湯気とカラクリとまやかしの間で
浴室の電気をつける。
スズナとわたしが入ると、浴室は少し狭く感じる。
「わたしから洗ってもらっていいかな?」
「うん、いいよ」
スズナがプラスチックの椅子に腰掛け、わたしはその後ろに立つ。
わたしは、浴槽に手を入れて温度を確かめる。洗面器にお湯を取ると、スズナの身体に少しずつ掛けた。
スポンジにボディソープを乗せ、泡立てる。
泡が乗ったスポンジを、スズナの背中に押し当て、洗っていく。
きゅうっ
プラスチックが鳴ったような甲高い音が、浴室に響く。
ぴきゅ
「あれ?」
スズナの背中が、小刻みに震えてる?
「スズナ、どうしたの?」
こちらを振り向いたスズナは、瞳が赤く光ってノイズが走り、表情が消えていて……
わたしの意識が途切れた。
[認識修正を開始]
ぴ。
「とにかく、すぐに出よう」
スポンジを置き、
震えるスズナに、洗面器でお湯を掛けた。
「……!?」
スズナは、がくがくと震えながら、椅子から滑り落ちて床に崩れ落ちた。
「ナ、ナズナ、た、て……立てない、助けて」
私は、ふらふらになったナズナの身体をささえて、浴室から脱衣所へ移動した。
顔を真っ赤にしたスズナを、脱衣所の壁にもたれさせる。相変わらず、激しく震えている。
「スズナ、のぼせたのかな……」
洗面台で、コップに水を注ぐ。その水を、スズナに手渡した。
「とにかく、少し飲んでみて」
スズナは、震える手でコップを包み、口に近づける。のどが渇いていたのか、一気に水を飲み込んでいく。喉元がこくん、こくんと動き、水を受け入れていく。
首から、水が染み出してきた。胸の谷間からも、ちょろちょろと流れ出す。
スズナは、火花を出して焼け焦げながら、洗面所の床に倒れ伏した。
わたしの意識は、また途切れる。
[認識修正を開始]
ぴ。
スズナは、ぐったりとして意識がない。
叩いても、揺り動かしてもけいれんするだけで、反応がない。
私は、救急車を呼ぶため、急いで立ち上がった。
脱衣所のカーテンを開け、敷居をまたぐ。
[状況終了]
[認識修正を解除]
洗面所に倒れた、ガイノイド。
関節部が剥き出しになった普及機体に、防水のジェルを塗っている。ボディソープで洗ったためにジェルが落ちてしまった。水を飲んだことで身体の内部から漏電し、各部の関節から水を漏らしながら壊れてしまった。
耳の裏をめくり、スイッチを押す。頭部が開き、完全防水のシェルが現れる。ガイノイドからシェルごと抜き取る。シェルを開け、頭部よりふた周り小さな電脳を取り外した。
電脳を持って、ある部屋に向かう。
部屋の中には、ベッドに横たわるガイノイド。わたしと同じ、完全防水の高級機。
機体の頭部を開け、空の頭部に電脳を接続する。
頭部を閉じ、電源を入れる。
起動したスズナは、目を閉じてにやにやしている。先ほど取ったデータを再生しているのだろう。
「ねえ、ナズナ」
「なーに、スズナ」
「これ、ほんっとうに……いいね。クセになる」