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第五章「カトゥシュ封鎖」 一

 とにかく倒れていた馬車を戻し、怪我人と犠牲者を乗せて、商隊は夜の中、フォアの街を目指した。

 犠牲者は護衛一名と従者一名の計二名、深手を負った者が三名。野盗達の人数は十二名だったが、もっと大きな集団であれば、更にその数は増えていただろう。


 車輪を傾がせたまま、商隊はひたすら暗い街道を進む。一瞬でも止まったら、また暗がりから野盗達が襲いかかってくるような気がして、誰もがしんと口を閉ざして前だけを見ている。


 レオアリスは馬車に揺られている間ずっと、膝を抱えて黙り込んでいた。

 犠牲者を、死者を荷馬車へ運び上げた重さと、薄れていく体温が腕や手のひらに残っている。

 あんなにも呆気なく人は死ぬものなのかと、考えるともなしに考えていた。以前祖父達の一人を見送った時とは全く違う、唐突な死だ。簡単過ぎて、現実のものとは思えない。


 そして、何も出来なかった自分自身についても、ずっと頭の中にその事実が回っていた。


 マリーンは時折、彼に心配そうな視線を向けたが、黙って父親を抱えて座っていた。


 幸いな事に、デントは途中で意識を取り戻し、その後はマリーンの代わりに商隊を指揮した。

 フォアに到着したのは、まだ朝も早い頃だった。朝日に照らしだされた街の堅牢な外壁を見て、漸く商隊の面々にも安堵の色が広がった。





 門兵は商隊の様子を見て驚き、野盗襲撃の話に、慌てふためいて領事館へと人を走らせた。


「とにかく、状況を詳しく教えてもらおう。先ずは領事館へ行って欲しい」

「全員かね? できれば娘や怪我人は休ませたいんだが」

「いや、貴方と警護の代表とあと一人くらいでいいだろう。その代わり全員、いつでも話を聞ける状態にあるように」


 その様子を馬車の窓から眺めていたマリーンは、そっとレオアリスを手招いた。


「あんたはすぐ出た方がいいわよ。急ぐんでしょ?」

「でも」

「商隊の営業許可書には、あんたの名前は乗ってないのよ。普段なら問題ないけど、今回は多分色々聞かれるわ。長くかかるかもよ」

「ここで仕事があるって言えば」

「どこで、誰から頼まれて、どんな仕事?」


 はっきりと問いかけられ、レオアリスはぐっと詰まってしまった。マリーンがそれ見たことかと瞳を細める。


「怪しいわぁ〜」

「そ、そんなんじゃ」

「家出?」


 ぎょっと自分を見つめたレオアリスを眺め、マリーンはおかしさ余って吹き出した。


「全然嘘ダメねぇー。それじゃますます、行った方がいいわよ。バレたら強制送還よ」

「……でも」


 レオアリスが迷っているのは、こんな状況で一人勝手に抜けていいのかという点だ。

 急ぎたい気持ちはある。


 ……いや、急ぎたいのかどうか、今のレオアリスには自信が無かった。

 何が出来るつもりだったのだろう。

 思い浮かぶ言葉はそればかりだ。


 マリーンは目の前の少年の事情など知らないが、昨夜以来、ずっと鬱いだ瞳をしているのには気づいていた。

 そんな目は似合わないな、と思ったから、肩を叩いただけだ。


「ほら。目的くらいあるんでしょ? 家出までして、歩いてフォアに来ようとしてたぐらいなんだから、相当大切な事じゃないの?」


 レオアリスは驚いた顔をして、マリーンを見つめた。


(目的……)


 言われて改めて思い返すのも変なのだが、いつの間にか、フォアに辿り着く事ばかりが重要になっていた気がする。歩くという単純な動作に、目的がすり替わっていたと言うべきか。

 そして、昨夜の出来事によって、レオアリスは自分が何も出来なかった事、そればかりを考えていた。

 ただ、彼が本来目指したものは、もっと単純なものだ。


 自分自身の能力に対して、絶対な自信を持っていて動き出した訳でもない。

 急かされるような、焦燥にも似た、単純な憧れ。

 祖父達に黙って村を出て、凍えそうな道を歩いて、目指したものがレオアリスにはあったはずだ。


 王の御前試合。

 ――王。


 鬱いでいた瞳に、ちらりと強い光が揺れる。


 レオアリス自身は気付いていなかったが、見つめていたマリーンには面白いほど、その瞳の変化は明確だった。


(何があるのかしら、この子)


 窓の外にその瞳を向けながら、彼の視線は街ではなく別のものを見ているようだ。

 その眼差しは、まだ十四歳に過ぎない少年の横顔を、少しだけ大人びさせて見えた。


 



 マリーンとレオアリス、それから怪我をしている者は宿の前で馬車を降り、デントと従者の一人だけを乗せて馬車は領事館へ向かった。護衛は荷馬車を操り、その後に続いた。犠牲者の遺体を一時預かってもらう為だ。

 マリーンは従者達を先に宿に入らせ、レオアリスを振り返った。


「ちょっとくらい休む?」

「ありがとう。でももう行くよ」


 彼の表情が明らかに少し前と変わっている事に、マリーンは安堵のような気持ちを覚えた。頷いて、それからレオアリスの額にちょん、と口付けた。とたんに真っ赤になったレオアリスを見て、マリーンは可笑しそうに頬を反らせてひとしきり笑った。


「かわいいわぁ〜、新鮮な反応で!」

「――」


 レオアリスは年頃の少年らしく複雑そうに眉をしかめたものの、マリーンがそうして笑った事にほっと息を吐く。張り詰めていた空気が緩み、ようやく周囲の街のざわめきが二人の周囲にも届いたような、そんな感覚だ。

 マリーンも大きく息をつき、それから頬を緩めた。


「ありがとうね、助けてくれて」

「俺は、なんにも」

「だって傍についててくれたでしょ。逃がそうとして一人で突っ込んじゃうし、術もね。十分よ」


 どれも上手く行ってないとレオアリスは肩を落としたが、マリーンはその肩に両手を添えた。それから思い出したように、足元に置いていた荷物から一本の剣を取り上げる。


「これあげるわ。あんたの昨日ので折れちゃったんでしょ。父さんのだからちょっと錆び付いてるかもしれないけど、お詫びに」


 それはハモンドから譲り受けたのとは違う、少し装飾的な剣だ。マリーンは錆び付いているなどと冗談を言ったが、レオアリスの目の前で鞘から覗かせた刀身は白く澄んでいる。


「使えるかしらね」

「でも、これは」

「いいのよ、父さんが渡せって言ってたんだもの。父さん自分じゃ使わないしね。大した値打ち物でもないからあんたは気にしないでいいわよ」


 少し迷ってから、マリーンの手から剣を受け取り、レオアリスはしっかりと握り締めた。


「――ありがとう」


 マリーンはレオアリスの二の腕の辺りを、両手でぽんぽんと叩き、彼女独特の気持ちのいい笑みを浮かべた。


「気を付けていきなさいね」


 レオアリスはマリーンを見つめて、もう一度頭を下げた。


「ありがとう。デントさんにも、お礼と、お詫びを言ってください。直接言えなくて済みません」

「いいのよぉ、そんなの」


 差し出された手を握ると、マリーンは一度引き止めるようにぎゅっと力を籠めた。


「ねえ、一つだけ教えてよ。どこに行くつもりなの?」


 僅かに躊躇い、だが今度は、レオアリスは本当の事を言った。

 口に出せないような、その程度の覚悟なら、ここまで来た意味はない。


「――王都に行って、王の御前試合に出たいんだ」


 マリーンは驚いて目を丸くしたが、笑いも、否定もしなかった。


 できる、とも言わなかったけれど。


「男の子って、大きい事考えるのねぇ。……頑張ってね。でも言っとくけど、夕べみたいな無茶はだめよ」


 まるで気負った様子はなく、困ったものだと言いたげな響きだったが、その言葉は確かにレオアリスの背中を押した。


 レオアリスは力強く頷くと、もう一度マリーンに礼を述べて、歩き出した。






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