表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/66

第28夜 味方1人いない。

前回のあらすじ


お兄様、真正面から貴族と戦う。

 












 放たれた言葉にグローゲンはぐうの音も出ない。

 自業自得‥‥。そうだろう。それが現実であり、確かな事実だ。だが、それをこの場で言い切ったその若き領主の剛胆さにもグローゲンは呆気を取られた。今までにいた辺境伯領の領主の中でもこんな人間はいなかった。怯え震え、罵倒に表情を歪めるような気の弱い者しかグローゲンは出会ったことが無い。だが、今やどうだろう。怯えているのも、彼の鋭利な言葉に表情を歪めているのも、こちらだ。今までの立場がこれでは逆転したようではないか。

 しかし、グローゲンは彼に舐められるわけにはいかないのだ。


 ‥‥“あの”辺境伯領だからこそ‥‥!



 「君は自業自得だというが‥‥自身が帝国の動きを見誤ったという考えは無いのかね?」

 「城壁が壊されるに至ったのは、私の落ち度だと?」

 「ああ、そうだ。」

 「‥‥ですが、あの場所は私の領地ではなく、確かローザレンス家の領地では無かったでしょうか?」

 その会話にシヴァリエは二重の意味で驚いた。

 どうしてもグローゲンというこの宰相はハルトに今回の責任を負わせたいようだった。無理やりすぎる。辺境伯領とは関係がないのは一目瞭然なのにどうしてそこまで言うのだろう。

 更に帝国に襲われたのはローザレンス家の領地だとはシヴァリエは初耳だった。‥‥兄との生活が幸せすぎて忘れていたが、ローザレンス家は自身の実の家族がいる場所‥‥ユリアはユリアは大丈夫だろうか?彼女がいれば両親も大丈夫だし、ローザレンス家も安泰だとシヴァリエは心底思っていた。

 そんなシヴァリエに気づいたのか、それとも偶然か、ハルトは妙に詳細に語った。‥‥ローザレンス家を痛烈に批判し糾弾しつつ。

 「領地外のことまで面倒見られる程の余裕は我が領地には御座いません。それに、その時には帝国より宣戦布告が来ていたではありませんか。だというのに聞けば、ローザレンス家は大した軍備もせず、いざ襲われた時には兵も送らずに領民を全て置いて、家族と使用人だけで王都に逃亡‥‥。‥‥これの責任が私にあると言うのですか?流石に、我が領地は他人の不手際かつ怠慢まで見切れません。」

 それに謁見の間の貴族やグローゲンが表情を一様に歪めた。グローゲンは内心、焦りを覚えた。

(侮ったか、この私が。この若造、想像以上に頭が切れる。)

 ローザレンス家のその事実は確かに事実だが、辺境伯領への糾弾の為にわざわざ“伏せた”事実だ。情報統制で人員を割いて辺境伯領には伝えなかったのだが‥‥!

(その情報統制を一体どうやって切り抜けた!?)

 そして、この場でそれを言われると非常に困ったことになるのをグローゲンはよく理解していた。



 「‥‥グローゲン‥‥いや、お前達‥‥。」



 その言葉にグローゲンと貴族達は息を飲んだ。グローゲンはその言葉を発した人物である‥‥王を見た。

 王は疲れたように溜息を吐いて、呆れたようにその表情を歪めていた。そんな王にグローゲンと貴族達は顔面蒼白にさせた。

 「王‥‥。」

 「何故、我にその報告が無いのか後ほど聞こう。そして、ローザレンス伯爵を後日、呼ぶように。」

 その言葉にグローゲンは渋々頷くしかなかった。そんな状況にもハルトは変わらず無表情であるが‥‥恐らく彼は分かっていて、ローザレンス家の不手際を王の前で言った筈である。グローゲンは歯噛みした。

 王には“辺境伯領を差別し続けて貰わねばならない”。

 その為には辺境伯領にとって有利な情報を王にも流さないことが重要だった。王の態度を急変させてはダメだ。だが、それを今、覆された。王はグローゲン達を非難した。

 「‥‥お前達の思惑は理解しているが、報告すら上げないとはどういう了見だ?我を軽んじているとも取れるが?」

 先程から王を敬わないが真っ当な理由を説明し真実を告げるハルトと、先程から王を敬いつつも不都合な事実を伏せて嘘をついた貴族達、王が後者に憤りを隠せないのも仕方が無かった。

 それに加え、王は貴族に憤りを隠せないのは、もう一つ‥‥王としては不純な個人的な理由があった。

(我が、妻よ‥‥。)

 王はハルトなど見ていなかった。

 その視線はその傍らにいるその少女に注がれていた。

 彼女は‥‥先日亡くなった最愛の妻の幼き頃に、実にそっくりだった。目の色が違うだけで出会った頃の、婚約した時の、彼女に本当にそっくりだった。そんな彼女がグローゲンの言葉一つ一つに表情を傷ついたように歪めるのを見ていられなかった。

 「‥‥マイネス伯爵。」

 王は厳かに口を開いた。

 「この度の釈明は不問としよう。」

 「王!?」

 その王の決定にグローゲンは声を荒らげる。しかし、王はそれを一瞥しただけ黙らせた。

 「‥‥こちらに不手際と疑惑が出来たのでな。」

 「‥‥!」

 その言葉にグローゲン達が目を見開くのに、王は嘆息しながらも続ける。

 「しかし、一つ意見が聞きたい。‥‥お前なら、この帝国の進軍をどう抑える?」

 この、見た目で侮ってはいけない程に頭が冴え、油断ならない雰囲気と、人を怯えさせる畏怖を持つ若き領主に王は問う。気になったのだ。グローゲン程の人物さえ彼はこの場でコケにしたようなものだ。そんなことができる才が彼にはある。ならば、今、たった1人の幼き少女に任せきっている現状を彼ならどう打破するのか、気になった。

 それにハルトは淡々と答えた。

 「城壁を作り直せばよろしいのです。」

 「‥‥?」

 何を言ったのか、謁見の間にいた誰もがよく分からなかった。城壁を作り直す?そんなことをして何になるのだろう、と。その場にいた誰もが思った。だが、彼は淡々と続けた。

 「城壁を作り直し、敵の増兵と物資の供給を断ち‥‥城壁の中の魔族を袋のネズミにすればよろしいかと。増兵も物資の供給も望めないなら、彼らは負けるしかないでしょう?」

 ひい、とそのハルトの言葉に悲鳴をあげたのは誰だっただろう?グローゲンは冷や汗を流した。

(なんと恐ろしく‥‥同時に、勝つ見込みのある策をこんな簡単に告げるのだろう。)

 要は絶望と飢えで彼らを追い詰める策だ。少女に任せるより実に有効で現実的な策だった。‥‥グローゲン達では考えもしない策だ。確かにそれだと勝機しかないだろう。フローレンス中から金を集め、早急に城壁を作り直し、帝国の介入を阻めば‥‥今のように1戦1戦を持ちこたえるような戦いをしなくて済む‥‥。例えそれで帝国側が地獄を味わうことになっても。



 「‥‥。」


 一方でシヴァリエは妙な不安を抱えていた。この場の空気がそうするのか‥‥たった1人で矢面に立つ兄が心配だからなのか分からないが、少しだけ兄のそばに寄る。

 だが、そんな中で分かっていることもある。

(何故か分からないけれど‥‥このフローレンスにとって兄様は‥‥いや私達はあまり好まれていない。)

 グローゲン達の態度、王もハルトに配慮はしているが、グローゲン達側であるのは変わりがない。辺境伯領がこの国の中で厳しい立場にあるのをシヴァリエは察した。

(兄様は‥‥そんな素振り1度も見せなかった。)

ハルトはきっとこのことをシヴァリエに隠してきたのだろう。使用人達も何も言わず、ハルトはシヴァリエに優しい世界しか見せていなかった。

 辺境伯領のことをシヴァリエはよく知っている気がしていた。しかし、それは上辺だけで実はもっと複雑な事情が辺境伯領には絡んでいて、こうして味方一人いない状況の中でハルトは領主をしているのにシヴァリエは目の当たりにして、心が痛んだ。

(‥‥私も何か兄様の支えになれるようなこと‥‥したいな‥‥。)

 恐らくこの王や貴族の態度からして、ハルトや辺境伯領に対して姿勢を変え、友好的になることなど有り得ないだろう。ならば、せめて兄を支えられるようなことを‥‥シヴァリエはしたいと心底、決意した。



そうシヴァリエが考えている最中。


 「‥‥分かった。マイネス伯爵、此度は下がって良い。」


 王がそう告げて、ハルトは丁寧に一礼した。シヴァリエも慌てて一礼する。そして、退室しようとするハルトに続いて、歩を進めようとした。



 だが。




 「‥‥ただ、そこのシヴァリエ嬢と今から話させてはくれないか?」

 その言葉にハルトもシヴァリエも足を止める。貴族達もまた一斉に驚き、どよめいた。

 「王!?」

 「どうされたのです?」

王が突如として、シヴァリエと話したいと半ば命令のような形で告げる。周りの貴族は突然の王の行動に戸惑っているようだった。当のシヴァリエは困惑して思わず咄嗟にハルトの服の裾を掴んだ。

 そして、そんなどよめきの中、シヴァリエに袖を掴まれているのに気づくと同時に、ハルトは目を細めて。





 「お断りします。」





 王の命令を王の目の前で堂々と即答で断った。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ