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第三章「炎舞う」 二

 クラリエッタの店を出た後、レオアリスは街の領事館へ向かった。

 実を言えばレオアリスが知っているのはこの街までで、この先には行った事がない。

 交通手段が主に徒歩や馬車のこの世界では、誰しも自分の知る世界の範囲は狭い。そこから一歩踏み出せば、まるで知らない道と街、山々や川、草原に森。

 未知の世界だ。


 その為領事館などでは、近隣の地図や簡単な文献を無料で公開していた。

 地図は非常に高価で、庶民には到底買えるものではなかった。本当は持って歩きたいがそれは適わないので、領事館でカトゥシュ森林までの行程を確認し、頭に叩き込むしかない。




 領事館は通常街の中央に造られ、ここカレッサも同様だ。これまで領事館には一度も来た事が無く、簡単に入れるものなのか判らなかったが、門兵に目的を告げると少し面倒くさそうな顔をしただけで、あっけなくすぐ手前に見える棟を差した。


 数段の石段を昇り開け放された入り口を潜ると、廊下の先に受付と記された白っぽい扉がある。

 部屋の中は明るくてそこそこ広く、仕切られた長い卓の向こうに三人の係官が座り、三人とも来客の対応をしているところだった。壁には色々な張り紙が出ていてどうやら求人らしく、二人ばかりが張り紙の前で真剣な顔をして腕を組んでいる。


 そこは平穏な日常の風景といった様子で、それなのに、順番を待つ間レオアリスは無意識に、腰に括った剣を握り締めていた。

 今受付に居る来客達は商人や街の住民のようだ。許可がどうの、税金の納入がどうのという会話が聞こえてくる。

 これは長く待たなくてはいけないかと覚悟した時、一番端の係官がレオアリスに声を掛けた。


「ずいぶん若いねぇ。用件は?」


 係官は別にレオアリスの年齢をそれほど気にしている訳ではなく、挨拶の会話の一部のようだ。


「地図を見たいんですけど」

「どこら辺?」

「えーっと……ここから西のカトゥシュ森林辺りまでってありますか?」

「カトゥシュ?」


 係官は初めて興味を持ったようにレオアリスの顔を見上げた。


「御前試合?」


 レオアリスはどきっと身を固めたが、係官は冗談を言ったらしく、一人で小さく笑い声を立てた。


「いやまあさすがにそれは無いか。えーっと、カトゥシュまでですね。君、名前は?」


 他にも村の名前など、レオアリスが答えた内容を紙に書き込んでいく。覗き込むと紙の頭書きには「閲覧申請書」と振ってあった。


「はい。この紙持って三番の部屋に行ってください。その左の扉を出て真っ直ぐ、三番目の部屋ですから。紙を係に渡してね。出してくれるから。あ、持ち出しは禁止です」

「分かりました。どうもありがとう」


 レオアリスは紙を受け取ると、そこに書いてある閲覧申請の内容を確認しながら、左の扉を開けた。左側には窓が並び、右手に扉が幾つか続いていて、三つ目の扉を叩くと「どうぞ」と声がした。


 中は窓の少ない造りで廊下より少し暗い。中にいた女性の係官はレオアリスから紙を受け取り、すぐ奥に引っ込んだ。

 奥には書架が並んでいて、どんな本があるのかと覗き込んだが、標題を二つ三つ確認したくらいで係官が戻ってきた。


 分厚い一抱えもあるような書物を二冊、壁際の卓の上に乗せて、卓上の蝋燭を灯す。


「書き写します? 五ルスかかりますけど」

「あ、できるなら」


 それはかなり有り難い。正確な地図でなくても、要所要所を記しておけば大分行程は楽になるはずだ。

 係官から紙と筆記具を貸してもらい、半刻くらいである程度の写しが出来上がった。


(……ちょっとぶかっこうだけど)


 自分が判ればいいや、と頷いて、写した地図を丁寧に折りたたみ、大切に袋の中に入れた。

 再び廊下を通って先ほどの受付の部屋に出る。そのまま出口へ向かおうとした時、あの係官が顔を上げた。


「ああ君。西へ行くんだったら、最近野盗が多いから気を付けるようにって、伝えておいて」


 誰に、と聞こうとして、彼の差している意味に気付いた。同行者――つまり「大人」がいると思っているのだろう。

 訂正すると理由やらを聞かれて、下手をしたら止められるかもしれないと思い、レオアリスは素直に頷いた。


「春になってきて、街道を行く商隊も増えたからね、この時期は毎年多いんですよ。一応北方軍が警備強化してるから、心配ないと思うけどね。自分でも用心してください」


 そういうと、係官は別の客を呼んだ。


 レオアリスは礼を述べ、領事館を出ると、街の門へと向かった。


 色々と用を済ませて一段落ついたせいか、空腹が疼き出している。

 無視しようかとも思ったが、昨日はほぼ一日歩き詰めで、今日もどれだけ歩くか判らない。さすがに腹ごしらえはしておくべきだと思い直し、レオアリスは大通りで串焼きを一本買った。


 まだ熱くて汁の滴る肉に、歩きながらかぶり付く。

 その途端、セトの暖かい顔がさっと浮かんで、レオアリスはぴたりと足を止め、束の間じっとそれを眺めた。


 この間セトが買ってくれたのも、これと同じようなものだった。

 それでも、あの時食べた串は、これとは比べものにならないくらい美味しかったように思えた。


 ……祖父達はどうしているだろう。

 怒っているだろうか。淋しがっているだろうか。


(――)


 レオアリスは頭を強く数度振り、再び歩き出した。


 地面を蹴るようにして歩きながら、すっかり味気のなくなってしまった肉を無理矢理腹に収めた。

 




 カレッサの門を出て、外壁に囲まれた街を一度振り返ってから、レオアリスは街道を見遥かした。

 地図によると、ここから一つ目のフォアという街から東西への街道が延び、カトゥシュ森林へはその街道を使うのが一番の近道だ。

 フォアまでは徒歩ならおよそ三日。


 乗り合い馬車が通れば捕まえようと思って、門の横の待ち合い所を覗いてみたが、生憎馬車はおとといの昼に南へ向かってしまったようだ。係官は無情にも、あと三日待ってくださいと告げた。

 この街には飛竜を貸す厩舎はなく、おまけに馬車が無いとなると交通手段は歩くか、馬を借りるかの二択だ。

 馬を借りると、フォアまでは一日程度で、代金は百二十ルス。その内六十ルスはいわゆる保証金で、馬を返却した先の厩舎で返してもらえる仕組みになっている。


 六十ルスは安すぎるほどの価格だが、この仕組みは都市間の交流や物流の促進の為に国が採っている施策の一つで、国から補助金が出ている為にその価格での提供が実現していた。

 そうは言っても、レオアリスの手持ちは銀貨四枚ちょっと、四百二十五ルスしかなかった。


「仕方ない……」


 せめてフォアからは飛竜を借りたい。ただフォアの飛竜の相場が判らないし、それまではあまり無駄遣いはできなかった。南に近づくほど物価は上昇していく。

 急く気持ちを抱えながら、レオアリスは晴れた空の下、どこまでも真っ直ぐ延びる街道を南へと歩き出した。






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