プロローグ 私の過去
主人公の死亡描写が入ります。
苦手な方は飛ばして構いません。
「上から読んでも下から読んでも恋茉莉まこ!!貴方の輝く星になるよ!みんなのまこちー☆」
そう私が言うとライブ会場はどおっと歓声を上げ、まこちーコールを会場を揺らすほどしてくれた。
「「「「「「「まこちー!!」」」」」」」
シアター型のこのライブハウスは都内で最も大きな室内専用ライブ会場だ。そこに何千人もの人間が私に向かって歓声を上げ、私のニックネームを呼んでくれる。私を、私を、見てくれる。私がこの世界にいるよ、と言ってくれる。
嬉しい、ただただそれが嬉しい。
「みんなー!!愛してるー!!」
本心からそう叫ぶと皆、興奮したように黄色い声と喝采の大歓声を上げた。
私は『fortuneLuV』というアイドルグループの1人。もっと言うと16人いるメンバー中の1人だった。その16人の1人として、今日、このライブ会場で歌う、踊る、そして、スポットライトを浴びる。
幸せ。
この瞬間が本当に幸せ。
確かにファンみんなが16人の1人だけの為に見に来るわけじゃないし、ただ楽しみたいだけに来ている人だっていっぱいいるけど、それでも‥‥この場が、この瞬間が、一番、私が生きていることを、その幸せを実感できる場だった‥‥。
fortuneLuVは、今、この国で一番売れているアイドルだ。
ただ何が魅力なのかは当事者である私もよく分からない。何故かと言うと、私自身の見解と周りの見解があまりに違うから。私が思うに歌とか作曲家さんや、メンバーのダンスが理由だと思うけど、記者さんや事務所の人は口を揃えて、グループのメジャーデビューからずっとセンターをしている私が魅力だと答えた。
私の歌が、踊りが、笑顔が、容姿が、性格が良いんだって。
でも、グループだし、私だけが魅力じゃないはずなんだけどな。でも、みんな口を揃えてそう言った。君は誰より魅力的なセンターだ、と。嬉しいけど、どこか認められない自分がいる。
だって‥‥私は‥‥。
ファンがいなければ、ただの独りぼっちだから‥‥。
オフの日が嫌いだった。
一番売れているアイドルだから、数分単位のスケジュールが毎日入ってる。テレビ収録に雑誌の取材に、次の曲の振り入れ、ボイストレーニングに‥‥挙げたらキリがない程に忙しい。
でも、ふと、休みなさいって事務所から言われて、丸1日休みが来る。
それが私には恐怖に近い嫌いなものだった。
私には家族がいない。
私を金蔓としか思わない両親から私が逃げたから。
私には友達がいない。
仕事ばかりで学校を諦めたし、メンバーとも仲良く出来ないから。
私には何も無い。
アイドルじゃなくなったら、私に何が残るんだろう‥‥。
オフの日はそんな私を真近で見つめる日だった。
誰もいない家、誰からも来ない連絡、趣味一つ無い為に空っぽな部屋‥‥。
事務所からはオフの日の外出は禁止されてる。貴方は事務所の商品だから、盗撮されたり、誘拐されたりして欲しくないのはもちろん、誰かが気安く声をかけられたり、価値が下がるから一般人に私生活を見られたりするわけには行かないのだと。‥‥私を無理やりこの何も無い部屋に押し込める。
オフの日は1人になるから嫌だった。
もっとステージの上のスポットライトに照らされて、全力で踊りながら歌って、ファンのみんなに囲まれていたい。
ちゃんと私、幸せに生きてるって思えるから。
でも、部屋の中の、真っ暗でベッドとパソコンしかないような人気の無い家に帰ってくると、私は‥‥本当に‥‥1人だな、と思って膝を抱えるしかなくて。
メジャーデビュー前はまだ良かった。
父親も母親も、それでもちゃんとまだ私を見てくれていたし、グループのメンバーとも連絡を取るぐらい出来ていた。
その頃、私はセンターでは無かったし、最後列の端で踊って地下アイドルやってるアルバイトのようなものだったから、誰とも問題が起こらなかった。
でも、グループがメジャーデビューした途端。
私の人生は変わった。
デビューした時、私達のプロデューサーが何の話も無く急に変わり、私をいきなりセンターに抜擢したのだ。
みんなも私もびっくりした。
でも、ファンの目の前に立てるのが私は嬉しくて、たったメジャーデビューする時の1曲だけのセンターだろう、と思って快諾した。これからそれが何を引き起こすかなんて考えてなかった‥‥。
私のグループはただの地下アイドルだったのに、メジャーデビューした途端、いきなり売れたのだ。
まるで国中の人間が私達に洗脳されたように、有り得ない程に売れた。
その年の内にドームツアーやテレビの大型音楽番組に出演することになり、アルバイト感覚の活動がいきなり本格的なものになった。私には大量のモデルや女優、タレントととしてオファーが舞い込んで、デビューして一ヶ月経たないうちに数分単位のスケジュールが組まれた。
何が起こったのか分からなかった。
分かったのは、私のファンもデビューした途端、5人ぐらいしかいなかったのが100万の世界になってしまって、やっと私が、私のグループが売れていることだけだった。身を持って知った。
私は舞い上がった。
天狗にはならなかったけど、アイドルを初めてそこで好きになった。今までは誰かと触れ合えるアルバイトととしか思わなかったから。
楽しい、って思えた。色んな人に囲まれるし。
でも‥‥それが何を引き起こしたのか‥‥分かった時1人になるなんて‥‥思いもよらなかった。
初めはドームツアーを終えた最終日だった。
みんなで必死に練習して、みんなと絆を深めながら、泣いて泣いて頑張ったその時に、私は感極まってみんなに抱きつきに行こうとしたら、いきなり‥‥ケータリングのスポーツドリンクを投げつけられた。
当たって私は誰かのスポーツドリンクでびっしょりになる。
何をされたのか分からなくて、呆然とメンバーを見たら、みんな、ライブ終わりとは思えないくらい怒って苛立った表情をしていた。
「‥‥なんで‥‥?」
私はただ唖然とする。そこにメンバーはみんな口々に吐き捨てた。
「あなたがセンターにならなかったら!」
「なんでまこちーばっか」
「まこちーのせいでファンが。」
「私達のライブ会場を返してよ!」
「センターから降りて‥‥お願いだから。」
「まこちー、まこちーばっかり!」
何を言われているのか‥‥整理できない。まこちー、センター、ライブ、ファン‥‥何のことだろう。私はファンの声援に応えるのが精一杯で、このライブ、みんなの方を見ていなかったから分からない。
そう。‥‥まさかライブ会場に入った7万人全員が私のファンで、私以外のメンバーのファンが誰1人いなかったなんて、応えるのに必死だったわたしには分からない‥‥。
まだ呑み込めない私をマネージャーさんが急いで楽屋の外に連れ出す。楽屋の中からみんなの泣き声や悔しそうな声がした。
「まこなんていなければいい!!」
そんな声が私のライブ上がりの心を凍えさせた。
でも、それで終わりじゃなかった。
私はメンバーの中にいられずに、2週間だけお休みを貰った。
実家に帰った私を待っていたのは母親の衝撃的な発言だった。
「ねえ、お金はいつ入るの?」
「?」
「貴方、売れてるじゃない。働いた分のお金がいっぱいあるんでしょ?写真1枚に3000円よ?絶対持ってるでしょ?私、家を買い直したいのよね!1億円の家とか!」
「お母さん‥‥?」
「それからブランド品でウォークインクローゼットを埋めて、宝石で着飾るの!パパの薄給じゃ買えないから、まこのお金を早くくれない?」
「無いよ。無い。だって私はグループの1人でしかないし、グループの売り上げならともかく私自身にお金は無いよ。」
「え?」
お母さんの声が凍った。
「何を言っているの?貴方が一番売れているのよ!?お母さん鼻が高くて堪らないわ。近所でもおかげで評判なの。自慢しがいがあるわ。それなのにお金が無いですって!?」
途端にお母さんは豹変した。
「金を寄越しなさい!お母さん、貴方よりみすぼらしいとか思われたくないの?分かる?世間にトップアイドルのお母様として自分を見せたいのよ。ねえ?本当は持っているんでしょう?自分の為に使いたいから、お母さんに隠しているんでしょ?私がトップアイドルのあなたを育てたのよ?何でお金が無いなんて嘘をつくの?寄越しなさい!!私が持つべき金よ!!」
その後、私はお母さんにひどい暴行をされた。財布の中身や預金通帳にお金が入ってないのが分かると、拷問するように私を殴って蹴ったのだ。持ってない、貰ってない、と言っても無駄。人が変わったようにお母さんは私を問い詰める。金は、金は、と。
その時、私達の近くにお父さんがやって来た。
「たすけて‥‥。」
私はお父さんに助けを求めた。
でも、そのお父さんも。
「まこの顔を傷つけないようにするんだぞ。売れなくなるから。」
何事も無いように新聞を広げて、私なんかいないように言った。
私は家から家族から逃げなくてはならなくなった。
デビューした年、私はセンターとファンをいっぱい獲得したと同時に、仲間と家族を失った。
プロデューサーはメンバーが何度言っても‥‥私が直談判してもセンターを変えようとはしなかった。
あの私が休んだ2週間が相当堪えていると聞いた。
私が公式に休暇を取ったら、仕事が尽くキャンセルになったらしい。メンバーは小さなライブハウスすら行けず、行けたとしてもファンからのブーイングの嵐で、ものをステージに投げるファンもいた。
狂っていた。
もう私が引き返せないところにいる頃には、私がどれだけ失っても、メンバーも家族もファンすらも私を中心に狂っていた。
私が何をしたんだろう?分からない。
でも、辞めることは出来なくてやり続けるしかなかった。
それから、オフの日はいつも1人だ。
メンバーからは除け者にされ、家族からは逃げ続ける日々。
ステージから1歩も出たくない。その途端、1人になるから。
ファンがいなければ、私はただの独りぼっち。
私がアイドルをやっていなかったら、こんなに1人になることは無かったんだろうけど、それ以前に私はもうファンとステージの熱気に魅了されてしまってる。今更、メンバーとの仲が悪くてもファンが私不在を許せない人達であったとしてもステージを降りる気にはなれない程に、あのスポットライトにずっと照らされていたいと私は思っている。メンバーに対する遠慮とか罪悪感が無いわけじゃない、ただあの多幸感から‥‥離れたくない。
結局‥‥自分が可愛いから、自分のしたい事の為に全部壊しちゃったんだ。1人になっても仕方が無い。私のせいだ‥‥。
だから、オフの日は仕方が無いから、ゲームしてた。
1人を感じずに現実から逃げるにはゲームしか無かった。
私は嫌なオフの時間から逃げるように、ゲームに無理やり夢中になって遊んでいた。流行り廃りとか特に調べずに、通販サイトの検索に出てくるゲームを一つずつ買って遊んでいた。
楽しくはなかった。
幸せでもなかった。
言うならば鎮痛剤のようなものだった。
痛みを感じる脳を感じさせなくする薬‥‥。
私は痛みを抑える薬を乱用するようにゲームを漁った。
少なくともゲームの中は現実ではない非現実だったから、1人を考えなくて済む。自分に何も無いことを考えなくて済むから‥‥。
ステージが恋しい。
誰か私の名前を呼んでほしい。
ちゃんと1人じゃないと分からせて欲しい。
そんな我儘で身勝手な欲求も忘れられるから、私は‥‥ずっとゲームしてた。
意味が無いとしても‥‥。
だけど、そんなある日、私のオフの日と永遠の別れが喜ばしいことに待っていた。
その日はミュージックビデオの撮影だった。
私はもちろんセンターだった。
地下アイドルの頃から馴染みのライブハウスで私は結成5周年記念のミュージックビデオを撮るべく、メンバーと並んで踊っていた。
ライブハウスにお客さんがいないのは寂しかったけど、踊って、踊って、カメラの向こうに笑うのがとても幸せだった。
スタッフさんやメンバーも何故か手を足を止めて、しかも、カメラを回したまま監督も呆然と私をじっと見ていることに視界の隅で気づいていたけど、私は構わず、踊る。カメラの向こうに私を見てくれる誰かがいるなら、私は私の全力を出さなきゃ。
私の、私の全てを出さないと。
1人ぼっちじゃないこのステージしか生きている実感が無いなら、尚更。
ステージに立たせてくれる人に私の全部見せて、私のステージを届けて、そして、幸せだって言って、感謝して、嬉しいって伝えて、それから‥‥それから‥‥。
カットの音が聞こえない。
周りのメンバーはそれだというのに、踊りを止めてしまっている。
スタッフもそれを咎めない。
あれ?私のソロパートを今、撮影しているんだったかな?
でも、構わない。
私は私の全力を捧げるんだ。
全部、全部、このステージに!カメラの向こうに!
‥‥グサッ‥‥。
全力を出して踊りきった直後に、私は自分の胸から血を流していることに気づいた。
後ろから誰か私を刺しているんだろうと思う。
でも、何だか‥‥そうじゃない気がする。
私、ステージの上で死ねるんだと思ったら、凄く自分が満ち足りて、幸せになった。
きっとこの血は私の心が溢れたんだ。
私の幸せが心に収まりきれなかったんだ。
幸せだ。
ステージの上、スポットライトの下で、誰かに看取られながら死ぬ。
私、幸せだ。
突然のことに呆然とするメンバーや監督、私の下に来るスタッフが見える。
でも、来ないで。
私、ステージから降りたくないの。
このまま、このまま‥‥満たされて死にたい。
バイバイ、オフの日。
私はアイドルのままステージに毎日立つからね。
さようなら。
独りぼっちの私。
これは全てが始まる前の彼女の数奇な因果を彼女の主観的に書いたものである。
果たして、彼女のそれは魅了の呪いか、不幸な運命か。
これが物語にどう影響するのか‥‥。