第25夜 観光
前回のあらすじ
王都到着
王都は辺境伯領しか外の世界を知らないシヴァリエにとって大きすぎる街だろう。確かにシヴァリエではなくまこちーとしてだったらもっと大きな街を知っているから、王都でさえも小さく見えるだろう。しかし、文化が違う。辺境伯領の文化を考えれば、王都はフローレンス1の最先端の文化を持つ大きな街だった。
王都は大きく4つの構成で作られており、1都市ぐらいの大きさがある宮殿と各省庁が並ぶ俗にキングスエリアと呼ばれるエリアを中心に、貴族の王都での邸宅や貴族の子女が学ぶ学校があるアッパーエリア、商会や商店、食堂が軒を連ねる商人と、その住民の居住区および港があるミドルエリア、王都郊外にあたる農耕民がいる場所をワーキングエリア、というエリアで王都は作られている。
ハルトとシヴァリエがいる屋敷はこのワーキングエリアにあり、王都の賑やかさや騒々しさとはかけ離れた静か場所だが、1歩、ミドルエリアからアッパーエリアに入るとその繁栄ぶりを五感全てを奪うように知ることが出来た。
道行く人は豪奢な衣装を身に纏い、造花や羽飾りで彩った帽子とハイヒールや厚底が流行っているのか、女性は皆、ハイヒール姿で、男性は厚底のブーツを履いていた。
また、豪奢なのは人間だけでなく、屋敷、その壁、馬車、その馬に至るまで装飾が施され、道路や街頭さえも化粧石や金や銀、宝石で彩られており、お金がかかっている。辺りを一度に見ると、あまりに華美で派手で豪華で、目がチカチカする程にだった。
だが、そんな景色よりシヴァリエとアンナが参っていたのは“臭い”だった。
「‥‥臭い‥‥。」
「臭すぎ。」
どんなに煌びやかな街に目を奪われても、その臭いには2人は堪らず、馬車の窓をピシャリと閉めた。そんな2人に先程から街を案内するライは苦笑した。
「仕方が御座いませぬ。‥‥何せ‥‥下水がございませんから。」
シヴァリエとアンナは昨日、若の勧めで王都を観光することに決めた。案内もライが引き受けると言ってくれ、フローレンスの中心部に思いを馳せた2人だったが‥‥五感を奪うほど綺麗で華美な世界が広がっていたとしても、その臭いには参っていた。
アンナが鼻を抑えながらライに詰め寄るように聞いた。
「何故、王都という最大の首都だというのに下水が無いのですか?」
それにライは実に丁寧に答えた。
「‥‥水源が無いのです。下水を作れる程、水がない為に下水は無く‥‥御手洗などは全て汲み取り式なのです。その為、街はこのような鼻が曲がる臭いが充満しているのです。」
飲料水となる水はあるのだが、下水に回せる程は無く、下水が作れないらしい。その為、御手洗などは汲み取り式かつ、人口密集地であることも相まって、臭いが物凄いことになっているようだ。ライ曰く、今はまだ良い方で週に一度、汲み取り式御手洗の回収馬車が街中を回る日は地獄らしい。それを聞いて、シヴァリエとアンナは顔を青ざめさせた。
辺境伯領に生まれてよかった‥‥そんなアンナの呟きが馬車の中に響いた。
何故、ワーキングエリアの屋敷に泊まったのか、ここで2人は分かった。ワーキングエリアの近くには畑しか無く人もいない。王都の中心部のように人が密集しているが故に起こるこうした臭いが無いのだ。恐らく、あの場所を確保しただろうジュリオと若にシヴァリエは内心、感謝した。
首都は綺麗で不潔な街、覚えた。
ライは2人を馬車に乗せ、ある場所に向かう。
そこはアッパーエリアにある中央庭園と呼ばれる場所だった。貴族専用の公共施設、公園のような場所だった。
「ここでしたら、まだ鼻が曲がらないでしょう。それにまだ小さな姫様を街に連れ出すには治安が心配ですから。」
「そんなに治安が悪いの?」
「王都の暴動発生率を聞きますか?」
「‥‥大丈夫です‥‥。」
どうやら王都も平和な街というわけでは無いらしい。
庭園に着くと近衛兵の人が入り口を睨んでおり、ライの姿を視認すると敬礼して、中にシヴァリエとアンナ共々、中に入れた。ライがにこやかに説明する。
「私から離れないようにお願いします。この庭園は何せ広いので。」
そうライが言ったが早いか。
シヴァリエの目の前にとても美しい世界が広がっていた。
何百という花の群れ、青や紫、赤、ピンクと花の色や形も異なる花花が、花壇や植木鉢に印象的に植えられている。そんな花に囲まれた広々と広がる芝生は抽象的な模様に沿って植えられ、さながらアリスの庭園だった。
またフジの花に似た花が咲く花棚が奥へと誘うように咲き誇っており、下を通ると何色もの花が目に飛び込んできて、シヴァリエの瞳を輝かせた。
奥へ行くと広葉樹の光り輝く森と芝生が広がるエリアがあり、広葉樹の間から降り注ぐ光がまるでスポットライトのように地上を照らしていた。
さらに奥は樹木に咲く花の庭園が広がっており、バラなどの木を複雑に並べ、生け垣にし、迷路のようにしていた。様々な色の花が咲くそこは、確かに花の迷宮で、シヴァリエとアンナは二人してそのファンタジーで夢のようなそこに興奮した。
「凄いよ、アンナ!私、絵本でしか見た事ない。」
「お嬢様、私も、私もです。領地にはこんな場所無いですから!」
そんな様子をライは見ながら微笑ましく見ていた。
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同じ頃。
その花の迷宮の真ん中に、机と椅子を置き、お茶を楽しむ少女がいた。そんな少女の傍らには侍女2人、執事が1人、護衛の騎士が1人‥‥そして、まだ背が小さいながらも立派な騎士の風格を持ったその少年がいた。その少年は深緑色の髪に眼光鋭い髪と同じ色の瞳をしており、どことなく彼の真面目さが雰囲気に出ていた。
ふとお茶を飲んでいた少女がそこにいる彼らに声をかけた。
「お願い、人払いをしてくれないかしら?」
その命令に控えていた彼らは一斉に頭を下げ、そこから離れる。
しかし、ふと、少女は少年を呼び止めた。
「‥‥アルフレッド。」
そう少年は呼ばれて顔をそちらに向ける。彼が少女を見ると、少女はどことなく緊張した面持ちで彼に告げた。
「‥‥貴方はここに残って下さらない?」
それに少年は小さく息を吐いた。
彼女を少年は嫌いな訳ではない。しかし、守るべき人とは思えど、“仲良くなるべき人”とはまだ思えなかった。だから、彼女が今日のように度々、2人きりで話すような状況を作る度に、少年はため息を吐いた、
「私は貴方の護衛です。今はお屋敷ではありませんよ。‥‥スフィア・カルマン公爵令嬢。」
口外に断りを入れると、フローレンスの英雄である。ルーシフーの乙女は傷ついたように表情を暗くした。
「‥‥貴方は本当に真面目ね。だから、尊敬しているわ。アルフレッド。」




