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第1夜 運命の夜。

前回のあらすじ


主人公、後ろから刺される。


今回のあらすじ


主人公、生まれ変わった。












「‥‥意外と良かったな。自分の前世かこ。」





そんなことを私は白亜の壁に囲まれた二階の吹き抜けから眩しい光が降り注ぐ屋敷の玄関ホールで呟いた。

目の前には先程帰ってきた貴族の父親とそんな父親に媚を売るように甘えに行く双子の妹がいる。2人は私の今世げんざいの家族であり、そして‥‥。


「あら、いたの。アイリス。」


ふと、今、気づきましたとばかりに妹のユリアがこちらを振り返る。


「お父様、このアイリスをお叱りになって?今日も私の勉強を邪魔しましたの!私が集中している時にわざわざ咳を何回もしましたのよ!」


そして、決まり文句のようにそう喚くように私の罪状をお父様に言った。それを聞いたユリア大好きなお父様は当然のことながら私に怒鳴った。

「まあ、何と酷いんだ!アイリス!お前は部屋から出るな!!」

その言葉にユリアが待ってましたとばかりに、口元に笑みを浮かべる。私はもう分かっていたこの展開の為ににわざわざ玄関ホールまで来ていたので、特に気落ちすることなく「はい。」と答えて私は予定通りに部屋に自分から入って、閉められた。


部屋、というのは自室ではない。

屋敷のメイドさんが使うような物置部屋だ。

箒とか雑巾とか部屋を治す木材なんかがある部屋。私はそこに一晩入れられる。昨日までの私なら泣き叫んでいたが、今の私は何だかあまり恐怖を感じなかった。

何故か。

私はつい先程、所謂、前世というのを思い出した。

きっかけはユリアだったように思う。あの子は凄く我儘で駄々っ子で、自分が美少女だと自信満々で他の女の子が嫌いで、何故か私を毎日苛める子。私が気づいた時には両親は彼女だけを溺愛していて、メイドさん達もユリアを尊重するようになっていた。多分、そういう愛される器用さって言うのがあの子にはあるんだと思う。そんな彼女は今日、日課の私いじめで、家庭教師の真ん前で隣にいる私に丸めた紙をぶつけていたのだけど(ちなみに先生もユリアにゾッコンだ。何故か分からないけど。)、その時に「あなたの声って歌ったら、絶対音痴よね。」と脈絡ない、わけの分からない罵倒をされたのだ。紙を投げているのに何でそんな話になったのか、疑問に思っている時にふと、昔誰かに声を褒められたことを思い出して、そのついでに前世を私は思い出したのだ。



私の前世はアイドルだった。

国で一番のアイドルグループのセンター。

だけど、家族や友達には恵まれなくて、プライベートは常に独りぼっちだった女の子‥‥。

最後はステージの上で死んだんだ。



そう思い出したら、今も独りぼっちなんだなぁと寂しくなるけど、割と平気になった。

前世と違って、苛めるって言っても妹もいるし、私をそうする訳ではないけど妹を、娘を溺愛する両親もいる。屋敷の中にはメイドさんや執事さんがいるし、義務とはいえ、ちゃんと彼らは私を家族として扱ってくれる。

前より随分マシな生活だ。


私は恋茉莉まこ、改めて今は、アイリス・ローザレンス、8歳。


西欧の中世みたいな世界に生まれ変わった私。

生まれて此の方、この屋敷から出たことが無いから、詳しくは分からないけど、この世界は魔法の世界だった。何だか当たり前にあるものだから、私は何も今更感慨が湧かないけど、現代人が電気やガスですることをこの世界では魔法でする。料理も魔法、掃除も風呂も魔法、生活の至る所で魔法を使う。ただし魔法は10歳からしか使えない。 あ、ちなみにこの国は人間だけの国。だけど、なんと郊外とか国境にはモンスターがいて、国境の向こうには魔族や獣人の国があるんだって。

‥‥少し興味あるな‥‥。人間以外の存在なんて見た事ない。

でも、この屋敷の人には魔族や獣人を好む人‥‥いや、人間以外を嫌う人が多い。それらの言葉は専ら人を揶揄う時の蔑称として使うもの。お前は魔族みたいに頭がおかしいとか、獣人並みの脳みそだとか‥‥。この分だと国同士仲良くないのかもしれない。


誰もいない物置部屋で、自分の頭を整理する。



意外と前世を思い出したところで、混乱はない。

ただ子どもじみた自分の気持ちが少しだけ醒めたくらいかな?本当は暗くて誰もいなくて寂しい部屋に自分から入ったとはいえ泣きたいのに、少しだけ大人な自分が泣くのを我慢しているおかげで、冷静になれた。


これからどうしようか?


思い出したところで、現状が変わるわけではないけど少なくとも将来は考えられる筈だ。

このローザレンス家は貴族だ。

国の名前を思い出せないけど、この家が貴族で、その令嬢は権力拡大のための戦略結婚に使われるのを私はメイドさんの雑談に聞き耳立てた時に知った。特にユリアはこの国の王子様と結婚したいらしいから、お父様が頑張っているらしい。お母様も大賛成だとか、むしろ、王子様に嫁いで悪いことは無いから、娘が乗り気なのは尚更良いんだろう。


私は‥‥王子様とか別にどうでもいいかな。


アイドルとして色んな人に会ったけど、顔面偏差値と中身の偏差値は違うもの。立場も顔も良いからと言って、その人が良い人かと言うと結構変人だらけだし。


やっぱり最終的には中身になるよね。


それより‥‥私は‥‥。


うん。やっぱり人間以外の人達に興味がある。またアイドルになってステージに立つのはこの中世の世界観では無理だろう。だから、思いきって別のこと、外交官的なのになろうかな。お仕事で外国の方に会う番組企画とか楽しかったなぁ‥‥。拙い英語でみんなとよく仲良くなれたと思う。何故か私を自分の国に連れて帰ろうとする人が多かったのが、今でも分からないけど。あとロケ中に口説かれるとか。

それはさておき、人間とは違う姿をしているわけだから、言語も違うのかしら?あ、じゃあまず言葉の勉強しなくちゃね。

うん。自分のやりたいことが見えてきた。

魔法も気になるけど、まずはモノホンの外国の人に会ってみたい。好奇心がむくむくと大きくなっていく。

冷遇なんて慣れてる。この屋敷にいる間は暖かい日々なんて期待出来ないけど、居場所として不都合は今のところ無いし、私は前世で家庭だけが暖かいとは限らないのを知っている。

ふふっ、私の人生これからだ。



‥‥そう寂しい私に私は言い聞かせた。







+++++






それから、数ヶ月後。





私は語学に夢中になってた。

家庭教師の先生がびっくりするくらい飲み込みが早いって言ってた。まだ海外の言葉は学んで無いし、自分の国の言葉だけだけど、大体の書物が読めるまでになった。算数は苦手なままだけど、家庭教師の先生が持ってきた古文書を何となく読めるようになったから、上々。えへへ、何か西欧の中世みたいな世界だからか、古文書の中身は結構ファンタジーなお話が多くて面白い。勇者と魔王の話とか、ドラゴンの天空王国とか、読んでいて楽しい。

古文書に夢中な私をユリアはあまり気に入らないみたいで読んでいると蹴ったり取り上げたりしようとしてくるけど、最近知った。私の方が一枚上手だ。家庭教師の先生の前やお母様が近くにいる部屋で読んでいると、彼女はいじめない。あの子は賢いから、不利になるようなことはしないのよ。だから、私もそれを理解して本を読む時だけは器用に逃げた。


あと、最近、彼女の不思議な独り言に興味を持った。


あの子、自分が1人だと思っている時に色々呟いているの。

「確か王子様のルートがこれで‥‥公爵子息がこうで‥‥騎士の彼がああいって‥‥隣国の王子はあれでしょ。」

ルートだとか言っているから、道のことかしら。あの子、王子様だけじゃなくて公爵子息や騎士も気になるみたい。恋多き乙女だね。道‥‥つまり、直接会いに行く算段を立ててるのかも。前世の知識だとルートと言えば、ゲームのことだったけど、ユリアが知ってる筈ないもの。多分、彼女、夜這いの算段を立ててるのよ。結構、ユリアおませさんだし。ただ一般常識として夜這いってどうなのかな?こっちは普通だったりして。



相変わらずの生活だけど、不自由はわたしには無かった。



‥‥確かに家族から愛されていないのが、少しだけ辛くもあるけど‥‥本音として。


前世も前世だったから、仲良くしたいな。

夜這いするユリアに突撃してみようかな?怒るかな?あの子、小さい頃からずっと私を嫌っているから無理かもだけど。あの子、私のご飯にも口出しているのか、私のご飯は3食、蒸したじゃがいもに塩をまぶしただけのサラダと、あと、堅パンばかりだ。はっきり言って不味い。じゃがいもは味気がないパサパサしたのに無理やり塩水を浸した味しかしないし、パンは凄く黒くて焦げてて、竈の炭みたいな味がする。不味い。お腹が空くから仕方が無しに食べてるけど出来るだけ食べたくない味してる上に、量も手のひらに乗るぐらいしか貰えない。1人でいつも食事するからみんながどんなの食べているのか知らないけれど、前に厨房のところでユリアが「あんな不味いものは全部アイリスにやって!!もっと美味しいものを私に寄越してよ!」とごねていたから、多分かなり美味しいものを食べているんだろう。

あと、お母様とは少しずつお話出来るようになった。お母様はとても若くてオシャレ好き、お洋服とか褒めると少しだけ機嫌良くお話してくれる‥‥ユリアが来るまで。ユリアが来るとお母様はユリアに集中しちゃうから、まだまだ亀の足ぐらいの遅さで仲良くなろうとしてる。‥‥私に興味があるだけマシかな‥‥。


ちなみにお父様は仕事が忙しくて会えない日の方が多いし、帰ってきたら帰ってきたでユリアがべったり張り付いているから、お話出来る機会は無い。



あ、そう言えば、私、最近、容姿が変わり始めているのよね。


私、金髪に青い目の容姿をしているんだけど、最近、金色の髪が銀色になって、目が段々紫色になってる気がする。気がするだけで周りは何も言わないけど、何なのかなぁ?





+++++









その日は嵐の日だった。



真夜中だというのに窓がギィギィ言っていてうるさい。そんな外では木がごおごおと風に揺れていて、葉っぱが悲鳴をあげるように鳴っている。雨が耳元でつんざく響くように屋根と壁を叩いていた。遠くからは稲光と一緒に雷鳴が響いて、少し怖いくらいだ。

風が屋敷を揺らし出す頃には、屋敷の玄関の方から窓が割れる音がした。きっと庭の枝がとうとう折れて、入ってきたんだ。明日、掃除大変そう。



でも、そうじゃなかったみたい。



「きゃあああああ!!」

玄関の方から誰かの悲鳴が響いた。私は思わずびっくりしてお布団を被る。そうしてしばらくして屋根から雨がひっきりなしに滴り落ちる音に紛れて、玄関から廊下から屋敷の色んなところから声がした。


「お前は一体‥‥グッ‥‥!?」

「いやあああああ!殺さないで!!」

「騎士団を誰かッ!」

「旦那様逃げてください!!」


心臓がバクバク鳴る。何が、何が起こっているんだろう。息を潜めて頭を手で抱える。直感が叫ぶ、今出て行ったらだめだ。逃げたら‥‥捕まるっ!!

ど、ど、ど、ど、と心臓が鳴る中で私は息を殺した。


「お前は、お前は誰だ!?」

「あ、あなたぁ‥‥。」


私がいるすぐ近くの部屋でお父様とお母様の悲鳴が聞こえた。それに私は怖くなって身体を震わせた。‥‥すぐ近くにやって来たのだ。‥‥この嵐に紛れてやって来た‥‥怖い人が。ぶるぶるがたがた私は怯えてしまう。


そんな時。


「オトウサマト オカアサマニ チカヅカナイデ‥‥。」

ヤケに冷静というか棒読みというかよく分からない声音のユリアの声がする。

私はドキッとした。

ユリアの妙な棒読みはきっと恐怖からで、言葉は本心なのだろう。なんて時にあの子は親を護る為に声を上げているのだろう。私はお布団から顔を上げた。

「‥‥私もこうしちゃいられない。」

彼女の勇気に対して、私は怯えてばかり。家族の為に何かすることで家族との溝が解消するなんてよくドラマで見る展開。きっと今がその瞬間よ。

足が怖くて震えるけど、私はベッドから飛び出して、両親の部屋へ飛び込んだ。ユリアだけに背負わせたくないもの。



そこには怯える両親を背に、ちょっと緊張気味?いや怖がっていると思しきユリアと、ユリアの目の前にいる‥‥黒いローブに身を包んだ人‥‥いや、足が見えないからゆうれい?がいた。


何故か私はその景色を見て、急にホッとして冷静になれた。だって、足が無くても襲った人が人型をしているってだけでお話が出来そうだと一瞬だけでも思えたから、怖いのが薄れる。うん。私、これで立てるわ。


‥‥ただ何故かユリアがやって来た私に嫌そうに目を細めたのが気になるけど。


そのローブの人が私に気づいて、後ろにいる私の方を見る。ローブの中にあるはずの顔は空洞になっていて、顔が無いのかも知れない。でも、不思議と怖くないのはユリアがまだ立っているからだ。私が怖がるにはまだ早い。私はそのローブを掴んで、言った。

「お父様とお母様、ユリアに手を出さないで。」

声が震えていたかもしれない。しかし、言いたいことは言えた。そこでふと気づく。



「‥‥あ、このフードの人‥‥顔が無いなら、口もないんじゃない?会話できるのかな?」



「いや、そこ、心配するとこなの‥‥?」

私の気づきに訝しげにユリアがそう指摘した。いつの間にかユリアの表情から怯えが消えて、何だか呆れたようにこちらを見ていた。それからユリアが鬱陶しげに目を細めた。そして、自身もフードの人のフードを引っ張った。

「お父様とお母様を助けるのは私よ!アイリスは引っ込んで!!」

それに私はハッとした。

今、なんと彼女は仰った!

「ダメよ。それじゃユリアを守る人がいない!」

「は‥‥!?」

「ユリア!貴方は自分を犠牲にさせすぎ!お母様とお父様を思うなら、自分も大切にしなくちゃ!」

「‥‥えー‥‥。」

何故か私がそう叱るとユリアはあからさまに嫌な顔した。‥‥嫌いな私からそんな言葉をかけられたのがそんなに嫌だったかな?何だかブツブツと『話が違う。』『フラグが回収できない。』『キャラ違くない?』『これじゃイベントが終わらない。』とか言ってるけど、意味が分からなすぎて、私はフードの人の布を手で抑えながら聞き流すしか無かった。

‥‥何だか変な雰囲気になっちゃった。

私は恐る恐る、さっきから何もしないフードの人を見上げた。‥‥やっぱり口が無くて話せないからか、フードの人がこの現状に戸惑っているように見える。肩を小刻みに揺らして、必死に私とユリアを見比べていた。迷っているのかなぁ‥‥襲うの。それとも私とユリアの言葉を聞いてくれたのかな?だったら意外と良い人なのかも。

「‥‥迷ってるくらいなら、私で我慢して?」

そう声をかけるとフードの顔が無いところが私の方を向いた。

「私の家族に用があるのでしょう?私を差し出せば‥‥もう止めてくれる?」

それにフードの中に無いはずのその人の目がパチパチと瞬いた気がした。そうして少し思案すると、私をフードに隠していた手で抱き上げた。‥‥いきなりすぎてびっくりしちゃった。それに慌てたのがユリアだった。

「ちょ、ちょちょちょっと!!連れていくなら私でしょう!?その流れでしょ!?」

流れ?は分からないけど、ユリアったら何て家族思いなんだろう。きっと最初からこのつもりでお父様とお母様の前に立ったんだわ。ユリアって聖女みたいな心の持ち主だったのね。初めて知った。もしかしたら今まで私を嫌っていたのも意味があったのかも、今はわからないけど。

「お父様とお母様のことよろしくね。こんなに優しいユリアならお父様とお母様も安泰だわ。」

そう私は本心を告げる。フードの人が私を抱えて、部屋を去ろうとした。それにユリアは慌てて握っている布を引っ張った。

「いやいや待ちなさい!!私が行くべきなんだって!!出ないと困るのよ!!待って!待って!私を連れてけ!アイリスなんて性悪女を連れて行くのは却下!!」

ユリアったら‥‥。わざわざ私の悪口言って、私の盾になろうとでも言うの?やっぱりユリアに対する今までの評価を覆さないといけないわ。彼女はとても優しい女の子ね。

「私の身代わりなんてやらなくていいの、ユリア。これで貴方は助かるんだから。」

「アンタは黙らっしゃい!!」

‥‥怒られてしまったわ。

そんな中、お父様が口を開いた。

「ユリア!手を離しなさい!」

「お、お父様!?」

「アイリスが連れていかれる分には良いが、お前がいなくなるのは惜しい!!」

「アウチッ!」

何故かユリアがしまった、とばかりに顔に自分の手を当てる。仲良くなりすぎてしまったわ!と小さな後悔が聞こえたけど何のことかしら。

‥‥それはさておき、私はお父様の言葉に分かっていたけど、傷ついた。

お父様に続き、お母様も声を上げる。

「アイリスでどうにかなるなら、貴方は行かないで。ユリア!貴方は私達の仲を繋いでくれた大切な子なのよ!?」

‥‥分かってしまった。何故、ユリアがお母様とお父様に愛されているのか。私の知らないところでユリアはお母様とお父様の仲を取り持ってくれたのね。‥‥お母様とお父様が不仲だった記憶が私には無いのだけど。そうか、ユリアは二人にとって必要なのね。だって、こんなに優しい子だもの。‥‥そりゃあ、引き止められるか。


でも、なんだか目の前で要らないと遠回しでも言われて少し心が痛いなぁ‥‥。


ふと視界の隅でユリアを引き止める両親に何かしようとするフードの人に気づく。それを私は抑えた。それにフードの人が不満げに私を見た。‥‥もしかして本当にこの人良い人かもしれない。自分の行動に私の了解を取ろうとしているんだもの。フードさんと呼ばせてもらおうかな‥‥。

「‥‥いいの。私が行けば、家族には手を出さないんでしょ?」

暗に要らない私でも大丈夫だよね?と確認してみる。それに顔のあるべきところが戸惑うように揺れて、しばらくして私を抱き上げる力が強くなった。そして、ユリアの手から簡単に自身のフードを離した。

「‥‥。」

フードさんは何も言わない。ただ私を心配そうに見ている気がする。それに首を横に振って大丈夫だよ、と告げるとその人は諦めたように歩き出す。そして、私を連れて屋敷から出ようとした。

それに憤ったのはやはりユリアだった。

「待って!私よ!私が行くべきなの!待ちなさい!この布切れ野郎!」

ユリア‥‥。

フードさんはユリアを無視して、廊下の窓ガラスを割ると、ユリアから逃れるようにそこから空に飛び上がった。

ユリアの絶叫が響いた。



「私の王子様ルートどうしてくれんのよ~!?」



‥‥ごめんなさい、ユリア。思うのだけど、フードさんが良い人そうだからって、王子様の寝室に夜這いさせてくれる人ではないかと‥‥。


雨の中をフードさんが舞い、雲の上まで飛んでいった。

屋敷がみるみる小さくなっていく。

きっと今日であそことはお別れだ‥‥。


雲の上に着くと嵐が有り得ないくらい、そこは静かだった。

今日は新月みたいで月が空に無い。どこまでも真っ暗。でも、星がキラキラ輝いている。そんな夜空の下、私達は空を飛んでいる。まるで飛行機に乗っているみたい。これも魔法なのだろうけど、何故か呼吸が易易と出来る。空気が薄いとか寒いとか無い。雲の上は風に雲が煽られていて次々と雲が流れて合体している、まるで攪拌されていく生クリームみたい。物珍しくてじっと見ていると私はフードさんの腕の中で落ちないように丁寧に抱えられた。それでも景色が見えるようにしてくれる。やっぱり親切な人だ。この人、私に乱暴しようとかしない。何で私の家を襲ったのか分からないぐらい良い人。聞いてもこの人に口が無いから、答えられないだろうな。私はおぞましい見た目をしながらも、凄く紳士的な彼に身を預けた。それにフードさんが戸惑うのを、肌で感じる。

うん。前世でアイドルやっていて色んな犯罪者に巻き込まれた事があるけど、この人は中でもとびっきりの良い人だ。多分、誰かに頼まれて仕方がなく、こういう稼業をしているんだよ。

‥‥幽霊さんに職業があるのか分からないけど、モンスターがいる世界だし、幽霊が暗殺稼業していてもおかしくないはず。はず?はず!

「‥‥。」

先程から何か言いたげにフードさんがこちらを見る。何を言いたいのか全く分からないけど、私を連れてきたことを後悔してるのかもしれない。‥‥あの両親を見て、ユリアを見たら、私じゃ大して両親のダメージにならないのが分かるもの。

「ごめんなさい。私で。私見た通り、あまり家族には必要とされる存在じゃないの。貴方にはむしろマイナスを背負わせてしまったかも。」

「‥‥!」

それにフードさんが必死に首を横に振った。あまりに必死すぎて親切な人柄がダダ漏れだ。ますます憎めなくなる。

「貴方、きっと誰かに依頼されて私のお屋敷を襲ったのでしょう?」

「!!」

首を激しくその人は横に振る。まるで隠すように。でも、動揺してる。凄く動揺してる。うん。これは依頼主さんがいるな。

「私で気が済んでくれるかな‥‥貴方の依頼主さん‥‥。」

「‥‥。」

それに途端、フードさんが固まった。

「仲良くなれなかったけど私を育ててくれた人達なの。だから、これ以上傷つけたくない‥‥。無理かな‥‥?」

私の言葉に何を思ったのか分からない。ただその人は考えこむ様子を見せ始める。やっぱり無理かもしれない。私じゃ役不足すぎるってこの人も思っているんだ。すると、ややあってその人が意を決したように頷き、空中で立ち止まった。

「‥‥どうしたの?」

もちろんそう聞く私にその人は何も言わない。その代わり、自分の右手を自分のフードの中を探るように回す。何をするのだろう?そうして見つけたのか、それを引き出すと空中に羽根ペンを取り出した。魔法かな?引き出したのは紙だった。それに羽根ペンで何か書き出す。気になる。何をしようとしてるのかしら?私がそれを覗き見しようとすると、その人はあからさまに隠した。絶対に見せたくないとその人の態度が言う。

仕方なく書き終わるのを待つと、その人はそれを私に渡した。読もうとすると首を振られた。よく分からなくて、少し考える。そうして、もしかして、と聞いた。

「‥‥誰かに渡すの?」

それにその人は大きく頷いた。どうやら誰かに渡してほしいようだ。

‥‥何をしようとしているんだろう?

「貴方の依頼主さんに渡せばいいのかな?」

と聞けば、その人は首を振り千切らんばかりに横に振った。必死すぎる‥‥何をしようとしているんだろう‥‥本当に。

その人は私を抱え直して、今度は落とさないように抱きしめると、更に上の空に向かって浮き上がる。そして、街がもう見えなくなるところまで上がると、先程まで目指していた方向を180度変えて、空の彼方に向かって‥‥急加速した。

「きゃっ!」

思わず悲鳴を上げると我慢して、とばかりに頭を撫でられる。一体どこに行こうというのだろうか。空を切るように飛んでいくフードさん。目が開けられないくらいの冷気と風で髪がバタついて、前が見えない。耳も風の轟音しか拾わなくて、何が起こっているのか分からない。


ただただ、轟速で空の中を進み、どこかに向かう。


どれ位、飛んでいただろう。



しばらくしてその人が速度を緩めて、どこかに向かってゆっくりと降りていく。

それに気づいて私は目を開けると、目の前に家があった。さっきまでいたお屋敷と比べれば小さな、前世に比べれば広めの一軒家ぐらいの平屋のレンガ造りの家がそこにあった。臙脂えんじ色の屋根、淡いオレンジ色のレンガの壁には深緑色の青々と生きている蔦が茂っている。

ここら辺は嵐が来ていないのかよく見る夜の景色が広がっている。そんな中、真夜中だというのに、魔法の灯火が灯る玄関灯が私達を迎えるように光を放っていた。普通の家では寝静まったら消すのが当たり前のそれが、まだ家に起きている人がいることを示している。

フードの人はそこにゆっくり降り立つと、私を丁寧に腕から降ろしてくれた。

「ここが目的地‥‥?」

そう聞いたら、その人は頷いた。そして、私を急かすように家の玄関を指さして、私の背を押した。

多分、きっとこの家はフードさんの依頼主さんの家じゃない。もしかして、もしかしたらだが。

「私を逃がしてくれるの‥‥?」

そう私が聞くと、その人は固まって‥‥小さく頷いた。びっくりした。え?本当に。

「大丈夫なの?貴方も私の家族も‥‥。」

それにその人は頷いたり、手でガッツポーズを作ったりして身振り手振り必死に大丈夫だと伝える。絶対に大丈夫じゃないような気がするのは何故だろうか?

「私のせいで貴方が危なくなっちゃったら、どうすればいいの?ダメだよ。今からでも遅くないよ。」

私の心配を他所にその人は必死に首を横に振った。心配しないでくれ、と言っているようだった。訝しむ私を他所にその人は私の背中を押して、早く行けと言う。それに私は正直、困ってしまう。私のせいでフードさんを危険に晒したくないんだけどな。

すると、玄関の方から人がこちらを歩いてくる静かな足音が響いてきた。

それに飛び上がるようにフードさんは驚くと逃げるように空に飛んでいった。

「あ!ダメ!」

私の静止を聞かずにフードさんは真っ暗な闇に紛れて消えてしまう。取り残されてしまった‥‥。どうしよう。手渡された紙‥‥きっと手紙だろうそれに途方に暮れながら視線を落とす。中身は見れないけど、とにかくこの家の人に相談すべきかな‥‥。

そう私が考えた時だった。















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