年の差
稽古を終えたジャンは、テオの使いで街の武器屋を目指していた。
近々行われる武芸大会用の槍を注文してあるらしく、それを受け取りに行くことになったのだ。
それ以外にも、騎士見習い仲間から街に行くのならついでに買ってきてほしいと頼まれたものもあって、結構大変だ。
テオ付きの騎士見習いとしてランドット城で暮らすようになってから、街にはほとんど出かけたことがなかったので、ジャンにとって今回の仕事はとても新鮮だった。
ランドット城下の街には活気があって、歩いているだけでとても楽しい。
目抜き通りの両側には多くの露店が並んでいる。
古着屋や毛皮商など衣類を扱う店から、靴屋、肉を焼くよい香りの漂う店までさまざまだ。
街並みと、テオから聞いた説明とを照らし合わせながら進む。
角を曲がる度に、通りの雰囲気が変わるのが面白い。
そして幾つ目かの角を曲がったとき、野太い怒声がジャンの耳に飛び込んできた。
ちょっとしたいざこざやトラブルはめずらしいことじゃない。
ジャンは特に気に留めるでもなく、周囲の様子を眺めながらゆっくりと歩いていた。
通りの様子から、この通りは職工が多いようだとわかる。
通りに面した家の窓には日よけのついた台があり、その上に商品が陳列されている。
やがて、先ほど怒声が聞こえた辺りに通りかかった。
その建物の中からはまだ誰も出て来ていないけれど、既にいさかう様な声は聞こえないので、特に大きなトラブルにはならなかったようだ。
そんなことを考えながら、さりげなく窓の中をのぞいてみた。
するとそこには淡い金の髪を無造作に束ね、作業台を睨むように見ている少女の姿があった。
「ソフィ?」
思わず名を口にしていた。
小さい声だったので気づかれなかったようだが、ジャンは慌てて壁の陰に身を隠した。
そろりと再び中の様子をうかがう。
間違いなくソフィだった。
その後ろから、ソフィの手元をのぞきこんでいる熊のような大男が、おそらくさっきの声の主なのだろうと判断する。
琥珀細工はその技術を習得するのに十年以上かかると言われている。
ソフィが何歳のころからここで修業しているのか知らないけれど、生半可な気持ちでは続けられないはずだ。
朝早くに城を出て、日暮れ前に城に戻ってくる。
それを毎日続けているのだ。
ジャンは、作業に集中しているソフィの真剣な横顔に目を奪われた。
城で会うときの彼女とはまるで別人のようだった。
昨夜のように長い時間一緒に過ごすようなことはなくとも、ジャンとソフィはこれまでに城内でちょくちょく顔を合わせていた。
そんなとき、ソフィはジャンに気づくと、いつも笑顔で手を振ってくれた。
ときには走り寄ってきて、二言三言、他愛もない会話をすることもあった。
ソフィは元来人懐っこいのだろう。
それに彼女にしてみれば、ジャンは自分の兄の従者であり、また頻繁に手紙を寄越す男の弟でもあるから、声をかけやすいのかもしれない。
ジャンとしても、ソフィのくるくると変わる表情や、花の蕾がほころぶような笑顔が見られるのは嬉しかった。
けれど……。
(こんな顔もするんだな)
普段は年齢よりもかなり年下に見えるソフィだけれど、作業をしているときのソフィは随分と大人びて見えた。
そしてジャンは改めて、自分とソフィとの年の差を感じるのだった。




