努力の賜物
ソフィの朝は早い。
使用人たちが動き出すのとほぼ同時に起き、簡単な朝食を食べたらすぐに城を出る。
彼女が琥珀細工師を目指すことは彼女の父である城主自ら承諾しており、門番たちもそれを知っているから、毎朝「お気をつけて」の言葉と共にソフィを送り出す。
城を出たら、あとはただひたすら工房を目指して走るだけだ。
たとえどんな事情があろうとも、馬車や馬で出勤することは親方から禁じられているし、ソフィもそのことは納得している。
修業のため工房に通っているのであって、遊びや買い物に行くわけではないのだから当然だ。
「おはようございます!」
「さっさと支度をしやがれ!」
「はい!」
工房に飛び込んだソフィを怒声が迎える。
ソフィは城から走り通しだったために乱れた呼吸を整える間もなく、仕事の準備にとりかかった。
ラシェヌ親方はこの街で一番の琥珀細工師だ。
いや、この国でも一、二を争うほどの腕前だと言えるだろう。
親方の工房には、国中から親方の作品を求める客が訪れる。
しかし初めて工房を訪ねた者は、親方の熊のような図体と家を震わす大きな声に驚かされることになる。
心臓の弱い者なら、その鋭い眼光で射抜かれただけで命が危ういかもしれない。
だが、その太い指から作り出される作品は、親方の外見からは想像できないほど繊細で、息をのむほど美しい。
その技術をぜひ身につけたいと弟子入りを希望する者は多い。
けれど弟子は、現在ソフィひとりだけしかいない。
これまでに、幾人か弟子はいたらしいが、みなソフィが弟子入りする頃にはやめてしまっていた。
ラシェヌ親方は、修業の厳しさでもこの街で一番なのだ。
ソフィが親方のもとに弟子入りするまでにも、紆余曲折があった。
ソフィが女であるというだけで親方は嫌な顔をしたのだが、更に城主の娘だと知ってからは、取りつく島もないほどの断りっぷりだった。
ソフィはそんな親方のもとに一ヶ月間毎日徒歩で通い、頼み込んだ。
そして一ヶ月と一日目にしてようやく親方はソフィの弟子入りを条件つきで許可したのだ。
その条件とは城主である父親を説得することと、修業の途中で逃げ出さないことだった。
幸い、父親はソフィのよき理解者だった。
こうして、ソフィは無事、ラシェヌ親方の弟子になることができたのだ。
親方はソフィが城主の娘だからといって特別扱いは一切しない。
それでもソフィがいまだにラシェヌ親方の弟子として工房で働けているのは、ひとえに彼女の努力の賜物なのだ。