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第十章「闇を征く者と標(しるべ)の光」 二

 アナスタシアの周囲を、炎が取り囲んでいた。

 炎は丸く珠のように彼女を包み込み、途方も無い重量の土砂の濁流をその熱で溶かしながら、その濁流に飲まれる事無く、ゆっくりと土砂の中を落ちていく。


 アナスタシアはその炎の球体の真ん中に、浮かぶように横たわっていた。長い漆黒の髪が遊ぶように揺らいでいる。瞳は固く閉ざされ、意識はない。

 炎はアナスタシアの意志ではなく、炎そのものの意志で、己を統べる主を護っていた。


 土砂は黒竜の開けた深い穴を埋め、炎の球体を抱き込んだまま、やがて動きを止めた。



 


 

 ぱらぱらと顔に落ちかかる砂に、アナスタシアは細い眉を寄せた。小さく呻いて瞳を開ける。


「――」


 二、三度瞬きを繰り返したが、眼に黒い板を貼られたかのように真っ暗で何も見えない。自分が上を向いているのか下を向いているのかも判らない程の闇だ。


「……アーシア……?」


 アナスタシアは横たわったまま、躊躇いがちにそっとアーシアの名を呼んで、耳を澄ませた。


「アーシア……」


 いつだってすぐに聞こえる筈の優しい声の代わりに、返ったのは温度の無い沈黙ばかりだ。


「アーシア」


 三度目に呼んで、それからアナスタシアは自分に起こった事を思い出した。


 黒竜が落ちた穴の縁で宝玉を見つけ、それを取ろうとしたのだ。だが手許を探ってみても、どこにもそれらしきものは見当たらない。


「落としたのかも……」


 そう、落ちたはずだ。

 穴の縁が崩れ、落ちたのだ。雪崩れかかる土や砂に飲まれて――

 アナスタシアは闇の中で瞳を見開いた。


「……ここ、どこだ?」


 胃の辺りでじわりと不安が動いた。自分の今いる場所が見当もつかない。

 土砂に飲まれたのなら、何故今生きているのだろう。それともあれは夢だっただろうか。

 夢なら眼が覚めたのに、何故アーシアは返事をしてくれなくて、こんなに静かなのだろう。

 動くのは怖かったが、アナスタシアはそおっと身を起こした。


「アーシア……いないの?」


 誰一人、コトリとも動く気配がない。


「誰か……」


 反ってくるのは痛い程の沈黙だけだ。


「アーシア……ファーガス……誰か」


 じわりと沸き上がる恐怖に叫び出しそうになって、アナスタシアは懸命にそれを抑えた。叫んでしまったら、多分気が狂う。

 それを抑えられたのは、彼女の持つ強い意志と、本能のお陰だ。


(落ち着かなくちゃ……)


 不安が生き物のように、アナスタシアの中で蠢いている。


(落ち着かなくちゃ。落ち着いて)


 早くなる呼吸を胸元に手を当てて抑え、アナスタシアはその言葉を繰り返し呟いた。


(落ち着いて)


 まず、何か一つ、行動に移すのだ。何でもいいから身体を動かせば気持ちも落ち着く。

 できる事を探し、指先も見えない暗闇を闇雲に手探りしようとして、灯りを点せばいいのだと気付いた。

 アナスタシアにしかできない、アナスタシアならば簡単な事だ。


(灯り)


 念じるだけで、ぽう、と辺りが明るくなった。小さな炎がアナスタシアの指先でちらちらと踊る。

 一瞬それすら眼に痛い程だったが、次第に眼が慣れてきて、指先に灯した炎を頭の上に掲げた。


「――っ」


 目の前に照らし出された光景に、アナスタシアは息を飲んだ。

 茶色い壁が自分をぐるりと、どこまでも取り囲んでいる。

 どこまでもと思ったのは、それが球状になっているせいだった。


 恐る恐る手を伸ばし、その壁に触れると、土のざらざらした手触りが伝わってくる。

 少し溶けた――、熱で焙られた手触りだ。


「これ――」


 くり貫かれたような球状の壁。焦げた跡。

 それが何を意味しているのか、アナスタシアには判ってしまった。

 炎が彼女を護り、降り掛かる土砂をその熱で防いだのだと、本能で理解してしまった。


「嘘……」


 自分が今居るのは、黒竜の開けた縦穴のどこか――。大量の土砂に埋もれた、地底のどこかだ。


 アナスタシアは立ち上がり、震える手で壁を撫ぜた。手のひらに伝わる硬い感触も、夢の中のようにぼやけて感じられる。

 何度も擦るように壁を探り、それから手当たり次第にあちこちを叩き始めた。

 悲鳴を上げるのは嫌だった。上げてしまったら、耐えきれなくなるのが判っていたからだ。

 ぐいと唇を噛み締めたまま、アナスタシアはどこにもない出口を探して壁を叩き続けた。


 その音も振動も土の壁は無情に吸い込んで、ぱちぱちという乾いて軽い音を立てるだけだった。








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