第19夜 動乱の裏
前回のあらすじ
お兄様、魔族と取引する。
主人公、ストーカー現る。
南東の城壁が帝国に壊されたと王都に伝えられたのは、グローゲンが王と丁度、謁見していた時だった。
「何?城壁が?」
「はい!」
「全貴族に伝えろ!!国を守れ、と!!」
「はっ!!」
近衛兵がグローゲンの伝達をすぐさま伝える為にその王の執務室から出ていくのをグローゲンは見ながら、思わず溜息を吐いた。先日。先日、貴族の当主の殆どが亡くなり、新体制を作っている最中であったというのに、何故、このタイミングで帝国が出てくるのだ。しかも、辺境伯領ではなく、城壁に‥‥!
おそらくどれだけこちらが尽力しようとも、あの襲撃のせいで貴族の中でまともに魔族に対抗できる勢力はいないだろう。辺境伯領以外、数百年間、このフローレンスで戦争を経験した領地は無い。情けないことに軍備資金さえ、日々の贅沢に当てていた家が殆どだ。まともに私兵すら持っていない貴族も多い。
グローゲン自身はその辺りは徹底していた。サロンや舞踏会で『宰相殿は実に貧相な姿をしていらっしゃる。』と陰口叩かれようが、自身が持つ資金も軍備に当て、兵士としての鍛錬も騎士に積ませてきた。
‥‥だから、自身の領地は守れる自信がある。しかし、国となると‥‥。
「グローゲン。」
ふと目の前の人に呼ばれて、顔を上げる。そこには我が国の王がいる。彼は少しばかり困った顔をして、そうしてどこか穏やかに決意した表情を浮かべた。
「して、我はいつ退位すればいいかの?」
「王!?」
「誤解するな。グローゲン。引責としての退位だ。この件を引き起こしたのは、我が王族にもある。」
その王の言葉にグローゲンは悔しげに表情を歪めた。
辺境伯領が出来た理由には2通りほどある。その内の一つが、城壁の修繕費を工面できなかったことだ。話は今から数百年前に登る。
その頃、既に城壁の中の生温い平穏に、王族と貴族達は腐り始めていた。だから、渋ったのだ、城壁の強化修繕を。
建造物にさえ寿命はある。だから、フローレンス建国時の当時の王はそれを理解していたからこそ、数百年後の王族に修繕するよう王命を出していた。実際、数百年前当時の時点で城壁は壊れかけており、魔法士が幻術をかけて、老朽化していることを他国にバレないようにしていた。
だが、数百年前の王族達は既に贅沢を覚え過ぎていた。煌びやかな宝石、豪奢なドレス‥‥華麗な舞踏会。そして、その贅沢は今の王族や貴族にも受け継がれている。‥‥そうして、そんな贅沢には金がかかることをどの世代も総じて理解していたのだ。
だから、辺境伯領という弱点に見えるダミーの領地を作った。その方が安く済むという理由で。
わざわざ立派な見せかけ城門を拵え、魔族が攻め込むとしてもそちらへ行くようにした。城壁を崩されては困る為、辺境伯領の領民に城壁を死んでも守れ、と当時の王は命令し、城壁の修繕を放棄して贅沢に走った。
我が国のことながら恥ずかしいことだ、とグローゲンの目の前にいる王は言う。
「しかし、我も城壁の修繕をしなかった王の1人だ。我も言えたことではないな。」
「王‥‥。」
「この魔族の事態は我が責任を持って全うしよう。そうして、全うしたら‥‥私は全ての責任を持って、我が息子に位を譲ろう。」
「‥‥。」
「幸い、あの子は亡くなった彼女も王に推薦するような子だ。我より彼女の方がずっと賢く慧眼もあった。その彼女が自身の実の子よりも推した彼だ。これからは大丈夫だろう。」
王はどこか寂しそうにそう語る。それにグローゲンは悔しくなった。あの襲撃に関わる全ての人間の傷はまだ癒えていないのだ。そんな彼らが無理矢理でも自身を立たせ、奮起しなければならない事態にグローゲンは歯噛みする。今までに自分達の行いが仇であったとはいえ、家族を失えば誰だって辛い。しかし、それでも戦わねばならない。
「‥‥失礼致します。」
と、そんな最中に、1人の来訪者が現れる。
王とグローゲンはその入ってきた人間を見て驚いた。
「カルマン公爵殿‥‥?」
カルマンというグローゲンと同じく公爵の地位を持つ貴族だった。彼はこの前の襲撃のさい、病を理由に代理を会議に送っていた為、無事だった人だ。そんな人が何故、突然現れたのか、グローゲンは理解に苦しんだ。しかし、意を決した表情のカルマンの次の言葉に彼は目を見開くこととなる。
「‥‥お2人に、我が娘を会っていただきたい。」
「カルマン公爵?どういうことかね?」
「我が娘はどうやら“未来が見える”ようなのです。」
「!?」
俄に信じ難い話だった。しかし、カルマンは2人を説得するように続ける。
「‥‥私も信じられないのです。しかし、我が娘が話す言葉を一度、耳を傾けて欲しい。あまりに‥‥詳細で‥‥ブレがなく‥‥王子やグローゲン殿の次男坊の8年後の事まで知っているのです。」
「何!?」
「一度、会って下さい。もしやすると‥‥我が国に救世主が現れたやもしれません‥‥。」
それがフローレンス再興の希望との出会いとなることを誰が予見できただろう。グローゲンには全く予想もつかなかった。後々、この時の自分の見る目の無さを不甲斐なく思う事になる。
しかし、それが新たなフローレンスの危機の始まりになることは‥‥誰にも分からなかった。




