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第18夜 事実。

前回のあらすじ


ハルトVSエンコフ(割と不利)

 











 エンコフは頭を使う。



 緊張のあまり汗が吹き出し、その表情は自ずと固いものになる。しかも、手先とその腕は緊張と恐怖でガタガタと揺れている。それを抑えるほどの余裕も今は無いというのに。

(だが、今、今、踏ん張らねば。)

 后妃が皇子の無事を望んでいる。

 それをどうしてもエンコフは全うしたかった。



 だから、彼は思い切って打って出た。



 「‥‥そもそも、我々には辺境伯領しか攻められないのです。」

 その言葉に目の前にいる領主以外その場にいた全員が唖然とするのをエンコフは肌で感じた。それはそうだろう。受け取りようによっては、自分達は貴方の領地をこれからも襲うしかない。と言っているようなものだ。だが、エンコフはそうそれを言ったつもりは無い。

 ただ確実にブレることの無い結論をきっぱりと言ったのだ。

 帝国にフローレンス攻略で辺境伯領を襲わないという選択肢は無いのだ、とはっきりさせることで、エンコフは自分達の立場も辺境伯領の領主にはっきりさせたのだ。幾らここで皇子を殺そうが、幾ら王が変われど、何をどうしても帝国は辺境伯領は襲う‥‥そうエンコフは告げた。

 これで相手の出方を伺う。

 どうしようもない事実を突きつければ、彼だって惑うだろうと思い、エンコフは彼をもう一度、見る。

 しかし、返ってきた言葉は本当に容赦が無かった。



 「怠慢だ。辺境伯領しか無いと考える時点でそれは怠慢だ。」



 エンコフは、それに二の句が繋げなくなった。

 彼は淡々とエンコフを前に饒舌に続ける。

 「貴様らは所詮、試行錯誤をしていないのにそれしかないと断定しているのみだ。それを堂々と掲げられて、了承すると思ったか?出来るはずが無いだろう。そして、実にフローレンスの策略にハマっているではないか。」

 そう結局、帝国側は辺境伯領しかない、と言うより、辺境伯領しか攻められないと勝手に決めつけて、他の攻略法を全く考えていないのだ。実際は攻めあぐねて何年も失敗しているというのに。

 しかし、そんなことよりもその領主の最後の言葉にエンコフは息を呑む。

 今は彼は何と言ったか、フローレンスの策略だと!?彼は何を言っているのだろう。まるで‥‥“自分達の国の秘密を明かすようじゃないか”。

 そんなエンコフの懸念通りに彼は恐らく‥‥フローレンスの機密情報だろうそれを淡々と話し始めた。何でもない。何かの授業のように説明する。‥‥そう。自身が何を言っているのかよく分かった上で彼は話し始めたのだ。

 「辺境伯領は、フローレンス自身の致命的欠陥を隠し、お前達にそこを襲わせる為にわざわざ作られた領地‥‥所謂、ダミーだ。その上‥‥お前達は侵略する側でしか無い故に知らないだろうが、辺境伯領はフローレンス王都では‥‥捨駒を意味する。それがどういうことか分かるか?」

 エンコフは思わず、息を飲んだ。

 それは衝撃の事実だった。

 自分達では知りようがない。つまり、辺境伯領はフローレンスが帝国に敷いた罠であり、フローレンスの捨駒なのだ。‥‥それもとても残酷で悲惨で惨い事実を端的に示していた。

 そんな中で彼は淡々と辺境伯領の知られざる事情を明かしていく。

 「戦争時には城門は固く閉ざされ、領民が例え人間という同種族であろうと国は城郭内に避難するのを許可することは無く、お前は国防の犠牲になれ、と国に暗に言われる。そうして、領民が死んだとしても、領地が荒れたとしても彼らは無視を決め込む‥‥。そう。魔族がこちらに戦争を仕掛けて来る度に、我々は国に見捨てられ、人身御供される立場にあるということだ。

 ‥‥貴様らの言い分など怠慢。こちらの事情の方が余程、どうしようもない確約された事実だ。」

 思わず、そこに居た全員が絶句する。

 確かに帝国もまともな国ではないが、自身の致命的欠陥の為に領地をわざわざ作り、戦争の度に自身の国民を見捨て、見殺しにしているなど‥‥聞いていてゾッとする。何故、そんなことが出来るのか分からない。どういう理由でそんなことをするのか分からない。だが、領主はそれが事実だと語る。

 「何故そんなダミーを作り、何故俺達を見捨てるかまではお前達に語っても仕方が無い。故にそこは伏せさせてもらうが、もう随分のこと、辺境伯領は国から冷遇と差別を受けている。しかし、戦争さえ無ければ安寧はある。だからこそ、俺としては戦乱を回避したい。だというのに‥‥貴様らは実に怠慢だ。そんな理由で襲撃されるこちらの身にとっては、帝国の頭を疑う他無い。」

 淡々と無表情で語られるその言葉の鋭利な鋭さに、息が出来なくなりそうであった。しかし、エンコフは閃く。ならば。彼らの事情を知った今ならば、幾らでも取引のしようはある。向こうの求めるものも、こちらの求めるものは必ずしも合致しないが、“利害の一致”ならば出来る。

 ‥‥そもそもそれをする為に彼は自分達に語ったのだろうが、彼だけに全てを主導されては国を抱える側として恥だ。こちらの国として意地を見せなければならない。


 「‥‥では、辺境伯領の領主、フローレンスより迫害されし領地の長よ。取引しましょう。」


 エンコフは皇子を生かしたい。領主は領地とそこに居る領民を守りたい。

 しからば。


 「フローレンスのその致命的欠陥とやらは‥‥何処ですかな?」


 辺境伯領への侵攻を今後一切しない代わりに、フローレンスのその欠陥を教えて貰おう。エンコフのその言葉に、その領主、ハルトは僅かに頷いた。




























 その日、その夕方。






 結局、帝国の軍勢は辺境伯領の地を踏むこと無く、兵の殆どが逃げ出していたのもあって、撤退した。彼らから見れば、この侵攻はただ身内に甚大な被害と徒労を負わせただけで完全なる敗北であったが、一方、辺境伯領側は死者も重傷者も確かに出たが、甚大な被害は出ず、領地も荒らされることなく快勝したも同然であった。

 しかし、しばらくはまた帝国がまた攻めてくるかもしれない為、平和に戻る訳ではなく、国境を24時間監視し、準戦闘態勢を崩さないようにしなければならない。




 そんな最中。



 「うーん‥‥。」

 「どうされました?お嬢様?」

 地下シェルターから一旦、帰宅することになったシヴァリエは妙な違和感に襲われていた。その違和感から辺りを見渡すが、特に何も無い。不思議さから首を傾げるがそれが何なのか分からなかった。

 「アンナ、私、何故かずっと見られている気がするの。でも、誰も居ないよね?」

 「ちょ、ちょちょいきなり何言うんですか!?」

 それ幽霊とか言いませんよね!?とアンナは怯えたように言うが、そうじゃないんだけど、とシヴァリエは苦笑した。

 そう、そうではない。

 生きた人の目がこちらを向いている気がするのだ。穴が開きそうなぐらい強烈な視線を感じるという違和感。いつからあったのか、シヴァリエには思い出せないが、気づけば違和感としてそこにあった。

 その上、その違和感に近いものをアイドルまこちーとして経験したことがある為に、シヴァリエの警戒は今最高潮に達していた。

(ストーカー‥‥?)

 少しそう考えて身震いがする。もうアイドルまこちーではなく、シヴァリエなのだ。注目されるようなことはしていない筈で、されたとしても意味が分からない。そもそも昔のように相手にしたくない。怖い。

(違うといいな‥‥。)

 その違和感から逃げるようにシヴァリエはアンナの傍から出来るだけ離れないように駆け寄った。


 しかし、そんな違和感を抱えて帰ってきた家で、そんな違和感と恐怖を吹き飛ばすようなことが待っていた。


 「兄様!」

 見た事が無い馬を連れながら、丁度、前線からハルトと‥‥何故か酷くげっそりした様子のグラスゴーが帰ってくるところだった。

 ハルトは怪我した様子も無く、かと言って、疲れている様子でもなく、いつもの無表情のまま、ハルトを見つけて思わず駆け寄ってきたシヴァリエを迎えた。

 「おかえりなさい!」

 「ああ。」

 いつもの通りの寡黙な兄が、無事に帰ってきたことをシヴァリエは本当に嬉しく思う。見た事が無い馬がそこにいることと、遠い目をしているグラスゴーが気になるが、そんなことは些細なことだった。

 シヴァリエは先程まで感じていた違和感などすっかり忘れて、その顔に笑顔を浮かべて、実に上機嫌に家路に着くハルトの隣を歩き出した。


 そんなシヴァリエを見て、ハルトが目を細めるのに気づかずに。


 「‥‥駄目だったか‥‥。」

 「?兄様?」

 「‥‥。」


 シヴァリエに絡みつくように蔓延るそれ、シヴァリエが違和感として感じるそれにハルトは小さく息を吐いたように見えた。















 一方、帝国。






 エンコフ達が帰還した時、帝国はこれ以上無い程に混乱していた。

 突然、前触れもなく皇帝が亡くなったのだ。

 泡吹いて亡くなっている以外は外傷はなく、死因も不明。謀殺されたにしても、魔術で殺されたにしても不明で、何故か鏡の前で亡くなっていることも含め、不可解な怪死を遂げていた。

 だが、幸いなことに皇帝が例え、どんな思惑があろうとも後継者を早々に決めていた為、大臣達は早急に葬儀と皇帝の継承式の準備をその日の内に始めることが出来た。とはいえ、いきなりのことに誰もが混乱し、慌しく走り回っていた。



 しかし、そんなことどうでもいいとばかりに、王城にある自室にて、どこかここに心あらずという表情で、ベッドに横になっている魔族が1人。

 シリウスはその魔眼でずっと少女を追いかけているままだった。

 あの領主が自身の前に現れた時、魔眼が“焼き切られる”ような感覚がした。魔法なのか何によるものだったのかは分からない。ただ彼から発せられるプレッシャーとも言える威圧を感じ、その存在そのものを視認した途端、魔眼が焼けた。

 膨大な情報を一気に見ようとすると脳が焼き切れそうになることはあるが、まさか視認するだけで“魔眼がその存在に負けて”焼き切られそうになるなんて思わなかった。あの領主をまともに見たら、魔眼は壊れる。そんな嫌な事実を身を持って知った。

 だが、そんな事実からシリウスは抵抗したのだ。あの時、シリウスは少女が見られなくなるのが嫌で焼き切られると思った瞬間、意地で耐え抜いた。

 だから、ダメージをかなり受けて、本当に目を開けるのも億劫だが、まだ少女をこの目で追えることが出来ていた。耐え抜いた甲斐があったとシリウスはほくそ笑む。



 だが。



 「え?」

 シリウスの魔眼が有り得ない光景を、シリウスに見せる。

 少女がぱあっとその表情をうっとりするくらい明るくしたと思ったら、その少女が満面の笑みで誰かに駆け寄っていった。その先にいた、愛しい彼女が駆け寄った相手にシリウスは戦慄した。



 あの領主だ。



 少女はシリウスが初めて見るような幸せそうな表情でその恐怖する塊のようなその人の隣に行く。

 何で、彼女は彼が恐ろしくないのだろう。

 何で、彼女は彼の隣にいるのだろう。


 ‥‥何で、彼女は‥‥そんなに彼のことが好きなんだろう。



 「‥‥逃げなきゃダメだよ。」

 そんな怖い人のところにいたら、ダメ。だって分かるもん、あの人は本当に、本当に怖い人だって。エンコフと今日何を話していたか知らないけど、僕の魔眼を焼き切ってしまうような人だもん。絶対にダメだ。


 ああ、そうだ。


 「迎えに行こう。僕のお城に連れてくるんだ。」






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