目の前で連れ去られたことに王はショックを隠しきれないようで、放心状態である。
そんな王に代わり、ルキウスは冷静にテキパキと対処し、関係部署に連絡を取り、近衛兵に彼女の捜索を、魔法士に結界の修復、側近に至急グローゲンへの報告を次々と迅速に命令し、その手腕や名君の域にあった。
そんな彼は今、シヴァリエの兄である彼に平謝りである。
「俺や近衛兵がいたというのに、貴方の妹君を危険に晒してしまっている。この責任は絶対に取る!!」
ルキウスはシヴァリエの兄であり、辺境伯領の領主だという彼に最初こそ他の貴族と同じく恐れ慄いたが、恐れている暇がない程に事態が緊迫しているのを踏まえ、すぐに立て直し、謝った。
だが、謝る彼に寡黙なその人は予想だにしない返答をした。
「近衛兵の何人か、指揮権を貸してくれ。」
「‥‥ん?どういう事だ?」
ルキウスが質問したが早かったが遅かったか、その彼、ハルトは口を少しも動かすこと無く、空に巨大な槍を精製し始めた。それを見てルキウスは驚く。
「お、お兄さん!?」
無詠唱魔法‥‥!!フローレンスでは1000人に1人しか出来ないと言われる魔法だ。無詠唱で如何なる魔法をも操れるというそれを見て、ルキウスはこの領主の実力を見た。
そんなルキウスに構わず、彼は淡々と告げる。
「ミドルエリア、13番地の5号通り、そこの裏路地だ。そこに兵を向かわせてくれ。」
「え?お、おう‥‥!」
恐らくその無詠唱魔法で遠見もしたのだろう。ルキウスは彼に言われた通り、近くにいる近衛兵に命令して派遣する。
それと同時にハルトは一気にその槍を放った。そうして空を飛んでいたのだろう、こちらからはゴマ粒よりも小さな影に見えるそれが落下する様がこちらからも目視出来る。それはやがて、ふたつに割れ、片方がゆっくりと、もう片方は急激に落ちていく。‥‥もしかしてアレは‥‥彼女と連れ去った犯人か!?
あまりの迅速なその流れにルキウスは思わず、呆気を取られる。
「アンナ。」
「は、はい!?」
「馬はあるな?」
「はい。馬車に繋いでいます。」
「行ってくる。」
「はい!?」
ルキウスがそうしている間にも話は進み、彼はメイド1人置いて、足早にその場を去った。恐らく迎えに行くのだろう。一刻も早く彼女を保護したいという彼の意思を見た気がした。
‥‥かなり恐ろしい雰囲気の彼だが、その魔法の腕といい、迅速な対応といい、意外と妹思いなところといい、ルキウスは彼の実力と内面性を瞬時に分析し、同時に理解し、非常に好印象を持った。
「あれは‥‥俺が王になったら使えるぞ‥‥。」
問題は彼が辺境伯領の領主ということだが、ルキウスから見れば、辺境伯領の“汚らしい秘密”など特段、気にするものでは無かった。ふと、あの領主の妹である彼女を思い浮かべる。ルキウスの賢すぎる頭がそれらを含め、未来を描き出した。
「うん。行ける。」
その為には、彼女には申し訳ないが、彼女を利用させて貰おう。
ルキウスという人物はただ思慮深い人物ではない。‥‥王になる上で何が必要になり、何が要らないのか、残酷にも英断にも取れるような判断が下せる才能を持つ人物だった。
ミドルエリアの13番地5号通りの裏路地に、彼は派手に落下し、少女はゆっくりと地面に降ろされた。
「いたた‥‥。」
痛む体に彼は呻きながらも、立ち上がる。自身に治癒の魔法を着地の瞬間かけたので何も身体に問題は無い。
だが。
五体満足で降ろされた彼女は自分から逃れようと走り出したのを、彼は見て慌てて咄嗟に、魔法で草を生やし、彼女の足首をその草で捕まえた。
「きゃ!」
「逃げちゃダメ!!」
彼女は鼻をつまみたくなるような臭気が漂うそこで盛大に転ける。そんな彼女に彼は慌てて、駆け寄った。咄嗟だったとはいえ、彼女を傷つけてしまった。
「ごめんね。こんなつもりじゃなかったんだ!」
そう彼は言い訳と謝罪を募るが、彼女はいきなり捕えられ逃げられない状態に半狂乱になっていて彼の言葉を微塵にも聞いてなかった。
「いや!いや!離して!帰して!!」
わあわあと叫ぶ彼女に彼は焦った。こんなところで騒がれては人が来てしまう。しかし、彼女に彼が声をかけようとすると、シヴァリエは更に悲鳴をあげてしまう。彼にはもうどうする事も出来なかった。
そこへ。
「なんだ?なんだ?」
「おや、魔族に綺麗な嬢ちゃんがいるじゃないか?」
2人組の男がやってきた。
彼はその魔眼で彼らが何者なのかすぐに察知した。
奴隷商‥‥!!
彼は怯える彼女を庇うように男達の前に出る。それに彼らは嘲笑を浮かべた。
「兄貴。コイツ、魔族の癖に人間の女を庇ってら。」
「なんだ?異種族関交際でもしてんのか?魔族みたいな低俗な奴が?」
その言葉に彼は息を飲んだ。こうして直に見るのは初めてだ。‥‥異種族差別。フローレンスでは特に酷いと言われるそれ。辺境伯領で忘れてしまっていたが、フローレンスとはそもそも異種族を下に見ている奴らの集まりなのだ。
「しかし、こんなとこに魔族ってことは積荷から逃げ出したのか?」
「今は戦争で魔族は特需ですからね。領地を奪われた貴族が軒並み魔族を買って鬱憤を晴らしているから。彼もその1人でしょ?」
その言葉に彼は目を見開く。
鬱憤?そんな理由で同類である魔族を買っている連中がいるのか?そんな、たったそれだけの理由で?理解不能だった。魔族はフローレンスを侵攻して侵略しても人間を捕虜にするだけで何もしない。彼らを虐げたり辱めたりするのは低俗な行為だからだ。だが、そんな低俗な行為を‥‥人間は平気で自分達と同じ魔族にしているだと!?
魔眼でそれを確かめるべく視界を広げる。すると、驚くほどの魔族が虐げと辱めに遭っているのを見つけた。
‥‥なんということだろう。
自身が1人の少女に現を抜かしている間に‥‥自分達の種族は‥‥人間に‥‥!!
「貴様ら!!!!」
彼が怒りに燃えたその時だった。
「何をしている!!」
そこに怒鳴り込んでくる“少年”がいた。




