第27夜 謁見の間
前回のあらすじ
攻略対象その3に出会う。
す
この時の為に、辺境伯領の領主とその血の繋がらない妹に仕える使用人達は考えた。
そりゃあもう考えに考えた。
どうやって領主の妹‥‥シヴァリエ嬢をストーカーから逃すか、その1点だけを。
そうして考えたのが‥‥『シヴァリエ嬢王都に行ったからもう会えないよ作戦』である。ちなみに命名はシーラである。
シヴァリエが王都に1週間に行っている間にわざとシヴァリエの部屋を片付け、空にする。同時に向こうの屋敷に、商会に頼んでオーダーメイドしてもらった女の子好きする部屋を用意し、まるで、シヴァリエが向こうに完全に越したように見せかけた。向こうの屋敷にわざわざ部屋を作ったのはそれだけの理由ではないのだが、それは一先ずさておき、本題はここからである。
彼に引越したと勘違いさせると同時に諦めさせるのである。
彼は皇帝以前に魔族。王都という敵の領域かつ異種族の国の首都にそうそう行けまい。シヴァリエに会えないと彼は諦め、シヴァリエの傍観に徹する筈だ。
そして、その間に辺境伯領では彼の来訪を止めるため、家を中心に魔眼など許可しない魔法を通さない結界を広範囲に早急に作り出し、また、所謂、GPSのような技術にあたる位置観測魔法を部外者に自動的にかける罠魔法も開発した。更に家の改造もし、許可しない部外者が簡単に入れないようにした。同時に耐久性もあげ、この前の魔族の軍勢が一斉に攻撃しても傷一つ着かない仕様にした。
これで、1週間後にシヴァリエが帰ってきても、彼はシヴァリエを目で追うことも、こちらにやってきて会うことも出来なくなるはず、そうなれば彼もいつかは諦めるだろう。
「まさに。完璧。」
王都で今頃、久々の安息を過ごしているだろうシヴァリエの為、家が鉄壁要塞になったような気が否めないが、グラスゴーは自信を持ってそう言った。
ちなみにシヴァリエの部屋はすぐ避難できるよう、ハルトがよくいる執務室の隣にし、その上で結界だ魔法だ改造だ何だかんだ防護策を詰に詰込んだ。抜かりはない。完璧である。
「さあ、来い。ストーカー!お嬢様にはもう近づけまい!」
「グラスゴー、大変だ!王都に彼来ちゃったらしい!」
「ファ!?」
しかし、予想外のその情報にグラスゴーは口をあんぐりと開けた。
そんな事が辺境伯領に伝えられる数時間前。
シヴァリエは今世で初めて化粧してドレスを着て着飾った。
全ては王都の中心、宮殿に行く為である。初めて王との謁見になる。聞けば、ハルトも領主になってから王になるのは初めてだと言う。しかし、彼は王に会うというのに緊張した様子は無く、普段と何一つ変わりない様子だった。
「お兄様は、緊張しないのですか?」
「‥‥しない。」
「兄様は凄いです‥‥!」
「‥‥。」
そんな会話を微笑ましく繰り広げる2人だが、一方で、アンナは部屋の隅で先程からビクビク震えていた。未だに彼女はハルトに慣れなかった。
宮殿は筆舌に尽くし難い程に豪華な建造物だった。シヴァリエやアンナが途中で景色を見ないようにするぐらいには派手で視界の暴力というレベルで赤や金色など目に強烈に入る色や、脳が情報量でパンクする程に彫刻や絵画が永遠と並べられていた。
近衛兵に連れられて、王がいる謁見の間まで案内されているが、どこも同じような華美な装飾が続き、アンナはそれを見て、これでは芸術の為に飾っているのではなく財力と権力の主張をしたいから飾っているのだという魂胆が丸見えじゃない、と内心、呆れた。同時に宮殿を警護する近衛兵達が軒並み、ハルトに恐怖して小さく悲鳴をあげるのに心底、同情した。
そうして着いた謁見の間は今までに見た装飾で一番の派手さと細さを持った部屋だったが、これまで目が痛いほど華美な装飾を見てきたアンナには悪趣味の一言に尽きる程に、製作者の趣味を疑うまでに。豪華で芸術性はあるが統一感と美徳が死ぬほど無かった。
そんな謁見の間に礼儀作法正しくハルトとシヴァリエは入ったが、待っていたのは圧倒的な静けさだった。
部屋には何人もの貴族と兵、そして、王と宰相であるグローゲンがいたが、その全員が入ってきた2人に圧倒されたのである。片や身も凍り、目を背けたくなるような恐怖を放つ男、片や目を惹き付ける美貌を持った少女‥‥文字通り、目のやり場に困る2人であり、恐怖すればいいのか、彼女の未来に思いを馳せた方がいいのか、非常に混乱した。
そうした沈黙の中で、声を発した者がいた。
「父上、進行を。」
その声にグローゲンはハッとして、気分を変えるように咳払いした。内心は冷や汗が止まらなかったが、先程、声を発した人物はが‥‥自身の長男、ルークだ。襲撃時に足を悪くしたグローゲンの補佐として働かせている彼に格好の悪いところは親として見せられないとグローゲンは奮起した。
ふとシヴァリエはその声を発した人を見る。フローレンスではよく見る金髪に青い目の人物だったが。
(何故だか最近‥‥見た事あったような‥‥。)
妙な既視感を感じていた。
そんなシヴァリエの前でグローゲンが重々しく口を開いた。
「マイネス伯爵。この度は遠路はるばる御苦労であった‥‥。しかし、何故今になって来たのかね?」
その問は思わず首を傾げるものだった。
確か、来いと言われたから来たのでは無かったか?
まるで今まで来なかったことも、来たことも批判するような言葉だった。
グローゲンは内心、直視出来ない恐怖と不安に怯えながらも続ける。
「今回の帝国の侵攻についてだけでなく、自身の領主就任時にも来なかったではないか。何故、今になってきたのかね?」
それにハルトは淡々と返した。
「領地経営及び防衛戦線が安定した為です。」
それは淡々と放たれた言葉だというのに、何と重圧を感じる言葉だっただろう。参列していた貴族の1人がその恐怖に耐えかねてばったりと倒れたが、皆、怯えを顔に出さないようにするのに必死で構う者は誰一人としていなかった。
貴族達は本当は彼を王の前で詰り、罵倒し、諸々の批判をし、馬鹿にして恥をかかせようとしていた。自分達の領地が脅かされたのは辺境伯領のせいだと心底思っている上に、何せあの辺境伯領を統治しているというだけで失笑ものと思い、それにハルトをただの若造だと彼らは思っていたのだ。だが、来てみれば、ただそこにいるだけで逃げ出したくなるような恐怖を無言で放つ異様な人物。自分が彼に押し潰され消されるような気がして、今に彼らは死にそうになっていた。
グローゲンはあまりの圧に冷や汗が止まらなかったが、意地で踏ん張り続ける。
「しかし、それより王命が重要だと知らなかったのか?」
それにもハルトは無表情で事も無げに答えた。
「王命より人命でしたので。」
それを当の王の前でよく言えたものである。不敬罪に処されても仕方が無い。しかし、この兵すら圧倒する彼に罪を突きつけられるような勇気がある存在は誰にもいなかった。ハルトは珍しく口を開き、饒舌に説明する。
「私が領主になった当初、領民の人口はピークの2割しか居らず、その9割が飢えに苦しんでいました。帝国は“運良く”内戦の最中でしたが、領民の飢えは深刻かつ急務。また度重なる帝国の進軍によって田畑は荒れ、商業は潰えていました。その再興を優先しなければ、辺境伯領自体が立ち行かなくなる為、王命どころではありませんでした。また、今回の帝国侵攻については、突如とした“向こうが原因不明の撤退した”為、いつまた襲ってくるのか分からず、長期に渡る防衛戦をせざる得ませんでした。」
グローゲンは思わず息を呑む。
彼が領主になった当初、よほど辺境伯領が限界だったか理解できる。ピークの2割の人口ということは約200人弱、その9割が飢えていたとすれば、死亡率は恐ろしいものだっただろう。なるほど確かに王命より人命となるだろう。彼は領主としての意識が当時からさぞ強かったのだろう。
だが、最後の帝国の話は気になる。
向こうが原因不明の撤退をした‥‥?
ハルトは淡々と続ける。
「突如、自身の領地に帰ったのです。何の前触れもなく。私が言えるのはそれしか御座いません。我々に彼らを深追いできる程の軍の余裕もありませんでしたし、城壁にも向かわない彼らと我々が戦争するのも新たな火種を産むと判断し、いつまた襲って来るのかも分からない為、厳重な防衛ラインを張りつつ、監視のみに徹していました。王は長期戦をせよ、と仰りましたが、状況からして事実上不可能であったと報告させていただきます。」
頭を思わずグローゲンは抱える。
恐らく辺境伯領への侵攻中に帝国は気づいたのだろう。城壁が崩れかけているのを。彼は淡々と述べているが、そんな帝国の動きを裏付けていた。
「では、聞くが。君は‥‥今回の帝国が城壁を壊し我がフローレンスに甚大な被害が出たが‥‥その責任は誰にあると思うかね?」
その質問にシヴァリエは思わず顔を歪めた。まるで辺境伯領が悪いと口外に言うような言い方だった。というか、先程からこの謁見の間はおかしい。ハルトを攻めるように、ハルトに罪があるように、全てを進める。‥‥まるで、裁判所だった。対等ではない。事情をよく知らないシヴァリエにも分かる。
差別されてる。
この場に置いて、マイネス伯爵は誰より軽じられ、疎まれている‥‥。
(兄様‥‥?)
不安に思って、兄を見る。ハルトはいつもより饒舌ではあったが、その表情はいつもと同じく変わらず‥‥内心が全く読めない無表情だった。
そして、ハルトは真正面から淡々と言い切った。
「今回の責任なぞ、我がフローレンスの自業自得ではないですか?」
アンナはそれを聞いて、内心叫んだ。
(御領主!王様に喧嘩売りすぎでしょ!?確かにそうだけど!)
謁見の間の気温がマイナスまでに下がったような気がした。




