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第七章「それぞれの意志」 八

 遠くで、咆哮が響いた。


 それは腹の底に、じわりと蠢く恐怖を引き起こす響きだった。

 樹々に谺するように、長く尾を引いて消えていく。

 アナスタシア達は身動ぎもできず、宿営地のあるだろう方角を見つめていた。


 最初に我に返ったのはリンデールだ。途切れていた詠唱の、最後のひとひらを紡ぐ前に、アナスタシアの名を呼んだ。


「アスタロト様! お早く――陣を発動します!」


 兵士がアナスタシアの腕を引く。


「公女、どうぞこちらへ。すぐにこの場を離れます」


 もう一人が蹲ったままのアーシアを抱き抱え、足早に法陣へと向かった。見渡した全員の顔に、恐怖と焦燥が見て取れる。だが彼等はアナスタシアが法陣に入るまで自分達は入ろうとはせず、じっとアナスタシアを待っている。


「私は」


 ここで帰るのは、正しい選択だろうか?

 自分の為に森に入った彼等を置いて。

 あそこにはまだ、レオアリスもいるはずだ。


(違う……)


 もう状況は違う。迷う時でもない。

 アナスタシアの瞳に見えているのは、暗闇でも、選択肢ですらない。

 たった一つ。


 アナスタシアは瞳に、躍る炎を宿した。


「発動させる! お連れしろ!」

「公女、さあ」


 兵士に促されるままに、法陣へと歩み寄る。円の内側、ぎりぎりに立ち、アナスタシアは背後の空を振り返った。

 兵士達が全員法陣に入った事を確認し、リンデールが詠唱を再開した。

 再び、振動が伝わる。

 兵士達が騒めく中で、アナスタシアはじっと詠唱を聞いていた。自分の横に蹲っているアーシアと瞳を合わせる。


 リンデールが最後の詠唱を終えようとした、その時に――、アナスタシアは法陣を飛び出した。


「――お前達は帰れ!」

「公女!」

「アスタロト様!」


 リンデールが叫ぶ。伸ばされた兵士の腕を擦り抜け、彼を陣の中へ押しやってアナスタシアはアーシアを呼んだ。


「アーシア!」


 アーシアが身を震わす。瞬きの間に、彼の姿は青い飛竜に変わって飛び、アナスタシアの背後に降り立った。


「アスタロト様!」


 リンデールが顔を蒼白に歪めた。もはや発動は止められない。既に法陣はアナスタシア達を残し、彼等を囲い込んで飛ばそうとしている。

 法陣が白く輝きを増し、周囲を照らす。アーシアの濃紺の鱗がまばゆく光を反射した。


『貴方の意志で』


「これが、私の意志だ!」


 リンデールと兵士達の姿が陽炎のように揺らめき消えていく。


 完全に光が消え、彼等が消えた草地を束の間見つめてから、アナスタシアはアーシアの背に飛び乗った。アーシアの長い首をぎゅっと抱き締める。


「アーシア、ごめん――飛んでくれ」

「どこなりと」


 誰よりも黒竜の脅威を感じているだろうアーシアは、しかしアナスタシアの決断を喜ぶように笑ってみせた。


 青い翼が風を煽り、彼等は震える森の上へ飛び立った。







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