第21夜 ルーシフーの乙女
前回のあらすじ
まこのアイドルメンバーも転生していた。
フローレンスと帝国との戦いは、一方的な展開を見せていた。帝国がフローレンス各地で圧勝を重ねているのだ。既にフローレンスは国土の3分の1を帝国に渡すことになり、このままでは被害の拡大が懸念されていた。
元々、戦争慣れしていないフローレンスは部隊一つ作るにも手間取り、武器もモンスターを狩る専用のものはあるが、戦争に使えるかは微妙なところにあった。
しかし。それでもフローレンスの騎士団は健闘した。騎士団長が死に至るという不運と不幸があったものの、貴族の殆どが私兵を持っていなかった代わりに戦地に出向いて、幾度となく敗北しても、犠牲者を出しても、それでも戦っていた。
「‥‥マイクが死んだ?」
「それにアンディもだ。」
「クソッ、上手くいかねぇ!」
「っ‥‥!」
しかし、疲労はどうしようもなく、兵の殆どが怪我を負い、部隊の大半はいつの間にか亡くなっていた。悲惨な状況と言えた。終わることの無い魔族の攻撃に、死んでゆく味方、重なっていく敗北の二文字。逃げゆく仲間もいたが、それでも彼らは今は亡き騎士団長の意思を尊び、自分達の国であるフローレンスの為に戦った。
そんな最中。
「皆様、よくぞここまで戦って下さいました。」
灰色の戦地に不似合いな幼く愛らしい声が聞こえる。その方を騎士団は一斉に見る。そこには艶やかな赤毛とルビーのような瞳を持つ可憐な少女がいた。年の頃は10といったところだろうか?そんな少女の後ろには王室を守る近衛兵と公爵家が持つ私兵隊が並んでいた。
「これからは私達も貴方達と同じものを背負います。ですから‥‥共に戦いましょう?」
その少女がまるで聖女に見えた。もしくはとても崇高な天使か。
戦場にこの時、希望が降り立った。
その少女をスフィア・カルマンと言った。
身も蓋もない説明になるが、本来の乙女ゲームでは婚約者をヒロインに横恋慕されて奪われてしまい、奪い取られたことに腹を立ててヒロインを虐め、断罪されるテンプレートな悪役令嬢である。
しかし、今の彼女はそんな乙女ゲームのスフィアの名前と立場だけが同じの全くの別人である。
今の彼女は前世で米本明音と呼ばれていた女性で、このゲームをこよなく愛するが故に、ゲームと同じ世界であるこのフローレンスの幸せの為に戦場に赴き、その前世の知識を惜しみなく彼らに渡していた。本来のゲームの中では彼女はプライドが高く、自分の思い通りにいかないと癇癪を起こすのような少女だだったが‥‥今やフローレンスの為に邁進する気高く正義感の強い幼き女傑となっていた。
「私の見立てだと、帝国はこのルートに来るはず。谷間から挟み撃ちにすれば‥‥!」
「なるほど、確かに。」
彼女は前世でこのゲームの詳細まで頭に入れていた。だから、帝国の動きがどうなるのか、これから何が起こるのかある程度分かっていた。
また、このことを企てただろう黒幕についても‥‥。
スフィアはこの事態が黒幕によるものであることを既に気づいていた。だからこそ、ゲームの詳細まで知る自分が出てきて、フローレンスを助けなければ‥‥このままではフローレンスが倒れてしまう。
今、そういうルートに入ってしまっているのだから。
(救ってみせる。私の力で。)
後に彼女はカルマン公爵家の領地名をとって、ルーシフーの乙女と呼ばれるようになる。
フローレンスの歴史に残る聖女が今、ここに誕生したのだ。
++++++
スフィアが戦争に参加して数日後。
辺境伯領。深夜。
グラスゴーは魔族との戦争中のフローレンスの情報を集めつつ、ある書類の片付けに追われていた。
先程から溜息が止まらない。
現在、フローレンスは帝国と拮抗状態になっていた。あれだけ一方的だった帝国との戦争はルーシフーの乙女と呼ばれる少女の登場によって戦況を大きく好転させ、帝国の侵攻を今、尽く阻んでいるのだ。数百年間、戦争をしなかったフローレンスにとって、まるで奇跡のような展開になっていた。それでも、この戦争によって失われた国土は戦争前の3分の1に相当し、領地支配で繁栄してきたフローレンスにとっては大打撃に変わりはない。阻んではいるものの、取り返すまでにはフローレンスの戦力は及ばなかったのだ。
‥‥という、これはさておき。
「なんだかな‥‥。」
グラスゴーはまた溜息を吐いた。少女の登場は既に“予見されていたこと”だから、問題は無い。問題はその少女が登場したことと同時期に始まった辺境伯領に対する批判である。城壁が襲われたのを辺境伯領のせいにする貴族が多すぎる。おかげでグラスゴーの前には大量の封筒が束で重なっていた。それをグラスゴーは徹夜で処理している。しかも、三徹目である。こちらの事情などお構い無しにこの辺境伯領に抗議文を送ってくる貴方達の相手をするこちらの身になって欲しい。いい加減、眠い。
「自分の領地を失ったのは、自分達が衣食住に金かけまくったせいだろう。戦争には経済が重要なのは子女教育の基本だったろうが。うちの8歳のお嬢様でさえも知ってるぞ。うちのせいにすんじゃねえー!」
グラスゴーがブツブツと文句垂れる横で、この辺境伯領の領主であるハルトは万年筆を紙に走らせていた。今、書いているのは王都から再三来ている出仕命令へのお断りである。それについてもグラスゴーは溜息を吐いた。本当に王都は勝手である。今や辺境伯領は帝国に対して唯一勝利した領地であるのに、王都はそんな辺境伯領の領主を王の元に出仕させ、今回の件を釈明せよ、と命令して来た。理由は貴族と同じくこの度の不始末は辺境伯領のせいだと王室も思っているからだ。
まるで辺境伯領を同じ国だと思ってない。都合の良い国家防衛機構だと思っている。だからこそ、釈明せよ、なのだ。この過ちは罪人であるお前達のせいだと。告げ口したのは確かにこちらだが、城壁を治さなかったのは自分達なのに酷い言い草である。
しかし。今は、帝国軍が活発になっている時期。王都に内緒で取引したとはいえ、こちらも帝国を信用していないのだ。いつまたこちらを襲うか分からない中、領主不在は痛い。だから、ハルトは堂々と断っていた。それで向こうが怒っていようが、気分を損ねていようが、こちらにはこちらの仕事が終わっていないの一点張りで器用に断っていた。
それに‥‥今、全く別の問題でこちらは頭を悩ませているのである。そんな余裕が無かった。
とんとん。
控えめなノックが聞こえて、グラスゴーとハルトは扉の方を見る。それにグラスゴーは立ち上がりながら、頭を抱える。‥‥今日もダメだったようだ。
執務室の扉を開くとそこには、こんなに幼いのに目の下にクマが出来てしまっているシヴァリエだった。枕を握って顔を半分、その枕に埋めながら、酷く青白い顔で震えていた。
「‥‥今日もここにいて良いですか‥‥?」
どこか泣きそうに言うシヴァリエをグラスゴーは見ていられなくなりながら、シヴァリエに部屋に入るよう促し、自身は彼女に出す暖かいハーブティーを用意する為に退室した。そんなグラスゴーを見ることなく、虚ろにフラフラと身体を揺らしながら、シヴァリエは執務室のソファに小さく腰掛けた。
そんなシヴァリエにハルトは淡々と聞いた。
「‥‥また来たのか?」
それにシヴァリエはぼうっとした表情で頷いた。
今、辺境伯領は戦争とは全く関係がないがしかし、戦争がきっかけとなってしまった全く別の問題で頭を悩ませていた。
ハルトはシヴァリエをじっと見つめる。そこにはシヴァリエにしがみつくように蔓延る視線が、鎖のようにシヴァリエを縛り付けている。
それにハルトは小さく溜息を吐いたように見えた。
一方、台所でハーブティーを作っていたグラスゴーはまたも溜息を吐いていた。
「ったく‥‥誰がこんな展開予想出来たよ。帝国の皇子‥‥いや、今は皇帝か?あの人がお嬢様の熱烈なストーカーになるなんざ‥‥!」
一向にグラスゴーの苦悩は尽きなかった。




