第11夜 クレムディの魔女
前回のあらすじ
主人公、助けられる。
シヴァリエが帝国に連れ出されそうになったその時間帯。
フローレンス、王都。宮殿内の議会場。
白亜の壁に金の装飾、神の周りに天使が飛ぶ壁画が飾られたその部屋、あまりに絢爛豪華で派手な装飾で覆われた部屋は見る人を圧倒するが同時に目に痛い程派手過ぎて、会議には向かない騒々しさだった。
そんな場所で、フローレンスの全貴族が一同に揃う議会が始まっていた。
年齢や世代も違うがしかし、全員等しく人間という種族であるその貴族達は、議会場で静かにしながらも‥‥驚くほどに皆、やる気がなかった。頬杖をつくものや一見、真面目に座って居る者もいるが、そうした者に限ってテーブルクロスの下で貧乏ゆすりしていた。
そんな中、公爵でありこの国の宰相であるグローゲンは咳払いすると、重々しく口を開いた。
「‥‥帝国が宣戦布告を出した。」
だが、重々しく告げられた言葉に反して、それに貴族達は大してどよめくこと無く、相変わらず髪をいじる者や眠りかぶっている者さえいる。周りを見れば、そこにいた貴族の大体のものが他人事を聞いているような、告げられた内容を軽んじるようなそんな態度で、戦争になるというのに、緊張感一つ無かった。
そうした貴族達の反応が薄いのにグローゲンは小さくため息を吐く。この態度は今に始まったことではないが、せめて会議の中だけでも表面上緊張を持って欲しい。しかし、いい歳した大人に説教する趣味をグローゲンは持っていない為、彼らの態度を無視する他無かった。
「城壁を中心に守りを固めてくれ。以上だ。」
そう告げたグローゲンの言葉には決まり文句を言うような淡々としたものがあった。もう腐るほどこの台詞を言う他、言葉はないのだ。
グローゲンはちらりと、議会場の隅にある席を見る。
その議会場の隅にある席は、辺境伯領‥‥マイネス領の領主の席である。だが、その席は空席かつ、他の貴族の荷物置きになっていた。それにその場にいる貴族は誰も疑問には思わず、さも当然とばかりに皆、荷物を置いている。
もう何十年も前から、否、グローゲンが生まれる前から、その席は荷物置きだった。何故なら、マイネス領にはもう一つある面があるからだ。これを知るのは王と自身とここにいる貴族の当主と‥‥マイネス領の領主のみ。その面のせいで貴族の中ではどんなに自身がマイネス辺境伯よりも下の身分でも、見下している者がいる程だ。
その為、魔族が攻めてくるというこの時も気が抜けているものが多い。帝国が真っ先に攻めるのが辺境伯領であるのを知っているが故に、または、辺境伯領が潰れたとしても城壁の中なら安全だと腑抜けているのもあって、他人事だ。
‥‥辺境伯領は捨て駒同然だ。あの面がある限り。それでも今まで存続してきたのは、彼らの足掻きが実を結んできた結果。グローゲンはそこだけは辺境伯領を真摯に対等に評価していた。
しかし、宰相という立場上、マイネス辺境伯を重んずることは出来なかった。
「‥‥明後日には軍の配備を完了させよ。」
そうグローゲンが言ったと同時に、貴族達は終わったと判断したのか次々に席を立つと、伸びをし、肩を回し、欠伸をした‥‥中には今日のディナーや、娼婦を招いたサロンの話をしている者もいる。本当に実に気が抜けた。そんな光景を見てグローゲンは内心、深い息を吐く‥‥。
(こんな者達がトップでは‥‥国の今後が心配だ。)
そうグローゲンが憂慮した‥‥その時だった。
バリンッというまるでガラスが割れる音を耳元の大音量で聞くような音が議会場に響く。
一体何の音だろう、と貴族達が足を止めた瞬間、議会場の真ん中にそれは現れた。
真っ黒なフードに自身をすっぽりと隠した者が約10人ほど。真っ黒なローブをかぶってるという以外、説明のしようがない程に特徴が無く、同時にその明らかに怪しいとしか言えないその存在は突然のことに反応できない貴族達に全員、一斉に卑しい笑みを浮かべた。
同時刻。
宮殿内の片隅、白壁に囲まれた小規模な中庭で金髪に青い目の10歳程の少年と軽装をした初老の男性が木製の剣を使い、激しく打ち合っていた。
「たぁ!」
「甘いですぞ!」
少年は初老の男性を指南役に剣の鍛錬をしており、先程から小一時間ほどこうして打ち合い、自身の腕を磨いていた。よく見れば、筋は良いようで、初老の男性の隙をよく突いている。だが、簡単に隙を突かれて負ける男性では無かった。
「はいっ!」
「あっ!」
少年の隙を突き、剣を振り払う
カラン、という音がして、剣が少年の手から飛び、地面に落ちた。
「ひ、卑怯だぞ!じい!」
そう少年が言うと、じい、と呼ばれた男はまだ爺という年齢ではありませんと小さく抗議しながら豪快に笑った。
「はは!卑怯も何も、戦いの中では様々な場面に遭います。如何なる攻撃に備えなければなりませんぞ。」
そう男は告げると納得行かなそう少年は男を睨んだが、男は豪快に笑うのみ。
そんな2人に声がかかった。
「ミカエラ、コゴウ。お茶にしませんか?」
お淑やかな女性の声だった。その声にミカエラと呼ばれた少年はぱあっと表情を輝かせ、声の方を向いた。
そこには青いシンプルなドレスを着た、豊かな銀髪に青い目の、穏やかに笑う美しい女性がいた。傍には紅茶と菓子を持ったメイドが控えている。そんな美しい女性にミカエラは笑顔で駆け寄った。
「お母様!」
駆け寄る彼を母である彼女は穏やかに受け入れると、じっとりと汗が浮かんだ我が子の顔を愛おしそうにハンカチで拭った。
「今日も頑張ったようですね。」
「はい、いつかお母様を守れるよう強くなりたいので!」
ミカエラはそう無邪気に母に告げた。この小さな少年は本気で母を守ろうとしているのだ。そこにどんな理由があるとしても、ミカエラの母であるその人は穏やかに実の子を励ました。
「頑張りなさい。ですが、無理をしてはいけませんよ。貴方が怪我しては、この母は耐えられませんからね。」
「はい。気をつけます。」
母の言葉にミカエラは素直に答える。まだ穢れも後ろ暗いことも知らない少年の瞳は輝かしい未来の幸せだけを映していた。
そんな親子の元にコゴウと呼ばれた男がやって来た。
「お妃様。それで茶というのはどこで?」
「ええ、コゴウ騎士団長、こちらに。」
騎士団長の名から分かるように彼はフローレンス随一の剣の使い手だった。そんな彼がこのミカエラの剣術の指南役をしているのを母は内心、贅沢に思う。 フローレンス随一の彼に教わるのだから、自分の子は本当にこの先、フローレンス一の強者になれずとも優秀な実力者の1人になるだろう。それが嬉しくもあり、母には悲しくもあった。
メイドに菓子を貰いに行く我が子の背を見ながら、コゴウに母は自身の不安を打ち明けた。
「コゴウ、我が子は騎士に興味があるようですが‥‥私は彼に賢者になって貰いたいのです。」
その母の言葉にコゴウは驚いた。
「それまた何故?」
「私は不安なのです。今、国を率いるべき貴族は皆、自身の利益しか考えず、国を発展させようという意思がない。‥‥この先、この子の異母兄だけに国を任せては、彼にとって負担が大きいでしょう。私の子には賢者になって彼を支えられるような存在になって欲しいのです。」
「‥‥。」
その母の言葉にコゴウは言葉を失う。彼女が王室の中でも賢く、最も良識に溢れた人だとは知っていたが、ここまでとはコゴウは思わなかった。
そうこの国は国民誰もが思っている以上に停滞と緊迫を抱えていた。城壁に囲まれ、外敵が一切いないせいだろう。国政はまともな議論をせず、味方同士の足の引っ張り合いばかりで貴族は緩んでいる。終いには、数年前の旱魃からまだ農地は回復していないというのに国は何も考えず、領地に重税を課して、飢えさせている。このままでは国民が一致団結し、クーデターを起こすだろう。それだけの停滞と緊迫がありながら、何とか国が持っているのは宰相であるグローゲンの手腕があるからだが、歳を取った彼は引退が近い。王妃である彼女がミカエラの将来を憂慮するのも仕方が無かった。
「大丈夫ですよ。お妃様。ミカエラ様は騎士だけでなく、賢者にもなれるお方、これからどうとでもなるでしょう。」
そうコゴウが説得するように母に告げると、彼女はほっとしたように微笑んだ。
「貴方に言われると、何だか未来が明るい気がします。」
「それなら、良かったです。まだ、ミカエラ様には未来がありますから、これからなのです。」
そうコゴウがにこやかに紅茶を片手に言い、母から僅かな間、目を背け、メイドに声をかけた。
「おい、俺にも何か貰えないか?」
ドサッ。
コゴウが声を上げた瞬間、コゴウの背後、母がいる方から何か音がした。それにコゴウは気づき、すぐさま母の方を見た。それとほぼ同時に、ミカエラもまた母の方を向き‥‥そうして、見た景色に目を見張った。
青いドレスを着たその人は声を上げること無く、中庭の芝生に倒れ、そのドレスを鮮やかなワインレッドに染め上げていく。
そうして、その人が立っていたその場所にはこの場に似つかわしくないほどの真っ黒なローブを着て、そして、不気味な程に音も無くそこに存在する‥‥人の姿をした化け物がいた。
「あはは。未来に希望を持った瞬間に殺されるなんて‥‥どういう気分でしょうね。」
その人はローブの中から自身の手‥‥おそらく王妃の血で染まったのだろう赤い手の指をまるで紅のように唇に塗ると、その血を赤い舌でぺろりと舐めた。
「あら、意外と不味いですね。僕の予想だと実に甘美だと思ったのですが‥‥。王族とはいえ、所詮、猿か。」
そんな突然現れた敵に、コゴウは目を見張り、そして、その物言いに憤った。
「貴様!何者だああああ!?」
護身用に持っていた剣を即座に引き抜き、コゴウはそのフードの敵に向かっていく。だが、一切隙もなく、威力は十二分にあっただろうその剣は実に簡単に避けられた。
「おやおや。血腥いほどに血気盛んですね。こういう熱血漢はボクのタイプではありません。」
黒いローブのその人は、コゴウから毛嫌うように距離を置くと、ローブの間から僅かに覗くエメラルドグリーンのメッシュの入った金髪と、真っ白な肌に浮かべた笑みをまるで見せつけるように日の下に出た。
「ああ、そう言えば名乗ってませんでした。‥‥ボクのことは魔女。クレムディの魔女と認識していただけると嬉しいです。」
そう魔女が名乗ったと同時に、議会場の方からけたたましい爆発音が宮殿内に鳴り響いた。




