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「エスカフィート様、お受けになりますか?」
「うん、元々拒否権なんて無いし」
「王家の依頼ですものね……」
私が苦笑いしながら声のした方を見遣ると苦虫を噛み潰したような顔で滅びろと悪態をつく私専属の秘書のリズ。
私の部屋の入口にいる書類作業などをよく手伝ってくれる仲のいい侍女達も同じように頷いている。
「怒らないで、リズ。私は平気だから」
「でも、あんな王家のせいでエスカフィート様は性別を偽り暗殺者でいることを強要されたのに……!」
リズは私が拾った孤児だ。稼ぐようになった時に仕事先で拾った。
奴隷としてうられたようだが、その主が死んだならば奴隷商会で解放すれば自由の身になることができる。
彼女を拾った私には責任があるんだから、と奴隷から解放して仕事を斡旋すると言ったのだけど、そばに置かせてほしいと言われた。
何かあった時に足がつかないようにすぐに奴隷魔法を習得して解放して、オズに教育を頼んだ。
その時リズに魔法はそんな簡単に習得できるものじゃないと怒られたのはいい思い出だ。
そんなリズだが、オズの教育は決して優しくはない。
むしろ、徹底的に虐め抜いてそれに耐えられたものだけを近くに置く主義だ。
だからこのギルドの裏に所属する者達は全員オズのしごきに耐え抜いた優秀な人達。
一般的に天才や神童と呼ばれる才能を持つ者達がさらに努力して掴み取った究極の集まりである。
オズには、人を惹きつける魅力があるのだから仕方が無いけれど、少し寂しく感じるのは何故だかわからない。
まぁ、取り敢えず彼らは皆どこに出しても恥ずかしくはない、むしろ誇らしいような洗練された者達だけなのだ。
中でもオズの一番弟子でありオズに次ぐ実力を持つ私の専属は居なかった。
どの人も努力はしてくれるのだけど、どうしてもスペックが足りないのだ。
だから私はソロではなくオズの補助として仕事をしていた。
そこにリズが来て、才能をオズに見出されてそのしごきに耐えたので私の専属担ってくれることになったのだ。
私は一人で依頼を受けるようになってようやく一人前を名乗れるようになったことが嬉しかった。
孤児で奴隷だった彼女は今では立派に私の専属として過酷な仕事を文句一つ言わずにしてくれてる。
だからこそ私が此処に身を置いていることを、その原因を作った王家を毛嫌いしている節がある。
「それに、私がここに居なければリズと出会えなかった。
それに私はこの場所も、この場所に連れてきてくれた、私の命を救ってくれたオズの事も大好きだから。
恨みがないと言えば嘘になる。でも、仕事なら受けるよ。オズに迷惑は掛けられないよ」
「オズ様ならエスカフィート様のお願いなら二つ返事で全部オーケーしてくれますよ。
あの人、エスカフィート様大好きだから」
いつもみたいにころころと表情を変えて笑い始めたリズに安心する。
私は身内の前じゃないと表情をさらけ出せないのだ。だから、無表情がデフォルト。
それにどうしても女の暗殺者は少ないし舐められる。だから仕方がなく男装をしている。
でも仕事の時だけだし、その事を隠しているわけでもない。
当然、プライベートなら普通にワンピースを着たりもする。
私は興味が無いけど、オズが買ってきてくれるから使ってる。
暗殺者なんて骨格で性別を見るのだから、私生活なんてばれようがない。無いのだが。
「護衛依頼か……私は女と男どちらで受ければいい?」
護衛として学院に通うように王命をされてしまった。ならば顔バレは必須だろう。
ならばどちらで私は依頼を受ければ良いのだろうか。
「うーん、どこから見ても男の格好をして性別を言及させ無ければ大丈夫でしょう。
私生活は今まで通りに過ごして、見付かったならば殿下は何も聞かなかったから、と言っておけばいいんですよ。
それで学院生徒には男と思わせる事ができるでしょう。」
「さすがリズ。そうする。」
リズは私の自慢なのだ。
その考えが口に出ていたのか、顔に出ていたのかは知らないが
「あー、もうっ。エスカフィート様の笑顔が私だけに向けられている!
この笑顔の為にオズ様が何でもしてしまうのは分かりますね」
と言ってにやにや笑っていたのでよしとする。
できればにやにや、よりにこにこがいいけれども。
私は、暗殺者。地球から十歳の時にこの魔法がある異世界に連れてこられた。
特殊な能力ゆえに国に召喚されたにも関わらず無能として切捨てられてもう八年。
オズが拾ってくれて、生きる術を与えてくれたおかげでここに居るのだ。
オズは私の命の恩人で、師匠で、大好きな人で、このギルドのマスターだ。
表向きは大規模で商業ギルドと冒険者ギルドを兼ねた複合ギルドだが、裏は国も黙認する暗殺、諜報のギルドなのだ。
絶対王政に似た風習が残るこの世界では、王家が沈黙しているならば、手は出すな、といった暗黙の了解がある。
みんなはオズのことを冷徹残酷な暗殺者と思い込んでしまっているけれど、実際はそんなこと無いのだ。
オズはよく笑うし、よく話す。優しいし思いやりもある。
だから、綺麗な顔を僻まれてるのじゃないかと思う。オズはとてもかっこいい。誰よりもかっこよくて強い。
その事をリズに言ったら「オズ様があんなに表情を変えるのはエスカフィート様の前だけですよ」と言われてしまった。
理由は分からないけど、嬉しかったので特に言及はしなかった。
個人的に王家は恨んでいない。でも、嫌いだ。大嫌い。何度泣いたことか。何度、親に会いたいと嘆いたことか。
「あ、オズ様」
「エスカ、受けるのか?」
事情を知るオズが何でもないと言った表情で、でもどこか不安そうな声で訪ねてくる。いつもの外行きのクールな顔なんか見る影もない。
「大丈夫だよ、オズ。嫌な事があったら言うから」
「なら、いい。エスカは私のものだ。王家なんかに渡してたまるか」
「ん、私はオズのものだからちゃんと帰ってくるよ」
私を抱き締めて真顔で呟くユトの腕の中で私は、ふふっと微笑んだ。やっぱりユトが大好きだ。
ユトにとって私はただの子供みたいな感じかもしれないけれど、私は一人の男としてユトのことが好きなのだ。
いつか、この気持ちにユトが気が付いてくれたらいいな、今はそう思うだけで充分幸せなのだ。