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第七章「それぞれの意志」 三

 レオアリスはまだワッツが出ていったままの状態で立ち尽くしていた。

 ウィンスターは落ち着いた、だが決して穏やかとは言い難い瞳をレオアリスに向けている。


「私は西方軍第六大隊大将ウィンスターだ」

「えーと」


 こんな場合の作法など知らないレオアリスは、たった一人で置いていかれ、困り切ってうろうろと視線を彷徨わせた。

 重苦しい沈黙が天幕内に落ちる。とにかく名乗ろうと思った矢先に、ウィンスターが再び口を開いた。


「名はレオアリス。歳はこの春で十四。北の辺境の出身で間違いないな?」

「――」

「何故自分の名前や出身が知られているか、不思議そうな顔だな」


 レオアリスの心を読んだように、ウィンスターは口の端を引き上げた。


「座れ」


 レオアリスの足元を眼で示し、頷いた。座ろうと屈んで手を付いた時、ウィンスターが不意に問い掛けた。


「剣は使えるのか」

「え――? あ、一応、独学だけど。いや、独学ですけど。……そうだ、あれ返して貰えるんですよね?」


 先ほど取り上げられた荷物を思い出し、ついでにレオアリスはほんの少し疑わしそうにウィンスターの顔を見た。


「その剣ではない」

「え?」

「お前自身の内にある剣は使えるのかと聞いているのだ、――剣士」


 レオアリスはぽかんと口を開けた。


「――何言って……」


 ウィンスターの目は笑いもせずにじっとレオアリスに注がれている。

 冗談でも勘違いでもなく、本気なのだとその目は言っていた。


「……聞かれてる意味が、良く判りません。俺は術士で、剣士なんかじゃ」


『お前はあれだ、剣士』


 瞳を見開いて口を閉ざしたレオアリスの様子を、ウィンスターは検分するように見つめている。


「――俺は、術士です」


 もう一度、レオアリスは自分に言い聞かせるようにそれを口にした。


「本当に知らないのか」


 ウィンスターの眼には疑いの色があり、レオアリスはむっとして彼を見返した。


「本当も何も――そんな事言われたって……。第一、俺が剣士だったら何だっていうんですか」

「既に聞いているかもしれんが、このカトゥシュ森林には今、黒竜がいる」


 レオアリスが既に知っているのを表情から確認し、ウィンスターは話を続けた。


「正規軍は、カトゥシュ森林を封鎖した。昨日の午後からだ」

「封鎖――?」


 物々しい響きにレオアリスが眉を潜める。昨日の午後――レオアリスがちょうど森に着いた頃だ。


「黒竜は森に入ってから場所を変えてはいない。おそらく廃坑に身を伏せているのだろうが、いつまでもそのままとは限らん」


 組んでいた腕を解き、腰に刷いた剣の鞘を握る。


「問題は一つ。再び眠りに就けばいいが、いずれ森を出れば――国土に甚大な被害が出るのは必至」

「それが、何の」


 だがレオアリスにも、ウィンスターが言わんとしている事が、漠然と判りかけてきた。


「我々としては、民や国土への被害は、僅かなりとも避けたいのだ」


 レオアリスに剣士であるかを聞いたのは――


「先の大戦で、風竜を倒したのは剣士だ。その剣士の力があれば、黒竜を斃す事は不可能ではないと、そう考えている」

「そんなの、伝説みたいなものだ」


 レオアリスは早口に言った。

 ウィンスター、――軍は、レオアリスに、黒竜と戦えと言っているのだ。


「可能性の問題だ」


(可能性?)


 レオアリスが剣士かもしれなくて、剣士なら黒竜を斃せるかもしれないから、だから戦えというのは、それは単なる無責任というのではないのか。


(無茶苦茶だ)


 術士としてやれと言われた方が、まだ現実味があるというものだ。

 無性に腹が立って、レオアリスはウィンスターを睨み付けた。


「何でそんな事になったのか知らないけど、俺は剣士なんかじゃないし……、もし剣士だったって、そんな事俺にできるわけない!」

「黒竜を斃し、国を救えるとしても?」

「そんな事、俺に言われたって……」


 “救え”


 ふいにカトゥシュの声が甦った。

 カトゥシュの言わんとしていた事は――


 “剣のこども”


 『剣士とか、言われたこと無い?』


(無いよ、そんな事……)


 何故今になってそんな事が次々と出てくるのだろう。村にいる間は、まったくそんな事は聞かなかったし、言われた事などない。


(今まで全然)


 村を出てから、いきなり――


 剣……青い石。


 ずっとレオアリスが身に付けていた、小さい飾り。

 手が胸元を探った。石が見つからなくてぎくりとしたが、鎖が切れて袋にしまっておいたのを思い出した。


「――」


 あの青い石の奥に彫られているのは――、剣の意匠だ。


(あれは)


 頭の中はすっかり混乱して、息苦しささえ感じた。

 逃げ道を探して、辛うじてレオアリスは口を開いた。


「軍は――あんたらは何やってんだ。封鎖だけして黒竜がどうするか待つだけかよ。こんなガキ相手に、そんなわけのわからない事言ってる暇があったら、」

「勿論軍は必要とあれば黒竜とも戦う。そうなれば現在封鎖の為に投入されている一大隊だけでは足りないだろう。相当の被害も覚悟している」


 正規軍の一大隊はおよそ三千名の兵士で構成される。その兵士の大半は失われるだろう、とウィンスターは告げた。


 ウィンスターは暫く黙ってレオアリスを見つめていたが、やがて組んでいた腕を解いた。


「――残念だ」


 レオアリスは自分の膝に視線を落としたまま、その上に付いた手をぐっと握り締めた。

 まるで責められているように感じられるが、だからといって判りましたと言えるものではない。

 いきなりお前は剣士だから黒竜と戦えと言われて、どうすればいいのか?


「ワッツ少将! この少年の荷物を持って来い!」


 天幕の外からワッツの低い声が返る。レオアリスはまだ視線を落としていた。


「森の外まで送らせよう。その後は、故郷へ帰れ」

「そんな事言われる筋合いは」


 ウィンスターはきっぱりと、断ち切るように告げた。


「帰れ。お前の村の者達が、心配しているぞ」









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