第26夜 庭園での邂逅
前回のあらすじ
街は臭いが、庭は綺麗。
スフィア・カルマンは今日久々の休暇を取っていた。
流石に少女を酷使させるのは‥‥と心が痛んだ王の計らいだった。スフィアとしては辞退したかったが、実の父や宰相、騎士達に皆、休むよう言われ、王都に戻って来ていた。
彼女は急遽出来た休みに退屈しかけていたが、ある事を思い立つ。
スフィアとしてではなく、明音として好きだった攻略対象がいた。
それがアルフレッド・ペンドラという後にフローレンスの流星と称される騎士団のエースである。亡くなってしまったが、ゲームでは騎士団長のコゴウが自ら育て上げ、期待する騎士としてヒロインに紹介し、出会うキャラクターだ。ヒロインより5歳ほど年上。ゲーム中では真面目性格と包容力ある器の大きさが売りだった。
この戦争のおかげでゲームより若いとはいえ、スフィアは彼に出会った。
現実の彼はやはりイケメンで明音がゲームの中で1番に気に入っていたキャラであったから、スフィアに彼を無視なんてことは出来なかった。
何とか話をしようと彼を誘うが、やはりスフィアは“ヒロイン”ではなく“悪役令嬢”だった。彼は職務に没頭していて、スフィアの誘いなど乗ることがない。‥‥ゲーム内では職務中でも会話だけでも出来たのに‥‥。
スフィアはそこが歯がゆいところだった。
最近、屋敷では割と話せるようになったが、外では完全にダメなようだった。
急遽出来た休暇を使って、花が見たいという口実に彼を連れ出し、彼と話そうとしたがすげなく断られてしまった。
ひとり寂しい気持ちを押し殺しつつ、お茶に手をつける。そうして目の前にいるその人にスフィアはお願いした。
「なら‥‥1番綺麗な花を‥‥私に持ってきてくれないかしら‥‥。」
それにアルフレッドは頷くと、その場から静かに離れた。
それを寂しげに見送りながら、スフィアは息を吐いた。
‥‥戦争は上手くいっている。戦況が落ち着くまであと少しだろう。少なくとも全てが始まる8年後には問題なく“攻略”できる。あの黒幕をどうにかするには8年後しか無い。‥‥予定調和が崩された今は厳しいが、未来はまだ何とかなるだろう。
だが‥‥。
「‥‥プライベートは上手くいかないものね。」
コゴウが亡くなったことでアルフレッドは心の支えを失くしたようなものだ。だからか、アルフレッドは何処か余裕が無い。その支えになろうとするが、スフィアはヒロインでは無い‥‥彼と関わる運命は一切無い悪役令嬢だった。
++++++
騎士団長であったコゴウの死はアルフレッドの心に暗い影を落とした。
だってそうだろう。アルフレッドとって師であり父であった人だったそんな人が亡くなった今、アルフレッドはただ戦い続ける機械に成り果てていた。
どこを目指し、何になりたいのか、分からなくなったのだ。
自身の心はどこか空虚で寒々しくなって、熱は無く、悲しんで哀しむ感情が隅で動いているのが唯一だった。一方、自身の剣からは重みがなくなった。いや、感じない、というのが正確だ。もう剣すら心を震わせないのだ。
しかし、自身は剣しか知らない。今更手放すことは出来ず‥‥心も死んで、ただ剣を振り回す機械のようになってしまった。
「はな‥‥か‥‥。」
スフィアのことをアルフレッドは嫌いな訳では無いが、妙に自身に気を遣うそのお節介が煩わしくて 仕方が無かった。今は、誰かに構われる余裕が無いのだ。その上、彼女は自身の為に何かしようという意志が見えすぎて、そこに悪意が無かったとしても、アルフレッドには彼女の気遣いが重く迷惑に見えた。
しかし、今、彼女は仕え守るべき人。
無下には簡単にできなかった。
とにかく命令である花を探しに彼は歩き出す。
早く命令を終わらせ、仕事に戻ろう。
仕事をしている時は何も考えずに済む。
彼は花の迷宮の中にある薔薇の木に咲いている花を1輪、切り落とそうを手を伸ばす。
だが。
‥‥っ‥‥!!
「‥‥いたっ‥‥。」
鋭いトゲがアルフレッドの腕を突き刺す。予想外のそれにアルフレッドは思わず、顔を顰めた。バラにトゲがあるなんて花に触れたことの無いアルフレッドは知らなかったのだ。
深く抉ってしまったのか、腕から大きな血の粒がそこに出来ていた。
しかし、戦地を知るアルフレッドから見れば、本当に些細な傷である。彼は自身のその傷を無視しようとした。
放って置けば、すぐに治る。悪化もしない。どうでもよかった。
だが。
「あの‥‥。」
声をかけられた。幼い少女の声。スフィア嬢の声では無かった。
その声の主が気になって、そちらを見れば思わずアルフレッドは目を見開いた。
綺麗だ、と思った。
その髪も、瞳も、肌も、その体躯も、彼女が来ている白いワンピースや、彼女の髪を束ねるアメジストのバレッタも、彼女を構成する一つ一つが綺麗だった。
視界を覆う花すらも、彼女を引き立てる為に輝いている気がするほどに。
「‥‥君は‥‥?」
バカバカしいことにアルフレッドは一瞬、彼女が花の妖精に見えた。そんなものフローレンスには存在しないというのに。
彼女はその問いに少し戸惑ったようだった。そこでアルフレッドは思いの外、低く冷めきった声音で彼女に話しかけたのに気づき、頭を下げた。
「申し訳ない。」
「い、いえ‥‥それより‥‥。」
少女はアルフレッドの腕の方を見た。
そこでアルフレッドは初めて自身の腕に着いた傷の状態に気づいた。
血が滴っていた‥‥。いや、“深く抉られていた”。
自身のもう片方の手を見れば、血がついていた。‥‥どうやら考え事をしている間に無意識に傷を抉ってしまったらしく、傷は深い傷になっていた。
しまった、と思ったのは、一瞬だった。どうせ治るだろうとすぐ様どうでも良くなった。
「気にするな。放ればどうとでもなる。」
「‥‥。」
そう告げると彼女は困ったように表情を歪め、何も言わずに自身の服からハンカチを取り出すと、それに戸惑うアルフレッドを置いて、無意識に抉り、血を滴らせていた傷口にそのハンカチを巻いて緩く縛った。
手当をしてくれたのだ。
「‥‥あの‥‥。」
「後から、ちゃんと傷を洗って包帯を巻いて下さいね。貴方、騎士様でしょう?貴方の身体は貴方だけのものでは無いはずですよ。放ってしまってはいけません。」
「‥‥!」
その少女の言葉にアルフレッドはハッとする。
思い出したのは、師の言葉だ
『俺達の基本は身体だ。身体の状態を良好に保たなければ、戦場で勝利を味わう前に野垂れ死ぬことになる。俺達の身体は国にとって武器であり盾だ。だから、無茶と無駄傷をするなよ‥‥アルフレッド。』
久々に、思い出すその姿に、声に、言葉にアルフレッドは呆然と立ち尽くしてしまう。自身は何と自暴自棄なことをしていたのだろう。そうだ、騎士である自身の身体は国のものである。愛する国を愛する人を守る為のもの。‥‥美しいバラを守るトゲのようなもの。
少女がくれたハンカチに自身の血が滲む。これが自身で作った傷から出たと考えるだけで羞恥を感じる。今までコゴウの下でこの身体をずっと大切にしながら鍛えてきた。国を守る為に、それを自分で傷つけたのだ。コゴウがここにいれば何というだろう。
『腑抜けるな。前を向け、その身体を幸せの為に使え!』
そうだ。自分は何と不甲斐なかったのだろう。コゴウの言葉を忘れてしまうなぞ。これで国を守ろうなどと何と騎士として失格と烙印を押されるような恥すべき行為をしていたのだろう。
それに気づいて、アルフレッドはやっと自身に冷静になれた。
「‥‥何とお詫びすればいいか‥‥ありがとうございます‥‥。」
見ず知らずでありながら、彼女はこんな自身に情けをかけてくれた。おかげで自身は目が覚めることが出来た。
そんなアルフレッドに少女は何か感じたのか、とても穏やかな微笑みを浮かべた。‥‥思わずそれにアルフレッドは胸が高鳴る。
「‥‥お怪我、治してね、騎士さん。」
そう少女は告げる。
その時、遠方から声が聞こえた。
「お嬢様?お嬢様!どちらにいらっしゃいますか?」
その声に少女はアルフレッドから視線を外し、背を向けた。
「ここよ。アンナ‥‥!」
「先程、人払いが来まして、こちらでは公爵令嬢様がお茶をするそうです。今から出ますよ。」
「はーい。」
そう使用人らしき人と話し、彼女はアルフレッドに向き直ると。
「では、また。お怪我に気をつけて。」
そう言って、その場から立ち去ろうと小走りでアルフレッドに完全に背を向け走り出した。それを慌てて、アルフレッドが止めようと口を開ける。
「いえ、待ってください。貴方の名前は‥‥!」
だが、そう聞く頃には少女は居なくなっていた。
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そんな様子を見ていた者が1人。
「どうしてかな‥‥?」
彼はとても不思議に思っていた。
「どうして‥‥僕にはあんな姿を見せないのに、あの男の人には微笑んだの?」
僕には向けられない。
僕には向けられない。
僕は‥‥あの微笑みを優しさを気遣いを与えられたことが無い。
どうして?
「‥‥僕にその愛をくれないんだろ‥‥?」
そこへ皇帝補佐官をしている男がやって来た。
「陛下。軍の増強を部隊長達が望んでいます。どうしましょう。」
フローレンスは今はルーシフーの乙女なる少女を担いで、この戦争を乗り切ろうとしている。皇帝である彼は一瞬少女から目を離し、その魔眼で戦場を見る。
なるほど、拮抗している。
フローレンスは経験が無いなりにも踏ん張っている。帝国の部隊長達が増強を望むのも無理はない。この踏ん張りは“厄介”だ。
「いいよ。送って。」
「ハッ。」
皇帝はそう冷静に分析し決断すると、すぐに少女の方に視線を移す。彼女は自身の侍女と楽しそうに庭を歩いていた。‥‥その侍女の立ち位置に自身がいたとしても、笑ってはくれないのを容易に想像出来て、彼は悲しくなった。
そして、思い出す先程の男。
湧いてきたのは焦燥と嫉妬。彼女に笑いかけられない自身への失望と焦り、男への嫉妬で彼はどうにかなりそうだった。
だから。
「ちょっと王都に行ってきます。」
「陛下!?」




